第34話 休みの日になにしてるって聞かれたら困る
「ごめんね、急に呼びだして。これ、つまらないものだけど」
と、石水さんは紙パックを差しだした。
「これは?」
「まずそうなジュース」
「本当につまらないな!」
「最後まで聞いてよ。ちゃんと理由があるんだから」
「どんな」
「興味はあるけど自分で飲むのは嫌じゃん? だからあんたで試そうと思って」
「聞いたうえでも最悪だよ!!」
「ほら、遠慮しないで」
石水さんに押しつけられたジュースのパッケージを見る。
『よもぎレモン・オレ』
――誰だ、この商品にゴーサインを出した奴は……!
健康にだけは良さそうだが。
石水さんは大きな瞳をさらに大きくして俺を見つめている。早く飲めという無言の圧。
俺はあきらめのため息をついた。注意書きに書いてあるとおりしっかりと振ってから、ストローを刺して吸う。
黄緑色の液体がストローの中を伝って口に流れこむ。
苦み、酸味、乳臭さ。各々はべつに苦手でもなんでもない。しかしそれらが混ざりあうとどういうわけか、一日中革靴を履いた足の裏みたいな味になる。いや、もちろん足の裏なんて舐めたことはないのだが、これより適切な形容はないと断言できる。
「ぐぶっ」
俺の身体がよもぎレモン・オレの受け入れを拒否する。しかし『食べ物を粗末にしてはいけない』という道徳心が吐きだすのを堪えさせた。悪いのはよもぎでもレモンでも牛乳でもなく、それらを組みあわせた人類なのだから。
これ以上、口内にとどめてはおけない。俺は覚悟を決めて、足の裏の味がする液体を飲みくだした。
後味と香りが消えるのを待って、俺は言った。
「飲んだぞ!」
「おつ」
――軽っ。
たった二文字のねぎらい。俺が乗り越えた苦難に見合わなさすぎる。
「で、どう? おいしかった?」
「なにを見てたんだよ……!」
俺はよもぎレモン・オレの味の詳細を石水さんに伝えた。
「ふーん。――じゃあ、本題なんだけど」
「せめてもう少し興味深そうにだな――」
「最近、夕愛の様子がおかしいんだよね」
「……」
抗議をしたい気持ちはあったが、その話題を持ち出されては引っこめざるを得ない。
しかし、それを俺に尋ねるということは――。
「げ、原因は俺じゃないぞ!? 多分……」
「知ってるって。あんたのこと信用してるし」
「え?」
まさか石水さんにそんなふうに思われていたなんて考えもしなかった。
「誰かを自分の色に染めるなんてできないでしょ。あんた無色透明だし」
「こんなに嬉しくない信用ってある?」
石水さんは「しまった」みたいな顔をして言いなおした。
「あ~……、じゃなくて。だからこそ相手の色を引き出せるみたいな、そういうことで」
――……あれ? もしかして褒めてくれてる?
刺々しい雰囲気や言い回しで誤解を招きやすいが、やはり根は良い子なのだなと感じる。
照れたのか、ちょっと怒ったように言う。
「あんたの話はどうでもいいの」
「そ、そうだよ。夕愛の話だ。石水さんもやっぱり……?」
「一瞬、心ここにあらずみたいな顔になるんだよね」
やはり俺の勘違いではなかったようだ。
「あんたは原因に心当たりある?」
「いや……。石水さんは」
「ない」
「そうか……」
「じゃあ」
石水さんは俺に背を向けて歩きだした。
「え、ちょ、ちょ。もうもどるの?」
「だって、心当たりのない者同士、顔を突き合わせてても時間の無駄でしょ」
道理だけど判断が早すぎる。
「それならなにか知ってそうなひとに尋ねたほうがいい」
「そんなひといる?」
「お兄さん」
たしかに。俺と石水さん以外でもっとも夕愛について詳しそうなのは彼だ。一緒に住んでいる彼なら俺たちが知り得ないことも知っているかもしれない。
「でも連絡手段が」
「わたし連絡先知ってる」
「え、なんで」
「髪切ってもらうし」
――俺はどっちの連絡先も知らないのに……。
疎外感にさいなまれる俺をよそに、石水さんはスマホを操作する。お兄さんに連絡をとっているのだろう。さすが行動が早い。
スマホの画面に目を向けたまま俺に尋ねる。
「あんた、今度の休みは暇?」
「え? いや、暇っていうか、予定がまったくないわけじゃないけど、なにかあれば自由に動くことはできるっていうか、重要度の高い予定はとくに――」
「くどい。暇ね」
俺の強がりはあっさり要約された。
「でも、なんで俺の予定を?」
「お兄さんと話をするのはあんただから」
「お、俺? なんで?」
もしかしてけっこう頼りにされてるのか?
「お兄さんに別々に尋ねるのは二度手間でしょ? あと男同士のほうが話しやすいと思ったから」
「さようですか……」
良い子だけどドライなんだよなあ。だから夕愛と合うんだろうけど。
なんにしろ糸口が見えたのは僥倖だ。お兄さんがなにか知っていればいいが……。
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