第22話 なにを祀っているというのだろう

「え~、ではB組の出し物は演劇に決まりました~。成功目指して頑張りましょ~!」


 パチパチと拍手の音が教室を満たした。


 うちの学校は地元でも有名になるくらい文化祭に力を入れている。『あの文化祭に憧れてここに進学することを決めました』なんて生徒もいるらしい。


 もちろん俺は違う。ここを志望した理由はたんに近かったからだ。第一、俺は文化祭が嫌いだ。


 というより『祭』と名がつくものはだいたい嫌いだ。あんなものはもともと騒がしい陽キャがさらに騒ぐための口実だろう。そもそも祭りは『祀り』、慰霊の儀式である。文化祭や体育祭のどこに慰霊の要素がある? 春恒例のパンのお祭りなどただの販促キャンペーンじゃないか。大量の皿を配ることで慰められるのは番町皿屋敷のお菊さんくらいなものだ。


 などと頭の中でぐちぐち考えを巡らせているあいだにロングホームルームが終わった。いよいよ本格的に文化祭がスタートする、その興奮でいつもより騒がしい教室を尻目に、俺はそそくさとその場をあとにした。





「文化祭めーっちゃ楽しみ!」


 学校帰り、興奮気味に言う夕愛を俺は目を細めて見た。


 ――まぶし~……。


 そりゃそうだろう。夕愛はどう考えても陽の者。祭りを嫌う陰の者である俺とは真逆だ。


「わたしね、中学のときにうちの学校の文化祭見て、ここに入学しようって決めたんだあ」

「ここにおった!?」

「なにが?」

「いやこっちの話……」


 祭りで進路を決めるだなんてまさにパリピだ。


「うちのクラスね、コスプレ喫茶になりました!」

「なんのコスプレするんだ?」

「そこまでは決まってないけど。ゾンビとかどうかな」

「ゾンビ?」

「で、脳みそみたいなババロアを出すの。イチゴソースをかけて」

「怖ーよ……」


 というか脳を食うのはゾンビのほうだろ。人間に食わせてどうする。


「誠汰くんのクラスは?」

「演劇」

「演劇!? なんの役? 絶対見に行く!」


 鼻息荒く食いついてくる。


「い、いや、まだなにも決まってないし。どっちにしろ演者としては出ないよ」


 人前に立って演技するだなんて、想像しただけで脂汗が出てくる。


「やるとしても裏方だ」

「え~? もったいない。誠汰くん、声いいのに」

「そうか?」

「ちょっと低めで、でもよく通るし。劇に向いてると思うんだよなあ」


 初めて言われた。


「でも俺、よく噛むし」

「そうだね、じゃあ駄目だ」

「褒めるなら褒めきってくれ!」

「ふふふっ」


 いつにも増してテンションが高い。パリピの血が騒ぐのだろう。


 去年の文化祭を俺はひとの来ない教室でだらだらとひとりで過ごした。人混みも、がやがやと騒がしいのも苦手だ。でもなにより、楽しそうな人びとの中に自分の身を置くのが耐えられない。みんなが楽しめることを楽しめない自分はどこかおかしいのではないかと、疎外感や孤独を感じてしまうから。


「うちのクラスに遊びに来てね」

「気が早いな」


 夕愛の誘いに、俺はイエスともノーとも答えなかった。誘ってくれるのは嬉しい。しかし、祭りの雰囲気になじめない俺の姿を夕愛にさらすのが恥ずかしい――というか、そんな姿を見せたら呆れられてしまうんじゃないかと怖くなったのだ。


 そのあとも夕愛は文化祭への期待をうきうきと話した。俺はそれに作り笑顔で応対するのがやっとだった。






 後日、演目が決定した。昔、俺がまだ小さなころに大ヒットしたSF学園ドラマのアレンジ版らしい。


 そしてなぜか俺は演者に推薦され――なんてことはない。なぜなら早々に照明係に立候補したからだ。


 どの係もやりたくはなかったが、下手に逃げて演者をやらされるのは最悪だ。ならば演者が決まるより先にべつの役割に就けばいい。照明係なら基本的に機材のスイッチングをするだけだから難しいこともない。仕事も少ないし。


 と思っていたのだが、実際は本読み――台本の読みあいに出席したり、買い出しなどの雑用をさせられたりはした。しかし多少なりとも役に立っていればクラスメイトから白い目で見られることもあるまい。


 今日の放課後もクラスメイトのみんなが残った。教壇では演者たちが演技の練習をしている。それ以外も大道具や小道具の作成、装飾、使用する音楽の決定やらなんやかんや忙しそうにしていた。


「赤の絵の具切れた~」「こっちあるよ~」「ちょっとここ支えてて」「この曲でいいんじゃね?」「ダンボールとってくるわ」


 雑多な会話が聞こえてくる。みんなで協力しあい、ひとつのものを作りあげていく。俺はそんな一体感の外側で、ひとり脚本にスイッチングのタイミングなどを詳細に書きこんでいた。


「ひとりで黙々とやってんな?」


 真壁が話しかけてくる。


「は、はあ? 俺がひとりなのは集中して仕事に取り組んでるからであって、決して輪に入れないからじゃないんですけど?」

「わかるよ。俺もチームプレイは苦手だからな。お互い苦労するな」


 などと言った真壁は、仕事はないかと聞いて回り、なんだかんだと忙しそうに動き回っている。


 内面に似ているところはあっても、モブに徹することのできる真壁とそれすらできない俺ではやはりどこか違っていて、だから余計に疎外感を覚えてしまう。


 夕愛と会えないのも、その気持ちに拍車をかけているようだった。


 休み時間まで文化祭の準備にとられているらしく、学校では会えない。家に帰ってから寝るまでのあいだ、チャットアプリで短いやりとりをするだけだ。


『メイド喫茶になったよ』

『王道だな』『出すのはタピオカ?』

『タピオカなんて昔の流行じゃん』

『そこまでではないだろ!?』

『コッペパン』

『給食感』

『色んな具を挟むんだよ』『あんことかカスタードとかツナとか』

『いいアイデアだな』

『めんどい調理も必要ないし』

『飲み物は?』


 俺の質問に返信はなかった。翌朝、


『ごめん!!!! 寝落ちした!!!!! ちなみにアイスコーヒーとアイスティー!!!』


 というメッセージと、土下座のスタンプが送られてきた。


 きっと文化祭の準備を頑張っているせいで疲れが溜まっているんだろう。そう考えると俺のほうからメッセージを送るのがはばかられて、どんどんやりとりも少なくなっていった。


 ひとりきりの学校生活。家に帰っても暇を持てあます。なんだか夕愛に会う前の生活にもどってしまったようだった。




 やがて、長く感じた準備期間も終わり、ようやく文化祭当日がやってきた。

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