第30話 ミステリーデート

『着たい服かどうかを”自分の中の高校生”に尋ねてみる感じですね』


 女性向けアパレルブランドの経営者がニュースアプリのインタビュー記事でそう答えていた。


 最近ちょくちょくファッション用語を検索するせいか、そういったジャンルのニュースや動画などがおすすめに挙がるようになった。しかし女性もののブランドを勧めてくるあたり、AIもまだまだだなと思う。


 ――にしてもきれいなひとだな。


 年齢は四十七歳らしいが十歳は若く見える。


 夕愛も歳をとったらこんな感じになるのかな。そのころには俺はどうなってるんだろう。じいちゃん、ハゲてるしなあ……。隔世遺伝で俺もハゲるかもしれない。そしたらカツラでも被らないと夕愛の隣にいるのは恥ずかしいな。あ、でもそのころにはきっと夕愛は一流の美容師になってるかもしれないし、ハゲがばれにくい髪型にしてもらって――。


 ――って、なんでそんな先まで夕愛と一緒にいる予定なんだよ……。


 ナチュラルにそんな妄想をしてしまった自分が恥ずかしい。でも同時に幸福感が胸を満たしている。


 俺の前の席に真壁が座った。彼は俺の顔を目をすがめるようにして見ている。


 ――やべっ、にやにやしちゃってたか……?


 手で口元をこする。真壁は眉間にしわを寄せて言った。


「俺は巨乳メイドの件をまだ許してないからな」

「その表情!? もう一週間以上前の話だぞ?」

「男の純情を弄びやがって」

「悪かったって」


 真壁は大仰にため息をついた。


「まあいいさ。一応、揉ませてもらったしな」

「? なにを」

「マッチョメイドの巨乳を」

「お前なにしてんの!? というか筋肉だぞ? かっちかちだろ」

「いやそれが、力を入れてない筋肉って実はかなり柔らかいんだ。だから最悪、代用可能。それに気づけた点はよかった」


 と笑みを浮かべる。それなりに満喫したんじゃねえか。


「だから、よく発達した大胸筋は巨乳と呼んでもまちがいではない。つまり俺が巨乳を揉んだというのは事実であり、完全無欠の童貞であるお前とは一線を画していると言える」

「馬鹿野郎、欠けてるから童貞なんだろうが。短いセンテンスで矛盾すんな」

「言ってて悲しくないか」

「もう涙も涸れたよ」


 真壁は俺のスマホを覗きこんだ。


宮澤みやざわ杏樹あんじゅか」

「有名なのか?」

「それなりにな。元はあまり売れなかったアイドルで、引退後にアパレルブランドを立ちあげたんだ、たしか」

「詳しいな」

「美人だからな」

「そういう対象としてかよ。下手したら母親より年上だぞ?」

「俺の守備範囲は現役時代のイ○ロー並に広大だ。熟女はいける」

「お前の場合、下のほうに広大なのかと思ってた」

「そっちはまあ、たしなむ程度に」

「茶道かなにかのように言っても気持ち悪さは拭えないぞ」


 そのときスマホの画面に通知がポップアップされた。夕愛だ。


『今度の休日、お出かけしませんこと?』


 ――『こと』……?


 なんだこの架空でしか存在しないお嬢様感は。誤入力だろうか。まあデートの誘いにまちがいなさそうだが。


『了解』『どこ行く?』

『乞うご期待です』


 ミステリーツアーならぬミステリーデートか。たまにはそういう趣向も悪くない。


 そう、『たまには』なんて表現ができるほど、すでに俺たちは多くのデートを重ねている。よく発達した大胸筋は巨乳の代用として活用できるなどと喜んでいる輩とは違うのだ。


「なんだ、またにやにやして」


 真壁が怪訝な目を向ける。俺は彼の肩をぽんぽんと叩いた。


「強く生きろよ」

「最近ちょくちょく上から目線なのはなんなんだ」


 憮然とする真壁。俺は夕愛にOKのスタンプを送った。





 約束の日、俺はいつもどおり駅前のオブジェ前で夕愛を待っていた。


 けっきょく当日までデートの内容は内緒だった。しかし不安よりも期待のほうが大きい。なにせ夕愛は場数が違う。経験値の低い俺には思いつかないような新たな景色を見せてくれることだろう。


「誠汰くん」


 期待に胸をふくらませていると、横合いから夕愛の声がかかった。


 振り向いた俺は一瞬、言葉を失った。


 ――可愛い……。


 いや、夕愛が可愛いというのは自明だ。でもそういうことを言っているのではない。


 服装がガーリッシュなのだ。


 薄紅梅というのだろうか、明るすぎないピンク色のだぼっとしたニットと、大きな飾りのひだがついたチェックのミディアムスカート。白いフリルショートソックスに、甲に金具の装飾が施されたローファー。それからクマの刺繍が入ったトートバッグ。


 可愛い、可憐、愛らしい。そんな言葉がよく似合う。


 しかし、だ。夕愛の服装といえばところどころ露出が多い、大人っぽくてセクシーなコーディネートだった。急にどうして。


「それ、どうした……?」

「たまにはこんなのもいいかなって思いまして。どうですか?」


 と、スカートをつまむ。


「可愛いと思うけど……」


 はっとする。


「いや、可愛いっていうのは要するに、そういう可愛いイメージのコーディネートだなってことで! あ、でもべつに夕愛が可愛くないとかそういうことを言っているわけでもなく……!」


 しどろもどろになって言いつくろう。


 ――ああ、もうこれ、またからかわれるやつだ。


『やっぱり清楚系にぐっときちゃう系ですかあ?』『もっと素直に褒めてくれてもいいんですよ?』『慌てちゃって。誠汰くん可愛い』


 そんなセリフを想像して身構えていると、夕愛は上品な仕草で口元を手で隠し、


「うふふっ、ありがとうございます。では参りましょうか」


 などと、などと歩きはじめる。


「ちょちょちょー!」

「チョウチョさんがどうかしましたか?」

「いやなんなのその優美な言動!?」

「優美だなんて、誠汰くんは褒め言葉の語彙が豊富ですね」


 と、また口元を隠して笑う。


「それもだよ! なんかおかしいぞ? いつもみたいに『清楚なファッションと見せかけて実は下着はすごく大人っぽいのを穿いてるんですよ? こういうギャップがたまらないんでしょ? 見たいですか?』とか言ってこいよ!!」

「例えがいやに具体的ですね。そういうの好きなんですか?」


 思わず性癖の一端を暴露してしまった。


「ち、ちげーよ! ……ちげーよ!!」


 あまり違わないので良い反論が思い浮かばない。


「そういうのは穿いたことないんですけど、でも誠汰くんが好きなら次は……、頑張っちゃおうかな。なんて」


 夕愛は恥ずかしそうに頬に手を当てた。


 ――いや、もう、まじでなんなん……。


 穿いたことないなら俺が今まで見せられてきたのはなんだったんだ。


 混乱する俺の頭に閃くものがあった。


『乞うご期待』


 夕愛のあのメッセージは、行き先ではなく今日のファッション――というかキャラ?――のほうに掛かっていたのではないか、と。


 つまり今日のコンセプトは『清楚なカノジョ』あるいは『お嬢様風』というわけだ。


 夕愛には好きな格好をしてもらいたい。夕愛らしい、夕愛が一番気に入っている格好を。


 ――でも。


 俺は夕愛を見た。彼女は小首を傾げ、柔らかく微笑む。


 ――これはこれで!


 せっかく夕愛が頑張って用意してくれたんだ。思いきり堪能させてもらおう。俺はそう心に決めた。






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大変お待たせいたしました! 連載を再開いたします。

また隔日で更新していけたらなあと考えています。

よろしくお願いいたします。

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