第24話 見てる人は見てる
「お、俺が劇に? なんで?」
監督の日吉さんが説明する。
「いやあそれがさあ、ヤンキー役の秋本が捻挫して」
ぼそっと『文化祭だからってはしゃぎやがってあの野郎……』とつぶやく。どちらかというと日吉さんがヤンキーみたいだ。
「でさ、出間くんが出てくんないかなあって」
「なんで俺?」
「背格好と衣装のサイズ。強いヤンキーって設定だから背の低い男子じゃ務まらないし、高すぎると衣装のサイズが合わないし。まして改造した学ランでしょ? ジャストのサイズじゃないと変な感じになっちゃうんだよね」
「俺と似た背格好の奴なんてほかにも――」
「出間くんに白羽の矢を立てたのは、それだけが理由じゃないんだわ」
と、人差し指を振る。
「本読みも稽古もリハーサルも皆勤賞だったでしょ? だからある程度セリフとか役の雰囲気とか把握してると思って」
照明のスイッチングに失敗したら嫌だなと思って集中して見ていたから、たしかにそのとおりではある。というか俺のこと見てたのか。全然気にしてないと思ってた。
「で、でも、誰が照明を」
「それは問題ないんじゃない?」
かたわらで腕組みをして黙っていたヒロイン役のの女子――
「かなり細かく書きこみをしていたでしょ? あの脚本があれば他のひとでもなんとかなるんじゃないかな?」
え、そこまで見られてた?
日吉さんが言葉を継ぐ。
「で、どう? やってくんない?」
みなの視線が突き刺さる。俺は顔を伏せた。
「でも、俺……、人前でなにかできるタイプじゃないし……」
「……無理?」
無理だ。無理に決まってる。あんな舞台に立って堂々と演技ができるのは一種の才能で、俺にはそんなものは備わっていない。それは十七年生きてきて、いやというほど思い知らされている。
「ごめん……」
搾りだすような声で謝罪した。日吉さんはぶんぶんと手を振った。
「ううん! こっちこそ無理言ってごめん」
脇役の男子が小さく手をあげる。
「俺の役ならあんまり被らないし、一人二役でやるとか」
「でもそれだとセリフをいじらなくちゃならないし、衣装チェンジの時間が」
「それなら――」
話しあいが始まる。俺はその場をそっと離れ、戸口へ向かう。
足が重い。しかしそれは罪悪感とは違う気がした。
――そうか、寂しいんだ。
期待してくれたクラスメイトのもとを去ることが。
メイド服ではしゃぐ夕愛を思いだす。あんなふうに心の底から楽しむことは俺には無理だ。でもせめて、そんな彼女を見ても寂しさを感じない自分でありたい。そう思う。
俺の足は戸口の前で止まった。そして話しあいをつづける日吉さんたちのほうに向きなおり、声をあげる。
「あのさ!」
日吉さんたちは驚いたような顔でこちらを見た。
「その……、やっぱり、俺、出ようかな、と……」
「え?」
日吉さんは目を丸くする。
「まじで? いいの? 無理しなくていいんだよ?」
「いや、無理っていうか、無理ではあるんだけど……」
その無理を通そうという話だ。
「嫌なら――」
石神さんが日吉さんの口を塞いだ。
「やるって言ってくれてるんだからモチベーションを下げるようなこと言わない!」
「んぐ」
俺は頷いた。
「大丈夫、やるよ。俺、声が通るらしいし」
「声……?」
石神さんはきょとんとする。
「いや、こっちの話」
石神さんの手を払いのけた日吉さんが言う。
「ありがとう。こっちもできるだけサポートするからよろしく」
「こっちこそ頼む」
「よし、じゃあ急ぎセリフ合わせをしよう。小道具係は念のためカンペを作ってもらえる?」
監督の指示でみんながばたばたと動きだす。
「あ、その前に出間くんは衣装合わせをしよう。念のために」
「わかった」
ブレザーを改造学ランに着がえ、ウィッグネットをかぶり、その上から茶髪のカツラをかぶせる。
「よし、ぴったり」
日吉さんと衣装係は安堵の表情を浮かべた。
スマホで撮ってもらった自分の写真を見る。もっと痛々しい高校デビュー感が出ているかと思っていたが、なかなかどうしてしっかりとヤンキーらしい。
――俺がヤンキーになるなんてな……。
「ちょっと表情が優しすぎるから、舞台では常に怒ったような顔で行こう」
「了解」
その後、セリフ合わせや舞台での動きの確認をした。台本を読みながらではあるが、練習から何度も見ていたから思いのほかスムーズだった。
登場するシーンは――。
主人公に因縁をつける登場シーン。
主人公に暴力を振るうシーン。
ヒロインが主人公のことを好きだとわかり、想いを告げて去るシーン。
大別すればこの三シーン。いわゆる噛ませ犬の役。セリフもそんなに多くないし、すぐに暗記できそうだ。
黒板の上の時計を見る。時刻は十二時ちょっと過ぎ。うちの出番は十三時三十分。時間は充分にある。
「たこ焼き買ってきたー!!」
数名のクラスメイトが両手に袋を持ってばたばたと教室へ入ってきた。
「ナイスー! よし、腹ごしらえしながら最後の追いこみかけるよ!」
「「「「おー!」」」」
教室の窓がびりっと震えるくらいの大音声だった。いきなりその輪に入るなんてことはできなかったけど、前に感じた居心地の悪さはない。
あとは劇に集中して――。
――いや、その前に。
俺はスマホのチャットアプリを立ちあげた。宛先はもちろん夕愛だ。
『劇に出ることになった。時間があったら観に来てほしい』
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