冷蔵庫の話
ケイナはピノの事を気に入っている。
いつも澄ました顔の呪術学講師を動揺させた様はまあ笑えた。絡んでみれば、嫌味も素で通じないその性格もありがたかった。無意識に口の悪いケイナとしては、うっかり口を滑らせても深く気にしないピノは一緒に居易い相手だった。勿論、だからといって甘えすぎないようには気を付けてはいる。出来ているかはともかくとして。
ピノはピノで、異国の地でよく構ってくれる同郷の先輩はありがたかった。
ピノが塔で初めての収穫祭を迎えた日。ケイナは彼が抱えた食料の山を見て忠告を贈る事にした。
「ピノ、部屋に冷蔵庫あったっけ?」
「え、ないよ。でも冷暗所に置いとけば大丈夫じゃない?」
北国で且つ標高の高い塔は空気が冷たい。大概のものは冷暗所に置いておけば凡そ大丈夫だろう。……冬季以外は。
「冷蔵品は、冷蔵庫に入れとかないと凍るぞ」
「え!?」
冷蔵庫は冷やす為のものというよりは、『一定の低温を保つもの』だ。これからの時期、外気は冷凍庫級である。食材を守る為には冷蔵庫に入れなければならない。
「嘘でしょそこまで寒い?」
「寒いっていうか痛いな」
塔の結界がある程度の防寒はしてくれているが、ある程度である。特に寮自室の暖房は自力で調達しなければならない。人によっては廊下の方が暖かいと言い、人によっては研究室や教室になるべく居座ろうとする。
ピノは熱系術の適正が高いので暖をとるのはお手の物かもしれないが、部屋を暖めれば今度は冷やす目的でやはり冷蔵庫が必要になる。
「おいくらぐらいですかね…」
震える声でピノが問う。まだピカピカの一年生、預金はあまりない。
「簡素なもんならe.100はいかないだろ。e.80かそこらで手に入るんじゃね?」
仮にも術具。買おうと思えば安くはない。そして自作するにはまだまだ経験不足が過ぎる。
「ノルドさんに相談してみる」
「あぁ、中古とかあるかもな」
ノルドは塔の学生相手に商売をしている──いわば『購買』の店員だ。金欠な学生たちの相談にも乗ってくれる。
「てことで安い冷蔵庫ないですか」
「今の時期はね~同じように国外から来てる生徒たちが慌てて買っていくから…在庫としては持ってないね」
あからさまに落ち込むピノに慌てながら、ノルドは「でも」と付け足した。
「まだ時期も早いし、廃棄場を見に行ってみたらどうかな。運が良ければ無料だよ」
無料という言葉に目を輝かせ、ピノは立ち直った。
「ありがとうノルドさん!見てくる!」
塔の学生は千差万別、若人から老人まで様々な人が国籍や身分を問わず学びに来ている。ハトのように貴族の子女もいるのだから、この時期、買い換えた古い冷蔵庫が棄てられている可能性はある。廃棄場に置かれたものはフリー素材だ。塔の住人であれば誰でも持っていって良い事になっている。
しかし、いくら探しても使えそうな冷蔵庫は見付からなかった。ひとつ比較的状態の良いものを見付けたと思えば、肝心の要石が外されていた。これではどうにもならない。
諦めて手ぶらで戻ろうと立ち上がると、ケイナの声がした。
「お。いたいた。どうだ?使えそうなもんあったか?」
「ないよ~」
ピノの足元の冷蔵庫を眺め、ケイナはよしと頷いた。
「最終手段だ。そいつがあったのはラッキーだったぞ」
訝しむピノをケイナは指先で招いた。
「それ持ってついて来い。但し多少金は掛るぞ」
「先生。課外授業をお願いします!」
購買で買ってきたまっさらな要石と冷蔵庫の外側を突き出して頭を下げる。
術具作成用の石は教材として購買でe.30程で手に入る。ケイナ曰くの最終手段。学生の権利の行使である。
「なるほど…」
鉱石学講師は全て察した顔で溜息を吐いた。
「いいだろう。おいで。教えてあげよう」
そうしてピノは鉱石学講師の厳しい監修の下立派な冷蔵庫を完成させた。
術具作成術の講師は興味を引いたもの以外そこそこテキトウなのでケイナは選ばなかった。ノルドではお金を払わないと失礼だ。鉱石学講師は面倒見も良いが何より『手を抜かない』。まだピノの力が及ばない部分は講師が補ってくれる上、故障や不具合が出た際は相談という形で補修も受けられるだろう。
「は~助かった~。ありがとうケイナ」
「おう良かったな。自作とはいえ、並の安物よりはいいぞソレ」
「へへへ」
多くを手伝って貰ったとはいえ自作は自作。愛着も湧く。
「ケイナも結構面倒見良いよね」
「気が向いた時だけな」
これは照れてるなーと思いながらも、ピノは黙って食材を冷蔵庫へ詰め込んだ。
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