【対決】ドラゴンしぶとい
暴力はいけませぬ(でも戦争はいいって?それは大量のツケが回ってきます)。
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◇ ◇ ◇ ◇
1559年5月11日
上野国佐波郡新田荘
長野政影
(記憶力良いんだね、君。日記書いてるとこ書いたことないんですがw)
味方は布陣する場所から2町の距離を置いて上杉と宇都宮・佐竹連合軍が陣を布いている。
これを古風な陣幕を三方に張りその中央の床几に小柄な殿が腰を掛ける。
その周りには19年前、大胡城の狭い広間で殿を迎え入れた主だった面々が殿の左右に八の字に並んでいる。
60を過ぎた大胡の重鎮、内政の責任者を務める大胡是定殿。
第1旅団を率いる、その時次席家老だった後藤透徹殿。
第2旅団を率いる大胡是政殿。
第3旅団を率いる大胡譜代家臣の東雲尚政殿。
親衛隊と斬り込み隊を率いる上泉伊勢守殿。
その一子で参謀の上泉秀胤殿。
そして某。
殿を大胡城へお連れ致したときは、無事たどり着けたことだけでも奇跡のような小さな存在であった殿。
それが見る見るうちに周りを巻き込んで、今や東国を席巻する勢いの大勢力となった。ここにいる者はたいして力のない、才のない名もなきものばかりであったと思う。某も体がでかいだけのただの若輩者。
それが殿の元にいることによって目を開かれ各部門で日の本一ではないかという才を発揮している。
それだけの影響を与える人物であったことを大胡のだれもが認めている。その恩恵に感謝するとともに心酔していると言ってもよいであろう。
先の内務・公安の長、弾左衛門は赤井と通じ不満分子を見つけ出し重要な場所に配備されるように秀胤殿を誘導していた。
その下準備があったことで為しえた電撃戦であった。
秀胤殿はいつもの数倍も赤面し「腹掻っ捌いて!」などと言い始め、伊勢守殿に張り倒されていた。
そうなのだ。
このことは返ってこれからの大胡をより一層強くするであろう。何故なら多くの不満分子が一掃されたのだから。
ここには大胡の昔からの主力が勢ぞろいしている。
太田隊第4旅団は南の抑えに回っているが、第1第2第3旅団が傷を負いながらも戦力を維持したまま布陣している。
砲兵隊も先程から着陣し始めた。
全兵力25000。
敵は既に各地で城に張り付いて分散している。
しかも3勢力の寄せ集めだ。
兵力も15000。
たとえ軍神と言えど何ほどの事があろう。
鎧袖一触だ。
機動で側面へ廻ろうとしても東雲竜騎兵が対処できる。
「完勝できますな。一気に攻めますか?」
東雲殿が髭を弄りながら鼻を鳴らす。
他の皆も同意という表情だ。
某もそう思う。
だが戦の勝敗は最後までわからない。
油断するべきではない。
「ん~。
まず、敵の心境を考えちゃおう。頼みの綱は赤井の推政くんだったと思うんだ。あれで人質とれば一気に勝利。
あそこで3000人が粘っていればこっちの竜騎兵が出張らないといけない。その分左翼が手薄になる。そこを突こうとしていたんじゃないの? そのあてが外れた。
でも……それ以外に隠したカードがないとすぐ撤退すると思うんだよ。特に佐竹と宇都宮。佐竹なんか内応を言い始めたし」
やはり佐竹は調略が効いて来たか。
だが今頃になっての内応では意味がない。
その点、武田は狡猾だった。
あの時期に同士討ちを演じることで、大胡の軍勢による大返しを可能にした。
15000以上の兵が3日間もかからず12里の道を走破しここに布陣できた。
大手柄であろう。
「敵、謙信は何かを待っている。天候か? 増援か? 南の戦局か?」
殿が思案していると最近戦評定で吼えなくなった後藤殿が久々に吼えた。
「殿!
何を躊躇う必要がございますか!? 敵は何かを待っている。なればその前に速やかに破り勝敗を決すべし! 兵は拙速を貴ぶと申します!」
なんと後藤殿らしくない発言。
言っている結論は昔と変わらぬ。
だがそれにきちんと理屈をつけている。
後藤殿もここまで急速に変わって来たのだ。
皆もどんどん変わっていこう。
それが良い変化なれば嬉しい。
「お~、そうだね。それもそうだよ。じゃあ……」
殿が皆を自陣へ帰そうとして采配を上げたとき「その声」が聞こえた。
「殿。出遅れましてござる。拙僧の完敗でござる。申し訳ござらぬ」
先ぶれもなく足早に殿のご前に跪く黒衣を纏った瘦身の僧、智円殿だ。
たしか佐竹の後、京方面へ出向き外交で敵の弱みを衝こうとしていた筈。
その智円殿がいつもの冷静さはどこへやら汗だくになりながら急ぎその後を続ける。
「停戦の命令が将軍より発せられました。そればかりか綸旨まで降ろされてしまいました。無念」
なんと!
綸旨まで。
智円殿の手よりも速い動き。
直江という宿老の手か?
「う~ん。これは完敗だね~。首を取り損ねたよ。砲兵隊を待つべきじゃなかった。
お仁王さんの言う通りでした。
ショボン」
「多分、謙信は自分の有利な条件下での講和のために綸旨を利用しようとしていたのでしょう。殿が綸旨には逆らえないことを見越しておりまする。しかし今回は自分の首を繋げる最後の手となったようでござる」
全身を汗みどろにしながら荒い息で智円殿が自分の分析を殿に伝えている。
こうなると一戦も交えることなく和平の条件を競い合い、講和条約の締結となろう。
これから始まるのは弓槍鉄砲の戦ではなく、頭と言葉による化かしあいだ。
「言葉合戦、じゃあないや。言葉での合戦。情報合戦とそれを元にした条件闘争だね。佐竹んちには一働きしてもらいましょ。会議中に内紛を起こしてもらう。
じゃあ、向こうに和平の使者を。それから今晩は長い会議になるよ~。
真面目な方ね。バカ騒ぎはまた後で~」
皆が皆、それぞれの思いと共に殿へ向かい承知の意を示した。
◇ ◇ ◇ ◇
5月12日
両陣地の間中央
長野政影
(やっぱり日記を書く暇のない祐筆でした)
新田の荘は鎌倉を攻め落とした名将、義貞公の領地だったところだ。
今、この周りは大胡の手により二毛作もできるような豊かな穀倉地帯となっている。この時期は小麦の収穫が終わり畑地であるこの会談場は両陣地から丸見えである。
大胡は殿と近習として某。
護衛として上泉伊勢守殿。
そして外交僧の智円殿。
対する上杉陣営は
謙信と宇都宮勢の軍監、芳賀高継。
佐竹は佐竹義昭。
護衛として大熊朝秀。
「おひさし鰤々。しばらく見ない内に目つきが邪眼になっているよん。
謙信だっけ? 出家した割には仏様と逆方向へ行っている気がするね」
まずは機先を制して殿が嫌味を言う。
「何を白々しい。大胡の方が非道な事をし放題ではないか。武田家を同士討ちさせ、己は嫡男を見殺しにしようとする等、邪鬼の所業」
「ま。お互い様という事ね。時は戦国、戦は非道なり。人権などない。
正義を振りかざしてもそれは偽善です」
お互いに無益な舌戦をしている事は認識しての嫌味合戦であろうが、お互い挑発には乗らない。
やはり肝が据わっていらっしゃる。
「では、そろそろ拙僧から。
大胡の和平の条件はこれにござる。一つ。上杉家はこのまま越後に速やかに去ること。そして二度と再び越山せぬとお誓いいただこう。
二つ。宇都宮家は大胡への迷惑料として銭10000貫文を支払い、尚且つ火をつけて乱暴狼藉を働いた桐生その他の被害を弁済すること。更に古河公方への手出し御無用。大胡にて保護し奉る。
三つ。佐竹家はその手にて日立北部にあると推定される石炭を掘り起こし大胡へ無償で供給すること。更にそこへの駐屯兵を置くことを認める事。更には迷惑料として3000貫文を支払う事。
以上でござる」
これは手厳しい。
「承服できかねる」と芳賀と佐竹がわめいている。
宇都宮にとっての10000貫文は死を意味するであろう。佐竹に取っても3000貫文はきつい。さらに自腹で石炭を掘り当て採掘、無償で大胡へ。
古河公方を掌中にいれれば関宿が大胡の手にはいる。
これで下総への足掛かりもできる。
此度の戦で里見と決着がつかなくとも、大きな進展だ。
そして上杉だが。
甘すぎると思う。
この戦を起こしたのはまずもって謙信の決断による。
皆の前で殿を打擲、捕縛しそれに失敗すると大戦を引き起こし多くの者が命を落とした。その責任はこの男にあるのだ。
それを「越山しないこと」で済ませてよいものであろうか?
「あ。もひとつ付け加えるね。謙信くん、あの時は痛かったよ~。だからみんなの前で顔を一発殴らせてね。これが出来なければ全部交渉はお流れ。
いざ決戦しましょ~」
ふざけた声色ではあるが眼が笑っていない。これだけは引き下がれないのであろう。というよりもこれをしないと「謙信の威信」を下げられない。
つまりこの戦の最大の戦果を挙げられないという事。
戦は出来ぬ。
綸旨を破ることは出来ない。
が、それをやると思わせる、そんな気迫を感じさせる今の殿の気合。
勿論、謙信の気とぶつかり合い火花が散るのを感じる。
宇都宮も佐竹も関係ない。
手出しは某がさせない。
大熊も上泉殿が完全に気で圧倒している。
「じゃあ。最後の条件闘争ね。これだめだったら本当にドンパチで決着付ける。死んでいった人のためにお前の首をここで取る!」
佐竹が何かをわめいているが皆聞いていない。
皆の耳は次の殿の言葉に集中していた。
「謙信、貴様を配下と共に越後へ帰してやる。虜囚となっている柿崎も帰す。和平も5年でいい。
その代わりここで一発殴らせろ。上杉はこれで許す。
宇都宮は10000貫文を3000貫文へ減らす。佐竹の石炭は対価を払ってやる。その条件はあとで。3000貫文は無し」
芳賀と佐竹はホッとした表情で腰を落とした。
一方謙信は……
「5年間は相互に不可侵という事だな。そうでなければ善光寺平で再度決戦となろう。儂はそれでも構わぬが」
「またまた意地はっちゃって~。精鋭が半数になっちゃったでしょ? あと5年は決戦できないと思うよ。外交でまた攻勢に出られるような下地も5年は掛かるっしょ」
容赦のない殿の指摘。
付け加えれば内政もひっ迫していよう。
いくら謙信が意地を張っても物理的に戦は無理。
「では殴られようぞ。儂の頬下駄に手が届くようであるならばな」
まさか承知するとは思わなかった。皆の視線の集まる場にて顔を殴られる。
敵の大将の手で直接。
鎌倉の仇を返すにしても直接とは。しかも自分の役職、関東管領に泥を塗るような行為。
いや!
それが狙いか?
大胡を将軍家と完全に仲たがいさせる狙いか。
殿に御忠告申し上げようとした。しかし間に合わなかった。
殿が承諾し某に昔のように負ぶう事を要求してくる。
殿は某の背中に負ぶわれ、大声でここに参集する兵40000の皆に聞こえるように宣言する。
「これでこの戦争は終わり! 上野を掠め取ろうとする武田にザマァして、越後の龍を引っぱたいてザマァする!
もう二度と上野を外敵の侵略で荒らされないようにするっ!
これがけじめだよ~~~~!!」
ぽへん。
力の入らない拳固だった。
人におぶさっているのだ。当たり前。
だがこれを皆に見せることが重要。
大胡が勝った。
これを視覚化する事。
そう殿が言っていた。
視覚化する。
これがどのような文言よりも大事。
兵たちに一番わかりやすい。
そして大胡の兵への言外の言。
「皆に背負われて勝ったよ」
という無言の勝利宣言。
誠に殿らしい。
誠に殿らしい戦ぶり、勝ちっぷりであった。
後世に長く伝えられるよう、某は筆を尽くすのみ。
席を蹴って自陣へ帰る謙信の後をおずおずと従う敵大将らを目で追いながら、自分にできること、事の顛末をいかに書き記すかを考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝
上杉勢が北へ向かう。
兵の中には悔し涙で大胡勢を睨みつけている者が多数いる行軍。騎乗する殿の前を馬廻りに守られた謙信が大柄の馬にまたがり、殿を見下すように睨みつけて北へ去っていく。
越後勢が見えなくなると殿は後ろを振り返りそこに控える者どもに宣言した。
「終わったよ~。取り敢えず二人討ち取った。まあ一人は自滅だけど原因は大胡の鉄砲だし~。敗残の武田勢の仕置も残っているし、越後勢のお見送りもまだだけど……。
それでは。
だいえんかいのじかんだぁ~~~~~~!!!!」
武田編 完
🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸
90万字という長い作品にお付き合いくださり誠に感謝しております。
面白い作品だと思われましたら、以下のリンクより>左にある★1900なんちゃらのとこをクリック!😃で評価をしてくださいませ。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428374306619#reviews
長期に渡り、ご愛読いただき誠にありがとうございます。
これを持ちまして、北条編、武田編を終了いたします。
エッセイには詳しく書きましたが、
資料集めと南蛮設定の見直しをすることになり少々お時間を頂き再度スタートすることになります。
ここまで書き進めて如何に自分が初心者であったのか、身に染みて感じました。
これからしばらくの間(9月いっぱい)、
いくつかの作品を書きスキル練成をしていきたいと思います。
その間に、
「南蛮設定と海戦」を書く自信が出来次第、
上杉編を更新してまいります。
目安としては遅くとも10月までには上杉編を開始したいと思います。
(現在体調不良につき来年になると思います。その間に一人称でライト感覚のリメイク作品を書いています。大分趣が変わっているかと思います)
もしよろしかったら、
私自身のフォローをしていただけると、これらの作品群がスタートしたという情報が届くと思います。
もしちょっとでも面白いと思われたら是非★で応援してください~♪
それでは暫しのお別れを。
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