SS6:ガンジスの八咫烏:後編その2




 D-DAY

 早朝



 乾季のインド亜大陸の日の出は早い。


 午前5時前にチッタゴンを離陸した第64飛行戦隊の戦闘機がダッカ上空に侵攻を開始した。主力である100式戦闘機「隼」21型、24機がインド共産軍の早期管制網により発見され、上昇してきたスピットファイアMk-XⅥと空戦に入る。


 その性能はほぼ互角。

 両者共液冷エンジンの特性である高速と、各陣営の技術の結晶である各種装備によって高度な空戦機動をしている。


 その制空権下、低空を這い寄るように日本軍の戦闘爆撃機と双発高速爆撃機が空中管制レーダーと高射砲を潰すために飛び去る。


 直列V14気筒エンジンの低い爆音が寝ぼけ眼のダッカ住民を驚かせる。


 彼らは知らないであろうその特異なエンジン。

 低ピストン比とツインカムDOHC技術により高出力と低燃費を実現した異次元の性能を誇る、中島飛行機新田金山工場で製造され始めた赤城21型エンジン。


 通常運転でも1680HPという大出力にけん引された全備重量5030kg、爆弾1000kgを両翼に設置された4つのハードポイントに吊るしての超低空飛行だ。



 同系のエンジンを2基装備した1式双発爆撃機も爆弾2000kgを搭載して敵の飛行場へ向かう。


 まだ配備が間に合わない低空爆撃用の減速装置の付いたものは使用できないため、ポップアップ爆撃となる。

 それを可能とする出力を持った爆撃機である。



 しかし敵の防空弾幕は意外と多い。

 旧ドイツ製4連装20mm高射機関砲を始め、ボフォース製連装40mm自走機関砲。


 まるで西欧諸国の対空兵器見本市だ。

 その効果を著しく増加させているのがVT信管の大量使用だった。

 40mm砲弾には小型の簡易測距レーダーを埋め込み、敵に接近すると爆発。周囲に弾片を巻き散らす。


 対地攻撃専用の仕様となっていない戦闘爆撃機の損害は見る見るうちに増加する。



 激戦だった。


 結果として第1波はインド共産軍の航空基地の破壊を完全には出来なかった。

 これから敵の反撃が始まるのだ。

 まず狙うのは何処になるのか?

 日本第3航空団の指令所は張りつめた空気の中、臨機応変な反撃を準備するのだった。






 ナヤランガンジ

 インド国民軍指揮所跡



 全てが灰燼と化していた。

 敵の航空攻撃は、まずこの小さな拠点の破壊に向けられた。


 数機の急降下爆撃機が掩体壕もない歩兵だけの陣地に容赦なく爆撃をしていった。


 それでも地下に隠れていた兵は爆撃が終わると瓦礫をひっくり返し、はい出して戦闘態勢をつくる。


 残りの重戦車を先頭に総攻撃を開始した敵軍に対して果敢に応戦すると、一旦敵は引き再び数機の爆撃機が飛んでくる。


「あれが邪魔だな。やれるかな?」


 疋田は上空を指さす。


「「もちろん!」」


 網走流と孫市流の競争が再び始まる。

 今回は疋田も参加する。


「敵の急降下爆撃機4機。この司令部付近に急接近!」


 インド国民軍の監視兵が双眼鏡を降ろして叫ぶ。


「パスファインダーは私がやる。2機目は網走。3機目は鈴木が担当。4機目は対空機関砲に狙わせるが、うち洩らしたら3人の競争だ」


 先頭を降下してくる爆撃機が一番のベテランが常識。

 これを撃破すれば命中精度は格段に落ちる。


 まさか狙撃銃で落とされるとは思っていないだろうな、と思う疋田。

 敵の急降下爆撃機は正式採用が4年前の旧式だ。

 防弾装備は薄い。


 ズガン!


 疋田の発射した13mm弾は投弾直前、高度400m付近で狙い過たずに敵の風防前面を撃ち抜き、敵爆撃機はそのまま地上へ激突した。


 上空へ撃ちあげる弾。破壊力はない。

 だが相対速度は敵飛行機の逆落とし速度とも相まって倍近い弾着エネルギーとなる。

 紙装甲の旧ドイツ製急降下爆撃機の風防などいとも簡単に貫通するのだ。


 2機目も風防を貫通。

 3機目は……光学式照準器のレンズを直撃していた!


 ニヤリと笑う少女とも見える小柄な狙撃手。

 悔しがる大柄な狙撃手。


 2人はすぐに再び上空に銃口を向けた。

 今度は3発の銃弾が発射されるが怯んだ敵4番機が爆弾を放棄してコースを変更したため大した被害を与えられなかった。



「まあ、こんなものかな。13mm対空機銃だけしかなかったら今頃皆政賢公の元へ直行だな」


 笑い合う3人を見て、周りにいたインド国民軍の兵たちはガルーダを打ち落とすナーガの末裔なのか? と、恐怖と共にインドの守護神でもあるとあがめ始めた。

 狙撃手の少女が聞いたら怒るであろう。

 自分こそ神鳥・八咫烏の末裔であると。




 次も何が来ようと撃ち洩らさないという気が、手にする狙撃銃の銃口からゆらゆらと上がっていた。


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