SS5:【漂流者たち】後半
三日後
相模国三浦半島三崎
アンドレス・デ・ウルダネータ
異国の地。
先のセブ島に比べ、何もかもが違う。
気候はヌエバ=エスパーニャよりも涼しい。
湿り気もちょうどよい。
セブよりも遥かに過ごしやすそうだ。
水と食料の補給をせねばならぬため、難破していた異教徒の漂流者をサン・パブロ号に乗せた。
39人だった。
海賊のような風貌だったが武装はしっかりしていた。
こちらが100人以上いるので見張りを付けていれば良いだろうと思い、武器を明け渡してもらう代わりに陸地へ案内してもらおうとした。
問題は通訳だった。
スペイン語もポルトガル語も勿論わからない。
マレー人のものも船員として雇っていたがわからない言葉という。
この者たちはあらかじめそうした時のことを考えていたのか、何かを書いた紙を差し出してきて読めるようなものはいるかと寄こしてきた。
幸い奴隷としていた支那の海賊が「これは漢字。読める」とたどたどしいポルトガル語で伝えてきた。
ポルトガル語ならば通じる。
これで一気に会話が始まった。
ここが支那の更に東に浮かぶ島国だという事。
そこは今、戦乱に明け暮れている事。
自分たちは現在最も勢力の強い王に仕えている船乗りだという事。
これから自分たちを本拠地の港へ連れて行ってくれれば水と食料を補給させてくれるという事。
これらのことに合意がなされると、この異教徒は自ら武器を渡してきた。
「戦う気はない。この方が安心であろう」と。
この異教徒共は他の異教の者とは違うと思った。
自分を律し相手を思いやる心を持っている者たちであると。
そう思うと急に親近感が沸くと共に、早くキリストの御教えを伝えて改心させねばと思うのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
このミサキ港は周りを山に囲まれた軍港だという。
現在オーゴ王国は総力を挙げて、東の半島にあるサトミ王国を攻めているそうだ。
しかしそれも大詰めに差し掛かり、あと数日もすれば敵は降伏するに違いないと言っている。
オーゴの王も軍を率いて出陣中との事。
王が戻るまではここにいて王の帰還を待って欲しいと言われた。
私としてはすぐに補給を済ませて出港したかったが、今度は私たちが捕まっているようなものだ。
その間に船の修理を済ませておこう。
虜囚に近い立場になるとよくわかった。
この国の武器は我がスペインとそう大して変わりのないくらいの性能を持っている。いや所々、スペインでは考えられないものを見かける。
例えば多くの兵がアルブケス銃よりも高性能そうな銃を持っている。
パイク(長柄)や騎馬はそう多くはないが、それはここが海軍基地だからであろうか。
そして!
何よりも驚いたのはミサキの港の両脇に飛び出ている岬にある防御設備。
そこには巨大な大砲のようなものが見られた。
それは近くに行ってみることは禁じられてしまったが、見た限りでは長大な大砲が10門前後配備されていた。
巨大な大砲であった。私の船に乗せてある艦載砲よりも二回りも大きいのではないか?
寝起きは麦藁に包まって寝るものと覚悟していたが、四角い袋に綿の入ったフトンと呼ばれるものを敷き、その上にも同じようなものを掛けて寝た。
慣れないせいか、少々眠りが浅くなると思っていたがセブ島のように毒虫や毒蛇に悩まされる事無く過ごせた。
セブに比べ、ここは遥かに過ごしやすい所だと思い始める。
食事はコメであった。
これを炊く、もしくはオカユというオートミールのようなものとして食した。
そこへミソやショウユ、ネギや干し貝などを加えて最後にゴマアブラというものを垂らすと、食欲が無限に沸いてくる。
これはサタンの食べ物なのか?
ここは軍港なので女は少ない。
女は質素ななりをしているが清潔なキモノを着ていて、通り過ぎる時はいつも頭を下げていく。
客に対しては常に礼儀正しくせいよとの御触れが出ているらしい。
なかなか高潔な王のようだ。
不思議に思った事がある。
なぜこの者たちは私達スペインのものが遠いヨーロッパから来たものであるか知っているのだ?
そう問いかけたところ「年に何度かシナガワの港にポルトガルの船が来ている」という事だ!
しまった。
ここでもやつらに先を越されたか。
だが、今からでも遅くない。
居留地を作り布教を開始すれば、ここもセブ島のように我がスペインのものとなろう。
ポルトガルに負けずに布教をして、既成事実を作るのだ。
そのためにもここのオーゴ王の帰還を待ち、せめて居留地を作る許可を頂く。
その成果を持ってヌエバ=エスパーニャの副王と本国のフェリペ2世陛下にお伝えしよう。
王が凱旋したと聞き、真っ先に謁見の請願をした。
再度出撃していたイタミ殿が帰るのを待ち、それを伝えた。
すると意外な答えが返ってきた。
「王が会いたがっている。火急的速やかに商業港シナガワまでつれてくるように」
と厳命されたという。
どのような考えなのか皆目見当がつかない。
だがこれも神のお導き。
セキブネと呼ばれる軍船の後をサン=パブロ号で追い、シナガワ港に着いた。
ここも要塞のような防御施設があり、周りを城壁で囲まれており、今でも城壁の修復なのか?
作業は続いている。
大規模な桟橋がいくつも並んでいる河口に近寄り錨を下ろそうとしたが、桟橋につけるように指示された。
見ると桟橋の陸側に所々金色の刺繡と飾りをつけた豪奢な黒服を着た兵士らしき者が100名以上2列に並んで、その間に赤い敷物が長く敷かれていた。
そこを通れというのか?
敵意はなさそうであるが、兵たちは皆長大な銃を抱えている。
船員も武装して十分に警戒。
すぐに抜錨、砲撃戦に移れるように指示し30人ばかりの精鋭を連れてシナガワの地を踏んだ。
桟橋を通って儀仗兵?の間を通ると、異国の言葉の合図とともにその兵たちが一斉に銃を立てて敵意のない持ち方に変えた。
みながホッとする。
そして見えてきた。
行く手に数人の他のものと少し違うキモノを着て一人の男を守るように立つ一団。
その中心に一人の子供?のように小さな男が立っていた。
その男はこういった。
「へろ~。
おら。ぼんじゅ~る。
ぼんそわ~る。
ぼんじょるの。
すどら~すとびぃちぇ。
に~はお。あっさら~む。
や~さす。ぼあたる~じぇ。
めるはば~。しゃろ~む。
あんにょんはせよ。じゃんぼ~」
そして最後にこう聞こえた。
「ようこそ。みかいのちへ。
だいろくてんまおう、まさかたのしはいりょういきに、
いらっしゃいませ~♪」
◇ ◇ ◇ ◇
その前日
品川市長室
鈴木政胤
(諱を貰っちゃって品川市長に任命された鈴木屋さん)
品川湊の整備は着々と進んでいる。
北にある江戸城周辺へとつながる街道も整備され、交通の妨げとなっていた多くの河川も堤が作られて橋が架けられた。
流石に利根川と荒川にはまだ橋がかけられないと言われていたが、此度の戦により里見が滅亡したため本格的に橋がかけられるという。
なんでも殿の発案により「浮橋」という舟を並べた橋だという。
これならば大雨で洪水が起きたとしてもすぐに分解できる。
いつもながら殿の考えられることは突飛である。
面白い世になったものだ。
面白いと言えば、戦の間に鉄甲船が一隻沈んだらしい。
それ自体は面白くはない。
極秘扱いとされたが、まだまだ沖乗りは難しい。
早く「すくーなー」と「するーぷ」が使用できるようになればいいのだが。
まだ試験航海中だ。
問題はその難破した船員。
その中には伊丹様もいたとか。
そのままでは黒潮に乗り遠くまで流され、二度と帰ってはこれなかったに違いない。それがこともあろうに、たまたま通りかかった南蛮船によって助けられたのだ。
更に問題だったのは同じ南蛮船と言っても、今まで品川に来ていたポルトガルの船とは違うらしい。
スペインという大国の船らしい。
この2国は仲が悪いと聞いている。
至急、この対応を考えねばならぬと、凱旋祝いなどほったらかしで殿は江戸城から早馬を使って品川まで駆けてきた。
「さ~てと、考えてなかったなぁ~。
こうも早くスペインが来るとは~。
レガスピって10年後くらいじゃね?
ポルトガルとスペインってまだ併合されてないんだっけ?
まずはそこから事情聴取~」
いつもながら殿の仰りようは突飛すぎる。
何を言うておるのか、さっぱり分からぬ。
ただ南蛮の事をある程度、ご存じらしいことだけは分かる。
勿論、誰が聞いても「な~いしょ」だけしかいわない。
大胡では当たり前のことだ。
大胡の民からすると、殿は神仏の加護を受けている御方。
他勢力からすれば悪鬼。
最近では「第六天魔王政賢」と呼ばれるようになってきた。
仏法の天敵という事だそうな。
最近は公界市が危険になってきている。
仏敵とされつつあるためだ。
裏には本願寺がいるらしい。
「水と食料は例の保存の効くやつ持たせてね。あとはお酒。薬もかな。それから……」
私がついつい商人根性から口を挟んでしまった。
「真珠ですな」
「そうそう。それ~♪ きっと吃驚するよん。あとはまだまだいっぱいあるからそれは鈴木君に任せるね~」
そう。
南蛮への売り込み用の商品が揃いつつある。
次の南蛮船の者たちへ見せて反応を見たいというものが出来てきたのだ。
これは面白いことになるぞ!
「で~。ポルトガルとどこが違うか。それを見極めないとね。なんといったっけ? 代表者、船長の名前」
殿が南蛮人接待用の椅子をギッタンバッコンさせながら伊丹様に聞いている。
「は。うるだねいたと申しております。船長にしてキリスト教の坊主とか」
途端に殿の顔が曇る。
「名前は知らないけどね。修道士かぁ。布教目的だね。それに領土拡張狙い、ついでに金儲け。一番やな奴来っちゃったよ」
殿が言っていた、超限戦を仕掛けてくる南蛮人か。
この対応は今後の日ノ本の歴史に大きな影響を与えるのであろう。
「本当は全部追っ払っちゃうのが一番だけど尊王攘夷は禁じ手。
先が続かない。
鎖国すればそれで世界に取り残される。
かといってこのままだと戦争の連続になるなぁ……」
やっと織田様と協力して天下一統を成し遂げる道が見えて来たのに。
ここからまた戦か。
ポルトガルの商人たちも何をするか怪しい。
今後は世界を相手にしなければならないのか?
そう思うと身震いがしたが、それでも殿の言葉に明るさを見出すことが出来た。
「それだったらさ。日ノ本のやり方を押し付けることは出来ないけど、他の国にも良い影響を与える工夫はしなくちゃね。
その中にはよい商品を売りつけることも含まれる!
金儲けじゃぁ~~~♪
まずは真珠を売りつける!
それから缶詰・水を詰めたガラス瓶。
美味しく改良した長持ち乾パン。
瓶詰シェリー酒や和製スピリタス。
消毒用エタノール。
あとは例の絵皿~♪」
そうだ。
何も戦争することは無い。
今までの失敗を元に、できる限り戦争にならないように工夫して南蛮との付き合いをすればよい。
皆が気持ちを新たに殿の周りを囲んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日
市庁舎応接の間
アンドレス・デ・ウルダネータ
献上品は何も用意できなかった。
そのような予定は全くなかったからだ。
服はとても香りのよいサポンで綺麗に洗ってもらった。
髪の毛も異臭を放っていたものがオリーブ油でもつけたかのように綺麗に整えられた。
これでは清貧を良しとする修道士としてはどうかと思うが、異国の王に謁見するのだから最初が肝心。
仕方ないと諦めよう。
我が主もオリーブ油で足を洗うなど成されていたのだから。
謁見の間は市庁舎らしい二階建ての建物の中にあった。
質素ながらも広い清潔な板材を使った空間だ。
周りの調度品も異国情緒にあふれている。
中でも異彩を放つのは色彩鮮やかな絵。
見たこともない絵画だ。
少女が生き生きと踊ったり跳ねたりしている。
それが立体的に描かれている。
更にその横には似たような作風の人形が置かれている。
高さは20~30cmくらいか(注)。
床にはペルシャ絨毯であろうか。豪華な敷物が敷かれ、その上に黒檀で作られたらしい飾り気は抑えられているが見事な出来栄えのテーブルが置かれ、周りに革張りの椅子が置かれている。
その実用的本意よりも少しだけゆったりとした長椅子に腰かけるように勧められたが、まさか王よりも先には座れない。
王の入室を待った。
王の姿が見えた。
やはり小さい。
150cmを少し超えたくらいか?
イベリア人としては背が高い180cmを超える私の顎の高さまでしか背がないであろう。この異国の住人たちは平均してこれよりも少し高いくらいの背丈らしい。
周りに侍る騎士と思われる側近の背はもう少し高い。
体も引き締まっている。
王は身振りで椅子へ腰を下ろすように指示し、自らもピョンと腰を下ろした。
全く王様然としていない。
こういう民族性なのか?
王の足は椅子に合っていないらしくブランブランしている。
それを見た側近の大男がすぐさま箱を持ってきて、足元に置いていた。
筆談が始まった。
最初に家臣を助けてくれてありがとうと礼を言われた。
成程、家臣に慕われている王だ。
礼儀正しく人々に敬愛されているのも頷ける。
そして……
「エスパーニャ、スペインの王は何という名前だ?
ヌエバ=エスパーニャの副王は?
ポルトガルの王は何歳だ?
マニラはまだ占領していないか?
ヌエバ=エスパーニャからフィリピンまで何日かかった?
香料諸島は見つかったか?……」
眼が回った。
この王は世界のことを何処まで知っている?
ここの異教徒はインドにもアフリカ・ヌエバ=エスパーニャにすら行っていない筈だ。
それにもかかわらずこの知識量。
ポルトガル人が教えたのか?
挨拶の言葉もその為に知っていたのか?
そしてドキッとする質問を放ってきた。
「ここに居留地を持って、布教するつもりか?
その後この日ノ本をエスパーニャの属国にする。
それが真の目的か?」と。
慧眼、恐るべし!
異教徒には友好的に接し、改宗させた後、そこを植民地とし原住民を奴隷とする。
これが本国の貴族たちの方針だ。
フェリペ2世陛下の布告されたインディアス新法も有名無実化され、インディアスの民は重労働を課せられている。
まさかそこまでは知らないであろう。
王の子供の様なニコニコした顔の目の奥に冷徹な光を見たように思えた。
「シナガワ沖に埋立地を作るからそこを居留地にせよ。
布教はしてもいいが他の宗派との争いは避けよ。
文化的交流は積極的に。
ただし性的交流は禁じる。
病気が入らないようにすること。
貿易は麻薬以外の制限はしないが関税は自由にかけられる。
この国にいる限りこの国の法律に従うべし。
その逆も同じ。
領土的野心は双方持たないこと。
そうフェリペ2世陛下に伝えよ」
こう言われた。
これは心してかからねば。
私ですらわからないことだらけ。
書記役のものが羊皮紙に書き込もうとすると、白い紙を渡された。
見事な模様の入った紙で既に何かが書いてある。
それを通訳のものに読ませた。
その文の意味は……
「トリデシリャス条約は認めない。
我々日本国は独立した国だ。
それ以外の地域もその土地の人のものだ。
勝手に侵略するならかかってこい。
この時の漂流者、大胡政賢が歓待する」
この後、両手を揉み揉みしながらにこやかな笑顔で貿易品の説明をする商人の言葉は全く耳に入らなかった。
その20年後。
日本との正式な国交が結ばれた時、この時の文面が誤訳であったことが漸くわかった。
しかしその時、両国間の間は既に
◇ ◇ ◇ ◇
注)
勿論、あれですよ。
メ〇トやとら〇あな等で見かける机の上に飾れるような大きさのお人形。
多分、製作方法は粘土で成形したビスキュイ(西洋人形の顔の部分)みたいな製法なのかと。壊れやすそうw
きっと中に金属いれて頑張っているんでしょうねぇ、無益幻造さんが無駄なことを精いっぱい楽しんで作っているのでしょう笑。
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