第31話 隠せてませんよ
俺たちは公園の散策路を並んで歩いた。
左に見える池からひんやりとした風が流れてくる。道の右側には木々が植わっており、葉が赤く色づきはじめていた。
そして隣には夕愛。
――良い……。
のんびり散歩するのも悪くないものだ。時間の流れまでゆっくりになった気がしてくる。
「ちょっと風が強いですね」
隣を歩く夕愛は髪を耳にかけた。その仕草もまた優美で、いつもとのギャップに俺の胸は静かに高鳴った。
少し歩くと、きゃっきゃと騒ぐ子供たちの声が聞こえてきた。並木が切れたところにちょっとしたアスレチック施設があり、数人の子供たちがロープの釣り橋を渡ったり、滑車につかまってワイヤーを滑り下りたりしている。
いつもの夕愛なら「面白そうなものがありますよ!」とか言って駆けだすところだったろうな。
「子供は元気だな」
そう言って隣に目を向ける。
「……」
しかし夕愛の返事はない。アスレチックのほうを据わった目で凝視し、荒い呼吸をしている。
「……夕愛?」
「は、はい!?」
「もしかして……、遊びたいのか?」
「ま、まさか! 可愛いなと思って」
「捕食者みたいな目で『可愛いな』はかえってやばいぞ」
「そ、そんなことより、お腹が空きませんか? 用意してきたんですよ」
トートバッグを持ちあげてみせる。
「ベンチでいただきましょう」
そしてさっさと道脇にあるベンチのほうへさっさと歩いていってしまった。うまく煙に巻かれたような感じだ。しかし追求するほどのことではない。それよりも夕愛がどんな弁当を用意してくれたのか、そちらのほうが気になる。
俺は夕愛のあとを追ってベンチに腰かけた。
夕愛はトートバッグから紙のランチボックスをとりだすと蓋を開けた。
「じゃーん」
「おお、サンドイッチ」
赤や黄、緑といった色とりどりの具が挟まった小ぶりなサンドイッチだった。
「このサンドイッチは夕愛が?」
「はい。簡単なもので申し訳ないんですけど……」
「いや、簡単じゃないと思うぞ。具の種類が多いと仕込みに手間がかかるだろうし」
俺は紙おしぼりで手を拭き、ハムサンドを口に運んだ。ロースハムの塩味、そのあとにカラシのつんとした香りが鼻を抜けていく。
「うまい」
「よかった」
「カラシがいいアクセントになってる」
「本当ですか? 辛いのが苦手だったらどうしようって不安だったんです」
「聞いてくれればよかったのに」
「サプライズしたくて」
と、もじもじする。
――
お腹だけじゃなく胸まで満たされるようだ。
夕愛はにっこりと微笑んだ。
「あと一応言っておくと、カラシじゃなくてマスタードです」
「そ、そうか、すまん」
たいして変わらないと思うが、こだわりがあるのだろう。
「そうだ、飲み物もあります」
と、プラスチックのボトルから紙コップに黄色みがかった半透明の液体をそそいで俺に手渡した。
「これは?」
「レモネードです」
「レモネード!?」
レモネードなんて、ハリウッド映画でちょっとお金持ちそうな家庭のお母さんが手作りするやつというイメージしかない。もしかしてお嬢様はお嬢様でも洋風のお嬢様という設定なのだろうか。奇しくもさっきのマスタードとなんとなく語感も似ているし。
紙コップに口をつける。少しとろっとしている。檸檬の爽やかな香りのあとに、蜂蜜だろうか、濃厚な甘み。そのあとに酸味がやってくる。
「初めて飲んだけど結構うまいな。サンドイッチとも合う」
「本当ですか? よかった……」
胸に手を当てて安堵の笑みを浮かべる。
「あとずっと気になってたんですけど、サンドイッチじゃなくてサンドウィッチです」
「洋風へのこだわりすごいな!?」
そのとき突風が吹き、夕愛のスカートをめくりあげ、ふとももまで露わになる。
「うわっ!?」
これは俺の声。当の本人は無表情のままスカートを押さえただけだった。
「あ。――きゃっ」
と、思いだしたように膝に手をやり内股になる。そして俺の顔をちらりと窺うように見た。
――手遅れなんだよなあ……。
生足強制披露をものともしない堂々たる態度を見せられたあとでは、悲鳴も空々しい。
「悪戯好きな風さんですね」
「……そうだな」
俺はサンドイッチ――いや、サンドウィッチをぱくついた。
食後、池の周りの散策路をゆっくりと歩く。
「親戚の家の猫が子供を産んで、動画を見せてもらったんですけど、すごく可愛くて――」
穏当な会話。ゆるやかに流れる時間。女子と一緒にいてこんなに緊張しなくなるなんて、ちょっと前の俺では考えられなかった。
しかし心まで穏やかというわけではない。先ほどから少し気になっていることがある。ちょくちょくボロが出るお嬢様キャラの設定の甘さとか妙な洋風へのこだわりとかの話ではない。
俺は立ち止まり、夕愛の顔をじっと見た。
「どうかしましたか?」
と、微笑みを返してくる。
――やっぱり、なんか変だ。
一見、ふつうの笑顔。でもどこか違和感がある。
俺はその正体を探るため、夕愛に尋ねることにした。
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