第16話 ヤンキー怖い

 そして次の休日、俺は夕愛との待ちあわせ場所に向かっていた。


 けっきょくデートプランはご飯を食べたあとそのへんをぶらぶらして、気分でショッピングかカラオケに行こうということになった。事前にかっちり計画は立てずにアドリブで、だなんてさすが夕愛はデート上級者だ。


 午前十一時、駅構内にある巨大なドーナツみたいなオブジェの前で待ちあわせることになっている。駅に入り、コンコースを進む。オブジェの穴から夕愛の姿が見えた。


 早足になった俺は、すぐに立ち止まることになった。


 夕愛が誰かと話している。その視線の先には背の高い男性。知りあいか、それとも――。


 ――ナンパか?


 可能性は高いように思われる。だって夕愛はそうとう可愛い。俺は誇らしげな気持ちになった。


 ――そんな子とこれからデートです!


 百戦錬磨の夕愛のこと、うまくあしらうとは思うがなにかアクシデントがあってはいけない。俺は再び歩きだす。


 と、そのとき男の声が聞こえた。


「――夕愛――、――」


 ――……え?


 今、『夕愛』って言ったよな? ということは知りあいか? それとも、あるいは……。


 俺は嫌な予感がして、ふたりに気づかれないように近づき、身を隠すようにオブジェに背をつけた。ちらっと男を見る。


 ちょっとまれに見るくらいの二枚目だ。ウェーブのかかったセンター分けの髪型、ほどよく筋肉のついた体躯で、どこぞのダンス&ボーカルグループに所属していてもおかしくない姿形をしている。年齢は俺より上だろう。大人びた十代にも少年っぽい二十代にも見える。


 まあ要するに、ちょっとヤンキーっぽい、俺の苦手なタイプの男性だ。


 ――このひとが夕愛の……?


 昔の記憶が蘇り、足がすくむ。動悸がして嫌な汗が背中ににじむ。


「俺との約束はどうなってるの?」


 男が言った。感情を抑えたような硬質の声だ。


「あ、あはは……。ちゃんと覚えてるって」


 夕愛が決まり悪げに言った。


「べつにお前が誰と遊ぼうと勝手だけさ。その前にやることがあるよね?」

「……」

「そうとう溜まってるんだよ。ご無沙汰だから」

「……」

「そっちは断れ。……行くぞ」

「っ!」


 息を飲む気配。振りかえると、男が夕愛の腕をつかんで引っぱっている。


 ――やっぱり……。


 会話の内容からふたりはとても深い関係だとわかる。夕愛の好意に甘えているだけの浅い関係である俺は爪弾きにされたような疎外感を覚えた。


 ――やっぱり俺なんかとは住む世界が……。


「やだっ!」


 夕愛のその声を聞いた瞬間、俺の身体はオブジェの陰から飛びだしていた。


「誠汰くんっ」


 夕愛はすがるような目でこちらを見た。男は眉間にしわを寄せて俺をにらむ。


「もしかして……。夕愛、お前、もう男ができたのか?」

「え、ううん、そうじゃな――」

「ち、違いますよっ」


 夕愛にかぶせるように俺が答えた。ファルセットみたいな高い声が出る。


「と、とと、とりあえずその手、離しませんか?」

「いや、まず誰なの君」


 男の目つきがさらに鋭くなり、俺の身体は震えあがる。恐怖のあまりめまいまでしてきた。


 それでもなんとか立っていられるのは夕愛がいるからだろう。彼女を守れる人間は今ここに俺しかいない。俺がなんとかしないと。その思いがぎりぎりのところで俺を支えているようだ。


「お、女の子に乱暴するようなひとに名乗るわけないでしょ」

「乱暴……?」


 男は慌てたようにぱっと手を離す。


「違う違う! そんなんじゃない。悪いのはこいつで」

「……力尽くでどうこうしようとしてる時点で説得力ないですよ」


 どうしてこの手の人間は恐怖や暴力でひとを支配しようとするのか。どうしてそんなくだらない輩に俺はこんなに怯えなきゃいけないのか。


 なにより、なぜ夕愛みたいな良い子を食い物にして捨てるなんて酷いことができるのか。しかもまた自分の都合で彼女を利用としている。その怒りが心を熱くして、しかし同時に頭を冷ましていく。


 男は肩をすくめた。


「なんか誤解があるみたいだね。言っとくけど、こっちが先だから」


 わかってる。俺が夕愛と出会う前に、夕愛と親密だった。そういうことだろう。


 でも、だったらどうした。


「先に手をつけたから自分に権利があるとでも? 彼女を物みたいに」


 するすると言葉が出てくる。頭に浮かんだ想いが、そのまま口から出力されるような感覚だった。


「いや、物って――」

「暴力で自分の思いどおりにしようとしてたじゃないですか」

「あの……」

「大事なのは、今、彼女がどう思っているかじゃありませんか」

「だから……」

「前はどうだったとか、どんなことをしてたとか、そんなのは関係ない」

「あのね……」

「そんなこと、俺は気にしない」

「うん、わかっ……」

「彼女を――」

「そろそろしゃべらせてもらっても!?」


 男は早口で割って入った。俺が黙ったのを見て、彼はせき払いをした。


「なにを勘違いしているのかようやくわかった」

「勘違い?」

「僕ね、――こいつの兄貴」


 と、夕愛を指さした。


 ――………………ん?


「と、いうと、つまり……?」

「いやこれ以上はつまりようがないんだけど。兄貴、兄、エルダーブラザー」

「……」


 俺は夕愛を見た。彼女はこくりと頷く。


 ――………………は?

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