【兄弟】目と目で通じ合う・・・

 2014年3月13日:

 第十三回改訂版【大陸軍戦史第1部】

【政賢公戦場いくさば訓示直後の砲兵隊極秘訓示】



「諸君も認識している通り、大筒は超極秘兵器である。決して敵に鹵獲されてはならぬ。その砲門を決してお味方へ向けさせてはならぬ。そのためにこれを渡す。もしもの時は大筒を使用不能にせよ。

 それもできない場合は……」


 ◇ ◇ ◇


 1556年1月8日

 武蔵国品川湊南部

 碓井晴義

(品川守備隊南大筒分隊分隊長)


 

「へえええ。お前があんちゃんか。同じ苗字だな。この百姓づらには似合わねえ立派な名前だぜ」


 俺の左腕に縫い込まれている隊章と名札を、目の前の破戒僧が引きちぎった。思わず此奴の殴り掛かろうとして後ろで俺の首を絞めている縄が、更にきつくなって顔が引きつる。


「おいおい。此奴、死んじまうぜ。少し縄を緩めないと作戦が水の泡だ」


 後ろの奴が縄を緩める。暗くなっていた目の前が徐々に元に戻って来た。


「この印が大筒の印か。偉く手が込んでいる絵じゃなぁ。きっと高く売れるぜ。

 ほれ。お、手が滑った。燃えちまったよ。これじゃあ売れんなあ」


 周りの法華宗徒の傭兵が笑い出す。虚仮にされている、我が大胡が。


「許さんぞ! それは俺たちのために、かえで様自らが染めた物! おのれ等に愚弄されるようなものではない!!」


 隣に縄で拘束されている弟が、呪いの言葉をこの僧兵に投げつける。


「へええ。そのかえで様っちゅうのは、大胡の殿さんのあいじんかの? 今頃、大胡で他の男と、うっふんあっはん宜しくやっておるんじゃろうのう」


 またまた大笑いする僧兵ども。

 酒が入っているらしい。


 戦は楽しみ半分でやっているような連中だな。普通に相手をすると疲れるだけだ。

 今は気力を削がれないようにして隙を見つけて逃げる。


「おう、みんな。そろそろ昼餉の時間じゃ。その前にやることやっちまおうせ。そこの大筒に火薬を詰めるんじゃろう? お前たち2人で十分であろう、さっさとやっちまえ。早くしないとお前たち兄弟も他の連中みたいに、さっさと殺っちまうぞ」


 また笑い声が上がる。


 糞! 

 今に見ておれ。


 殺された2個砲兵分隊の連中の仇を取ってやる。少なくともこの大筒、味方に向けさせることを阻止しないと。

 

 目黒川を南から渡河しようとする敵を狙い撃ちできるように配備されていた2門の大筒。それが今、東へ運ばれ、今その砲門を東防壁に向けている。防壁は煉瓦で作られているが、早い話が砂と土を中へ入れた二重の煉瓦の壁でしかない。


 ここは砂が中心の土地。

 遠くから土や石を持ってくるなど、この短期間では不可能だ。


 だから応急処置として

「立派に見える」

 煉瓦防壁が出来上がった。

 下が砂地に近いので基盤も弱い。

 大筒が敵に無いからできたこと。

 しかしここに大筒があり、敵の手に渡ってしまった。


 明らかに配備の失敗だ。

 道定様は……

 言うのはなんだが内政の方。

 不備があった。


 是非もない。

 上がやらかしたことは、下が何とか辻褄を合わせるしかないのだ。人の集団は未来永劫、このような仕組みなのであろう。


 時々、後ろから縄で引っ張られながら作業を続ける。隣の大筒は弟、晴俊が準備をしている。


 大分遅く作業をしているようだ。少しでも砲撃を遅らせたいのであろう。


 しかしその度ごとに、首に掛けた縄が容赦なく締まっている。


「おせーなぁ。待ちくたびれるぜ。おっ、いいことを思いついた。この遅え奴の縄をこうして……」


 !!!!


 奴ら。

 晴俊の縄を近くに生えている松の木の枝にかけて、引っ張り上げている。弟はつま先立ちで首が締まらないようにあがいているが、長くは持ちそうにない!


「おい、兄ちゃんよぅ。ちゃっちゃと大筒ぶっぱなさないと、弟の首が千切れちまうぜよ。さっさとやれやぁ」



 おのれ。許さぬ。

 大筒の発射準備をしつつ、何か良い方法はないかと考えるも何も出てこない。


 そして初弾の準備が完了してしまった。


「狙いはあの壁な。外せばだんだん首が締まるぜ」


 仕方がない。

 初弾は当たらぬように上の方に狙いをつける。


 どどどーーん


 おおよそ狙い通り。

 壁と2間は離れていたか。


「おいおい。どこを狙って撃っている!? 首がしまっちゃうぞぉ」


 弟のうめき声がする。


 2門目は下か。だが味方に当たる。既に予備の兵がこちらに気づき、態勢を整え接近する気配だ。分隊と分隊の間に出来た隙間を狙う。


 この時ほど自分に砲撃の技術が欲しいと思ったことはない。


 ずごごごごーん


 間を通した!

 味方の損害はなかった。


 だが向こうの防壁の基部に命中。大きな凹みをつける。


 まだ穴は開かないものの、強度が低くなれば小さな振動でも崩れる恐れが出てくる。これ以上は撃たせない。


「おお。当たったじゃねえか。次、火薬を詰めろい。いい酒の肴だぜよう。皆」


 縄を持っているもの以外は、各々酒の入った瓢箪を持ち出し飲み始める。


 今だ。

 俺は今にも吊るし首になりそうな弟に目配せして覚悟をきめさせる。


 弟も察したのか、目で合図してきた。


 1門の大筒の火門(発射薬を発火させるための導火線の役割をする穴)を、このような時のために腰に吊るしてあった小さな玄翁で釘を使って塞ぐ。


 見つかっていない。


 そして残った1門に……

 3倍の火薬を詰め二連弾にする。

 流石にこれは気づくだろう。


「おい。そんなに火薬を詰めて2個も弾が飛ぶのか? 危なくねえのか?」


 俺はこう言った。


「危ないさ。お前らがな!!」

 

 そして持っていた小さな松明を火門に押しつけた。



 品川南部で爆発音と共に、大筒の破片が散乱した。

 人肉と共に。



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