SS6:ガンジスの八咫烏:後編その1
ドガン!
狙撃銃の銃口に付けられた
冬木式MK-99乙1型対物
注)
表現方法は以後、現在のようにライフルなどの西洋表記に統一します。
MKは松風の略です^^
このナヤランガンジ南部が今まで陥落していないのは、ひとえに無数の対人地雷を周りに設置しているからだ。
日本では製造を禁止しているが軍事物資の横流しをしている欧州諸国から闇の武器商人を経て高額なそれらの兵器を購入している。
その戦費を出しているのは日本の政治的謀略をつかさどるF機関だった。
疋田はその事実に忸怩たるものを感じた。
国父政賢の意思に反する行為だ。
だがそのお陰でインドが救われるのならば仕方がない。
せめて事が終わったら復興に尽力したいと願ったが、それもここを守り抜いたらの話だ。
地雷原には所々安全地帯を設けている。
その場所を狙って狙撃をするのだ。
もちろん敵もそのことは知っている。
だから迫撃砲や大口径機関銃で味方の狙撃兵を掃討しようとする。
そんな攻撃も疋田の率いる特殊任務部隊には損害を与えられない。
一発撃ったら即座に逃げる。逃走ルートも幾重にも想定しているのだ。
「隊長。残弾10発」
「よし。後退後再度展開しなおす」
そう言いかけたときそれが近寄ってくるのが見えた。
「隊長。来ましたね。遂に」
「ああ。巨像だな。まったく印度らしい」
地雷原の向こう。
砲撃跡を避けるように田畑の上を進む重戦車が8両。
その前面には鎖の着いたドラム状のもの。
地雷除去装置のついた戦車の攻撃が始まるのだ。
昨日パラシュートで対戦車兵器を空中投下してもらった。
主に使い捨ての対戦車ロケット弾だ。
これは50m程度まで近寄らないと、まずは当たらない。
それに敵の重戦車、ティーガーⅢの200mm正面傾斜装甲を貫通する程の威力はない。
精々80mmの側面装甲を貫通できれば良い程だ。
だが目の前をこちらへ向かって前進してくる8両の重戦車の側面には
これでは後部装甲を狙うしかないだろう。
敵もそのことは百も承知。
戦車の後方には短機関銃を持った歩兵が付き従っている。
援護がない状態で対戦車ロケットを背後から撃とうとしても無駄死にでしかない。
「中佐。
これでは対戦車ロケットは使えません。
いったいどうしたら……」
「大尉。君は日本の士官学校で対戦車作戦を習い……ああ、操典が変わったんだったね。
失礼
クロスファイアが狙える地点に私の部下が既に配置が済んでいる。新しい時代の対戦車作戦を見学したまえ。
良い見ものだと思うよ」
疋田は印象のうすい顔で大尉に笑いかけた。
ここだけは目立つ白い歯を光らせながら。
「敵重戦車。第1ポイント通過。左右4チームから発射用意完了のサイン確認」
正面にある指揮所にいる疋田の3m脇に伏せている通信兵からハンドサイン。
疋田は小型双眼鏡を眼窩に押し付けたまま了解のサインと共に、親指を立てていた右腕を裏返しにして地面を指し示した。
「
正面の2人のスナイパーが放った13mm弾が操縦席外部監視バイザーと車長のキューポラ窓の防弾ガラスを直撃する。
それと同時に2基の望遠スコープ付き13mm重機関銃が戦車の弱点、左のキャタピラを集中攻撃する。
弾丸はAPDS徹甲弾とRDX炸薬を大量に詰め込んだ炸薬弾だ。
300mまで引き付けてからの狙撃。
動いている戦車の幅10cm横30cmの直視バイザーに直撃させる狙撃の腕。
2名の狙撃手は驕ることなく次の得物を狙う。
当たるのが当たり前。
普段ならば500mで狙撃をする。
大胡時代から延々と脈打つ狙撃術。
現在は2流派が存在する。
一つは戦国時代における大胡軍団の狙撃兵の中で傑出していた網走在施符の血流、その直系子孫が創始した網走流狙撃道。
現在では世界的な大会がそこかしこで行われている。
日本では中等教育でも、その瞑想法を重視し修身の延長として選択教科に取り入れられている。
それに対抗する流派が存在している。
長年、裏狙撃道とも言われてきた孫市流。
別名八咫烏の民。
戦国時代末期、鈴木孫市が率いる傭兵団が南蛮勢力と合流したことで売国の民との烙印を押された。
大胡政賢が恩赦令を発布したが、長らく地下に潜伏し暗殺者として生計を立てていた。
その後紆余曲折があり、裏の八咫烏の民が表に出て表の網走流を駆逐したこともあった。
その際には徹底的に圧力が掛けられ、網走流の半数がロシアを始め国外へ亡命していった。
そして現在。
両者は300年の時を超えて手打ちをした。
狙撃道の現在の隆盛はそこから始まる。
ズガン!
ズガン!
2両目の重戦車が擱座する。
そのキャタピラが片方外れその場で回転を始める。
操縦員と車長は視界も閉ざされ、慌てているに違いない。
その擱座して停止している戦車の装甲が薄い後背部へ、左右の誘導型ロケット弾がワイヤーを引きながら飛んでいく。
最新鋭の対戦車誘導ミサイルだ。
HEAT弾頭がモンロー効果を発揮。
超高温の奔流が50mmもない後背装甲を撃ち抜く。
瞬く間に2両が永久に沈黙した。
「よくやった。競争は両者6発着弾。全て的中。引き分けだな」
疋田が2人の狙撃手に声をかける。
今回の作戦で初めての共同作業。
狙撃手用手袋をはめた拳がおずおずと両者の間を伸びたり縮んだりしている。
疋田がその2本の腕を引っ張り拳を打ち合わせてからがっしりと握手させた。
「300年かけてやっと和解が出来た。弥栄、弥栄」
フェイスペイントが落ちるかと思うくらい顔をこする2人。
1人は大柄な縄文顔(最近の研究ではどうやらこれは間違えらしいが)のごつい男性。左胸には揚羽蝶のマーク。
もう1人は小柄な女性。
その胸には八咫烏のペンダント。
グアンタナモで疋田の部下として活躍した男の
(男の娘=おとこのこ、ではない!)
この娘の父親の活躍を、なぜか疋田が取ってしまったようなものだった。
ここに揚羽蝶と八咫烏の怨念に終止符が打たれる死合いの終了を、特戦団創始者直系の手によってなされたのであった。
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