SS5:【漂流者たち】前半
15××年5月
ヌエバ=エスパーニャ(現メキシコ)
アンドレス・デ・ウルダネータ
「アンドレス・デ・ウルダネータよ。我がスペイン王フェリペ2世により再び其方に下命があった。謹んで拝命せよ」
謁見の間にてヌエバ・イスパーニャ副王ルイス・デ・ベラスコ・イ・ルイス・デ・アラルコン様が、イスパーニャ王位に昨年就いたばかりの若い国王フェリペ2世陛下からの書簡を読み上げる。
遂に来てしまったか。
しかも「私に」との御指名。逃れられない。
我が人生における、神が与えたもうた最大の試練とも思える先の香料諸島への航海。
スペインの前王カルロス1世陛下はフェルナンド・デ・マガリャインス提督の元で世界初の「世界周航」を成し遂げたフアン・セバスティアン・エルカーノを水先案内人として雇い入れた。
そのエルカノの案内で太平洋を横断、香料諸島を目指すよう命令を受けたのはガルシア・ホフレ・デ・ロアイサ様。
この遠征隊は7隻450名にも及んだ。
先のマガリャインス提督は、パトロンであった数名のスペイン貴族の資金を集めたフッガー商会に準備を委ねて4隻の船団で出港。
世界で初の世界周航を達成した。しかしその4隻の内1隻しかスペインへたどり着けなかった。
それにもかかわらず、出資をしたスペイン貴族は数百倍もの利益を得たのだ。カルロス1世陛下はこれを国を挙げての遠征として再度行う事と決定した。
それがガルシア・ホフレ・デ・ロアイサ提督の率いる艦隊であった。
そこに私も参加したのだ。
若気の至り。
認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものは。
という故事成語があると側聞するが、正しく私はそれであった。
金儲けと単なる好奇心で参加した遠征隊は神のご加護を得られなかったのか、その殆どが行方知れず。
旗艦ビクトリア号のみが香料諸島に辿り着いた。私もその一人だ。
しかし香料諸島へ先に到達していたポルトガル人によって捕らえられ殆どが神の御許へ召された。
そんな中、私と5人の隊員のみがポルトガル人によりスペイン本国へ送還された。
私は神の恩寵に感謝したが、遠征の失敗に怒り狂った陛下に追放されるようにヌエバ=エスパーニア(新大陸、主にメキシコ)へ向かうこととなった。
そこで聖アウグスチノ修道会に入会し己が罪を懺悔するとともに、なぜ神がこの試練を与えたのかを深く考えた。
修道会の仕事はヌエバ=エスパーニアに住むインディアスへの布教であった。
これは私にとって大変な福音となった。
私にもまだできることがあるのだと。
そうするうちにあっという間に20年余りの月日が過ぎ去っていた。
幸せだった。
このまま神の御許へ召されたい。
しかし神はまだ私に試練を与えたもうた。
王位を継いで間もないフェリペ2世陛下は、皇太子時代より己が使命は全世界へキリスト教を布教することと喧伝してはばからなかった。
教皇猊下もそれを支持した。
それが今回の目的の一つでもある。
しかし最も大きな目的は、世界の占領権利をポルトガルとに分割する事を決めて結ばれたトルデシリャス条約とサラゴサ条約が有名無実化している事による。
この状況を利用し、できる限りポルトガル人よりも早く多くの土地を占領しなくてはならない。
少なくともそこに居留地を設けなくてはならない。
そして布教もせよと!
修道会からの指示もある。
最初は私自身が提督にとの声もあったが、私は拒否した。私にはあの過酷な航海において皆を纏めるだけの自信がなかった。
陛下と副王陛下は書簡を送り合い、レガスピ卿を提督に任じ私を旗下の船長として参加することをお命じになられた。
もう逃げられない。
私も既に50を過ぎている。
あの過酷な生活に耐えられるだろうか?
これが私の最後の試練と思い命令を受けた。
◇ ◇ ◇ ◇
ヌエバ=エスパーニャの西岸、バラ・デ・ナビダード港を10隻の新品のナオ(キャラック船)に武装した人員1200名を乗せた大航海。
11月の穏やかな季節に出港した。
太平洋を一旦、北緯15度付近まで南下。
この辺りを西へ流れる海流と東風に乗って西進する。
先の航海はスペイン本国から出発。
1年間に渡った長い航海であった。
今回は太平洋を渡るだけだ。
それよりも楽なはずだ。
そう自分に言い聞かせ、船員にも神の福音と共にその昔話を聞かせつつ出港した。
どうかこの艦隊に神の祝福のあらんことを。
◇ ◇ ◇ ◇
1カ月後
酷い食事だ。
神の祝福が一切入っていないと思える泥水のようなオートミールと腐って緑色に変色した水。
これを少しずつ分け合って食べた。
積載されてきた食料には新鮮なものなど一切ない。
干した肉も既に無い。
カチコチになった塩漬けの牛肉が少々。
あとはカビの生えたチーズと乾パン。
最近普及して来た乾パンは船に載せるとすぐに湿気を帯びてしまい、虫が湧くのでコツコツとテーブルや舷側に打ち付けて虫を追い出してから口にする。
唯一のご馳走はたまに取れる魚だ。
これを聖別して皆に配る。
水夫の中にはたまに沸く鼠の売り買いが行われ、同量の銀貨との交換も行われるほど貴重な食糧となっている。
嵐の日が3日3晩続くと、温かいものなどはまったく口にできず、ネバついてしまった乾パンだけの食事となった。
揺れが酷く水も沸せず鼻をつまんで飲む。
トイレも命懸けだ。
舳先にある便座ともいえぬ2本の木の上にまたがりそのまま海へと用を足す。
幾人かがそのまま海へ落ちて誰も知らぬ間にいなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇
2カ月後
先の航海にて座標がわかっていた盗賊諸島に60日余りで到達。久しぶりに見る陸地だ。神の恩寵に感謝。皆の顔が笑顔で眩しい。
この島々には盗みを何とも思わぬ神をも恐れぬ住人が住んでいる。先の航海で唯一、ヌエバ=エスパーニアに帰還できた船の船員が証言した。船に友好的に近寄ってきては、船に備えてあるものを盗んでいく。
今回はレガスピ提督の命により、水と食料の補給だけに止め、足早に出港した。
◇ ◇ ◇ ◇
1カ月後
遂に多くの島々の見える地域に到達した!
この中に香料が取れる島はあるのであろうか?
レガスピ提督はセブ島と名付けた島へ本拠地を置き、船を二手に分け探索を命じた。
◇ ◇ ◇ ◇
1カ月後
香料諸島はここセブ島より遥か南にあった。
そこは既にポルトガル人の島と言ってよい。
提督他、船乗りたちは皆残念がった。
しかし私にとってそれはどうでもよかった。
この地でキリストの教えを広めたい。
ただそれだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇
セブに本拠を置いて半年後
この地を神に捧げ、フェリペ2世陛下の偉大なる業績を称えフィリピンと名付けた地で、私は同行したフランシスコ会の修道士と共に半年間布教をした。
キリスト教に改宗した現地のものは千人にも及ぶ。
その半年の間に、ここでのポルトガル勢力を一掃。支那の海賊の勢力も一掃し、良港マニラを本拠地として奪取する計画を立てた。
それは着々と進んでいる。
しかし兵が足りない。
その増援を乞うため、またその半年間の業績を本国へ報じるために私が1隻の船を指揮し、ヌエバ=エスパーニャへ帰還することとなった。
レガスピ提督、いまや実質的にフィリピン総督となっている彼は老齢で病身のため、私にその仕事を託した。
ここで骨を埋める覚悟であろう。
彼は自分の推測、この北太平洋は右回転に海流が流れ、風も同じように吹くのではというものを皆に明かした。
この仮説からすれば、ここフィリピンから海流に乗り北へ向かえば、北緯40度あたりから西風に乗ってヌエバ=エスパーニャへたどり着ける筈だ。
来た航路は全くの逆風と潮の流れ。
それならばこの仮説に乗るしかない。
私の指揮する船は、レガスピの旗艦サン=パブロ号が一番大型で損傷が軽微であったために選ばれた。
排水量340t。
ナオとしては大型で頑丈でもある。
この船に3カ月以上の航海に耐えられる水と食料を詰み込んだ。
もう乾パンはない。
フィリピンの主食は芋だ。
だがこれは長持ちしない。
主に大陸から伝わりマニラ方面で栽培されている長持ちするコメをかき集めて詰め込んだ。
これは水がないと食べられないために気を付けねばならない。
◇ ◇ ◇ ◇
20日後
三日三晩荒れ狂った嵐が去った。
やっと温かい食事がとれる。
だが困ったことに食糧庫が浸水した。
すぐに直したがコメが台無しとなってしまった。
なんとか陸地を見つけないと。
水だけでも手に入れて無事であったコメを食べられるようにせねば。
神に祈りをささげた。
皆と一緒に東を見た。
聖書に「光は東から」という言葉がある。
皆が日の出を見つめる。
この遥か向こうにヌエバ=エスパーニャがある。
そこへ帰りたい。
神は我々を見捨てる筈がない。
世界へキリストの御教えを広める旅路。
その神の軍勢を迎えに行く航路。
これに恩寵あらんことを!
そして目を開けると。
目に前に難破して動けなくなっている異国の船があった。
◇ ◇ ◇ ◇
同日同刻同場所
伊丹康直(今や大胡水軍の司令長官?)
やっと嵐が去った。
この秋に里見攻めになるのは危険と何度も上申したが、この時期でないといけないそうだ。
仕方がない。
策は練った。
安房国(房総半島南端)に上陸作戦をすることになった。
二正面同時作戦が出来るまでに戦力比が開いていた。だから調子に乗って房総半島最南端を目指した。
ここまではいい。
だが佐治の奴が「鉄甲船を一隻連れていけ」と言いやがって押し付けてきた。
奴は危ない橋は渡らねえ主義だ。戦力を増やしてやろうという気持ちはありがたかったがよ。この沖合いで航行能力の低い鉄甲船を扱うのは危険だった。
それでも普通なら上陸作戦は成功するはずだった。
途中まではうまく行った。
だが兵が上陸した直ぐ後。
嵐が襲ってきやがった。
儂は小早を優先的に逃し、安宅船と共に急いで三浦半島まで帰ろうとしたが途中で北風に変わった。
潮も逆の流れだ。
もういけねぇ。
そう思い、鉄板を出来るだけ剥がし転覆しないように帆柱を斧で倒した。それでも多くの船員が波にさらわれた。残ったものは40人に満たなかった。櫓は半分以上流されるか折れてしまい使い物にならん。
使えたとしても40人では、この大型の2000石積みの北国船に相当する安宅船(150t程度)を動かすには足りねえ。
しだいに沖に流されていく。
大洋の沖にでちまったら助からねぇ。
沖に昇るお天道様に悪態をつこうとしたがやめた。
殿が
「お天道様は僕たちを生かしてくれているんだから感謝するのが本当の人間。だから今日もまた生かされることに感謝しなくっちゃね。毎日を大切にしようよ」
という意味がようやっと腑に落ちた。
今までの一日一日は大変貴重だったんだな。
それが今、終わろうとしているのか?
いや、まだだ。
まだ帰る努力はせねば。
最後まで足掻いてやる。
それが海の男だ!
皆を奮い立たせるため、
西の海に見知らぬ船。
いや、あれは南蛮船。
帆をいくつも張り、その全てに十字の模様が大きく描かれている。
帆柱の上には見張り台。
そこに居るものが大きな声で何か叫んでいる。
儂は腰帯に吊るした特別製の袋から望遠鏡を取り出し、その船を子細に観察した。あちらも嵐で損傷が激しいらしい。
!!
南蛮船の
望遠鏡越しにだ。
相手もこちらを望遠鏡で見ている。
どうやら敵意はないらしい。
手を振っている。
儂も手を振り返した。
双方の船員の歓声がこの海域に交差した。
◇ ◇ ◇ ◇
注)マガリャインス=マゼランです。
そのほか、色々と正史を弄ってあります遠征部隊の隻数とか船の大きさとか、武装兵員の数とか。
時期的なものとかw
まあ大目に見てください。
何かが起きたと!
取り敢えず裏設定はあるんですが、それは出さないつもりです。ばかばかしい話なんでw
「ヌエバ・イスパーニャ副王ルイス・デ・ベラスコ・イ・ルイス・デ・アラルコン」
この人結構人道主義者だと思うのです。
利益優先の貴族相手に一歩も引かずに死ぬまでインディアス新法というインディアス(メキシコ人など)の人権を保護した。
それ以外にも産業育成もしたし。
レガスピを派遣したのもこの人。
「フッガー商会」
ご存じハンザ同盟(ドイツ北部の連合)で利益をむさぼった。
主に銀山と岩塩の独占販売で儲けました。
複式簿記なんかも発明している。
この商会が今で言うファンドのようなものを作って大航海時代を演出しました。
「香料諸島」
今のモルッカ諸島
ここを目指して大航海時代は始まりました。
様々な香辛料が自生しており、これを生産することで巨万の富を得たのがポルトガルです。
のちにオランダの東インド会社の勢力圏に入り一気にオランダが勢力を増します。
「聖アウグスチヌス修道会」
色々な修道会がありますが、フランシスコ会と共に新大陸とフィリピンで布教活動をしました。
後に日本にもわたってきて布教しますがその時は大体1590年後半です。
イエズス会とはまた違った布教活動形式をとった。
イエズス会は組織的に運営されていて、この2つの修道会は清貧を重んじることは同じであるが、立場の違いはなく独立した個人としての布教に熱心であった。
この辺りはまだ勉強中です。
「トリデシリャス条約」
地球を真っ二つにスペインとポルトガルの領有権を認めるローマ教会のとんでもない条約。
香料諸島がその境界線上にあり本来スペインの領土だったはずが、ポルトガルに持っていかれたw
「ナオ=キャラック船」
一般にこの当時の冒険には頑丈なこれが使われており、その後航路が開拓されるとより大型で積載量のあるガレオン船が使われ始めた。
このウルダネーダさんの一番の功績はこの北緯40度線まで北上してからメキシコアカプルコへ向かう航路が簡単だよっとみんなに教えた事です。
北緯40度というと三陸沖です。
このあと何世紀にもわたってこの航路を「マニラガレオン」と呼ばれる大型の貿易船が新大陸と東洋の交易品を満載して行きかいました。
「盗賊諸島」
マリアナ諸島の昔の名前です。
サンカとおなじく「所有」という概念がなかったのです。
ちなみに正史ではここでの盗難からレガスピは怒り狂い現地人大殺戮を行っています。
「マニラの占領」
これは1570年以降です。
この世界線では大分早まりそう。
「サン=パブロ号」
あの映画の船ではないので注意!
「コメが水浸し」
これで沈んだ船が沢山ありました。
なにせ水含むとすんごく膨れますのでそれで積載庫が破損w
「鉄甲船の沈没」
きちんと「見せてもらおうか。シュタ〇ンズ・ゲートの選択とやらを。」を読んでいる良い子は「ああ、あれか!」と分かるはずw
これです
https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860824449702
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