3 不吉な予感

 令が下した命令の結果は次の日にわかるのだが、これは次々回のお楽しみだ。


 令は何気なく窓の外を見る。


「うわ、真っ赤だ!それにもうこんな時間じゃん!カップ麺買い足して帰らないと!」


 窓の外には絵に描いたような真っ赤な夕焼けに染められた郊外の街並みが広がっていた。そして令の腕時計のディスプレイに浮かんでいるのは『17;36』の文字。

 令の住むアパートまでは、ここから1時間半はかかる。カップ麺の調達も考えると、家に着くのはいい時間だ。


「じゃ、僕は帰るから、また明日──」

「お待ちください。私も帰る方向は同じなので、一緒に参りましょう。それと、今日からはカップ麺だけの食事とはおさらばです」

「???」


 荷物を取って教室から出ようとする令の手を、花乃が尋常ならざる力で握りつぶす。令はその言動に疑問を感じながら、同時に花乃の顔面に貼りついた微笑みと軋むような手の傷みに、逆らってはいけないと本能が叫ぶのを聞いた。


 ◆ ◇ ◆


 駅までの道から少し外れた所にあるスーパーマーケット。店内は定時で上がれたのであろう仕事帰りのサラリーマンたちで溢れていた。時間が違うからだろう。令がいつも見かけるような、主婦たちの姿はない。


「この世界の実質的な支配者たるもの、不摂生な生活は避けるべきです」

「カップ麺じゃダメなの?」

「論外です。たまに食べるならいざ知らず、あれを毎日だなんて……」


 花乃の肩が小刻みに震えている。カップ麺だけを食べる生活を想像しているのだろう。

 心なしか涙目になっている気もするが、体重計か鏡あたりが見えているのだろうか?健康診断の結果かもしれない。


「司道様、ご自身の健康のために、きちんとした料理を食べましょう!」


 花乃は食い気味に訴えてくるが、令はそれどころではない。

 司道『様』という耳慣れない敬称に、周りの視線が集中してしまっているのだ。


「声、声……!それと、せめてこういうところでは様付けはやめてくれ」


「……失礼いたしました。裏社会の統領として、あまりに目立ちすぎるのも考えものですね。それでは、司道さん、でいかがでしょう?」

「んー、もう一声!」

「むぅ……じゃあ、令さんでどうですか?」

「もうちょい!」

「いい加減にしやがれ……コホン。セクハラで訴えますよ?」


 多分に令の願望と下心がトッピングされた要求だった。

 花乃から一瞬放たれた殺気は、令の気のせいではないだろう。明らかに、花乃の態度から恭しさが薄れている。


「(この上なくおっかないけど、このくらい砕けていてくれた方が接しやすいよな。……まぁ、嫌われた可能性は否定できないけど)」


 この後、宇都曲折を経て令の呼び名は『司道さん』に決定した。


 呼び名の議論をしながら、野菜やら肉やら調味料やらが買い物カゴに放り込まれていく。令の部屋に調理器具がないことが判明すると、花乃は追加で調理器具たち(それも高級品)を購入した。


 それら全てを、組織の金で。


「これ全部組織の活動資金で買うの?大丈b──」

「司道さんの健康が最も大切です。こんなのでも一応ヘッドなので。栄養失調や成人病でぽっくり逝かれては困りますから。」

「お~い、素が出ちゃってるぞー……」


 令が部下の尻の下に敷かれるのは、もはや確定した未来であった。



 買い物を終えると、令と花乃はそろってアパートに向かう。今夜は回鍋肉ホイコーローだそうだ。


 ──うん?そろって?なんで晩飯が確定してるんだ?


 疑問は尽きない。



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