第20話 どっちもいける口だけど

 スマホの画面に自分を映し、俺は自分の髪をチェックした。


 ――ちゃんとセットできてるよな……?


 夕愛との待ち合わせ場所に到着してまだ十分もたっていないが、もう何回確認したか分からない。


 今日のデートで失敗しないように、髪が傷みそうなほど何度もブローの練習をした。当日の今日だって、一回セットはしたもののなんとなく納得がいかなくて、シャンプーでリセットしてから再度セットしなおした。


 でもまだおかしい気がする。安い整髪料を使ったからか、夕愛の腕がよかったのか。


「誠汰くん」


 そこに夕愛がやってきた。


「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」

「いや、全然待ってな……い……」


 語尾がすぼまる。夕愛のファッションに目が釘付けになり、言葉のほうに割く脳のリソースが足りなくなった。


 身体のラインが出る薄手のニット。V字ネックから覗くデコルテと谷間。もちろんそちらも魅力的なのだが、俺の視線はもっと下に吸い寄せられていた。


 ショートパンツとロングブーツ。この組みあわせにより、夕愛のほどよく肉づきのよい、白いふとももの美しさがさらに強調されていた。


「誠汰くん?」

「はい!?」


 俺は弾かれたように顔を上げた。やばい、見すぎた。


 夕愛は自分の脚を触ったあと、上目遣いで俺を見た。


「誠汰くん、もしかして……脚派?」

「い、いや、そんな、派閥的なもんじゃなくて。胸も――でもなくて! き、キノコもタケノコも両方好きっていうか、うどんもそばも両方食えるというか」


 俺はなにを言っているんだ。しかしごまかそうとすればするほどしどろもどろになってしまう。


「両方食べるけどどっちかというとキノコとうどんが好きっていうか、そういうのあるだろ? そういうのだよ!」

「キノコとか食べるとか、さっきからギリギリですね」

「そういうんじゃないから!!」


 夕愛は自分の身体を抱くようにした。


「わたし、誠汰くんに食べられちゃうんだ……」

「違うんだって!!」

「うふふふ」


 と、悪戯っぽく笑う。小悪魔モードにスイッチが入ったらしい。


「脚派だって分かったし、今度からはもっと脚を強調しようかな」

「誤解なんだって。脚派じゃなくて――」


『脚派』だと、誰の脚でもいい節操なしと思われそうだ。


「じゃあなんでガン見してたんですかあ?」

「脚派なんじゃなくて、夕愛の脚がきれいだなって」


 俺の言い訳に夕愛は目を剥いた。顔といわず首筋まで、まるでハロゲンヒーターみたいに赤くなる。


「ま、まあ、わたしはカノジョだし、あ、ああ当たり前ですけどね」

「どうした急に。もしかして……、照れたのか?」

「は、はあ!? 照れてませんけど! っていうかZUに行くんでしょ。行きますよ!」


 と、肩を怒らせ、ずんずんと歩いていってしまう。


「お、おい」


 俺は慌てて彼女のあとを追った。





 夕愛に服を見つくろってもらい、試着室にやってきた。


「シャツっていってもこんなに種類があるんだな」


 カゴの中には形も生地も様々なシャツが入っている。


「そりゃありますよ。っていうか誠汰くん、ポロシャツ好きですよね」


 出かけるときはだいたいポロシャツだ。今日もそう。


「好きっていうか、ポロシャツが無難かなって」

「誠汰くん……」


 夕愛は「は~」と大仰にため息をつき、かぶりを振った。


「ポロシャツはいい……。『ポロシャツでいい』が駄目なんです!」


 なんか名言みたいなのが飛びだした。


「で、でも、よく聞くだろ。有名なスマホメーカーのCEOとかSNSの社長とか、服は同じコーディネートを何着も着回してるって」

「あんなのただのずぼらなおじさんじゃないですか」

「ばっさりだ……」


 世界的な偉人なのに。


「お金を稼ぐのに人生を全振りしちゃってるようなひとの真似なんかしなくていいです」


 夕愛にしては険のある言いっぷりだった。富豪に個人的な恨みでもあるのだろうか。


「とにかく、いろいろ試着していきましょう」

「ああ。お願いします、先生」

「よろしい。では脱ぎたまえ」

「いやカーテンは閉めさせてくれ!」

「ちっ」


 わざとらしく舌打ちをして笑う。


 カーテンを閉め、渡されたシャツとデニムを着る。そして姿見に映る自分の姿を見たのだが。


「う~ん……」


 なんか思ってたのと違う。白い清潔感のあるシャツ、黒いスキニージーンズ。お洒落なモノトーンカラーなのに俺が着ると葬式の帰りみたいだ。


「これなんか変じゃない?」


 カーテンを開けて夕愛に尋ねる。さっと俺の全身に目を走らせ、夕愛はすぐに答えを導きだした。


「着こなしですよ」

「着こなし?」

「真面目すぎ……、いえ、セクシーさが足りません!」

「せ、セクシー? 男の色気とか俺には関係なくない?」

「そんなことありません。わたしはちょくちょく誠汰くんのことをいやらしい目で見てます!」

「おっきい声でなに言ってんだ!?」


 俺も夕愛のことをそういう目で見てしまうことはあるし強く言える立場ではない。しかしそれをZUの中心で叫ぶな。


「とにかく、わたしに任せて」


 そう言って夕愛は俺の胸元に手を伸ばしてきた。

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