冬期休暇の間の話

「よし、お疲れさま。疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」

宿泊施設に着くとルエイエは同行者たちにそう労いの言葉をかけた。それから眉根を寄せて付け加える。

「…まあ、同施設に厄介な客も泊まっているようだから部屋の外では重々気を付けて貰いたいが」

こればかりは仕方がない。

国主催の新年祝賀会に、ルエイエ、フィア、ナナプトナフト他数名は塔の代表として出席した。毎年、その後の数日分宿泊施設を用意して貰えるのだが…参加者の多くが同じ施設で過ごす事になる。会いたくもない人物と遭遇してしまう可能性も少なくない。

(今年は、ルルイエさんとクドルがいたものな…)

例年、自国での挨拶を終えると宰相はすぐにゼクトゥズへ向かいケテル王の誕生祝いに参列していた。今年は王が自ら向かったらしく、宰相及びその私兵達はここで年始を過ごす事にしたらしい。

(タイミング悪くスナフ先生を誘ってしまった…)

それを知った際、フィアとルエイエは苦虫を噛み潰したような表情をした。

しかし、とフィアは今は期待していた。クドルがいた。今ではフィアとも知り合い直し友達のような関係性を築けている。だがフィアはスナフとクドルの仲も出来ればあの時のようにと願っていた。だから、これはチャンスでもある。



流石はラインストレート最高のリゾートホテル。リラクゼーション施設に遊技場、お洒落なバーやカフェ。色々入っている。

クドルを探して館内を散策していると、先に一番厄介な人を見付けてしまった。

「あらフィアちゃん」

「こんにちは」

隣に宰相が立っていたので声は掛けられまいと思っていたが、ルルイエも宰相も気にした風もない。

「ああ、君がフィアくんか。はじめまして」

「はじめまして」

権力者にどう対応していいか解らず、当たり障りなく会釈しておく。

「今はプライベートだから気にしなくていい。誰か探しているのかな」

「あ、はい」

気遣いに感謝しながら肯く。彼らならクドルの居場所も知っているだろう。

「クドルを…」

「あらぁ。じゃあ呼んであげるわ。来るまで一緒にお喋りしましょ」

えっ、と思わず宰相に目をやるがやはり気にした風もなく。

「じゃあ何か頼もうか。何飲む?」

「…ジンジャーエール…」

まるで近所のお兄さんくらいの気さくさに面食らってしまった。


「ねぇねぇフィアちゃん。お返しに、スナフくんの部屋を教えてくれないかしら」

ルルイエの魔女は悪い顔だ。

「…ダメです」

「あらなんでぇ?」

「ルルイエさんは、先生を苛めるからダメです」

ルルイエはそれに心底愉しそうに嗤った。

「あらあら庇われてるの。そうよねぇ、もうフィアちゃんの方がお兄さんだものね」

「そうなのかい?」

むむむ、とフィアは口をつぐむ。そういうつもりはないけれど、否定も出来ない。しかしそれを言ったら魔女も…いや、意外と同い年以上かも知れない。女性は特に年齢が知れない。実子すら知らない彼女の年齢をフィアに推測することは難しすぎた。

「ルルイエ師はスナフくんがお気に入りだからねぇ」

「そうよ。私はルエイエを大事にしてくれる子は皆好き。ふふ。フィアちゃんもね?」

フィアは驚いてルルイエを見上げた。

「え、まさか、先生が『置いていかれた』のは」

ルルイエは当然のようにフィアを見返す。

「だって、あの子がよくなついていたから」

私もあの人も居なくなって、周囲に親しい大人が誰も居ないじゃ可哀想じゃない?と、ルルイエは髪を指に巻き付けながら苦い顔で笑った。

「じゃあそう説明してあげてくださいよ!」

「いやあよぉ、あの子が逆恨みされるかも知れないじゃない」

そんな事にはならないと思うが、恐らくそれよりもスナフの落ち込み様を楽しんでの事ではと思えてしまった。

「ルルイエ師は誤解を受けやすいけどね。意外と子煩悩なんだよ」

フィアにはその事実は意外過ぎた。可愛い子は苛めるタイプにも程がある。

「だって、先生にクドルけしかけてたりしたし…」

驚きのあまり口からポロッと溢れ出た。

「あれは、自分からお願いした」

「!?」

振り返ると、クドルが来ていた。私服姿は珍しい。

「クドル。フィアちゃんが御用だそうよ」

「何、フィア」

じゃあこの辺で失礼します、とフィアがクドルの腕を取ると、

「あぁ、フィアくん」

宰相に呼び止められた。フィアはキョトンとした顔で振り返る。

「君の功績は、魔女と守護獣が評価している。王も宰もその結果だけは聞き及んでいる。事が事だけに公にする訳にはいかないが──国は救国の勇士に『自由』を約束するだろう。覚えておくといい」

「─── 、」

言葉が見付からず、フィアはひとつ頭を下げた。



「フィア、国を救ったの?」

「なんか、そういうことになったみたい」

救ったのは塔のつもりだが、結果的にそうなったみたいだ。守護獣というものにフィアは会った事もないが、どういうわけか知られているらしい。

「それで、フィア。用事って?」

「あ、そうだ。ていうか」

その前に確認すべき事が出来た。

「スナフ先生と戦ったの、クドルの意思なの!?なんで?」

詰め寄るフィアにクドルは数度瞬きした。

「一度は本気の先生と手合わせしてみたかったから」

敵として現れたらその本気が見られると思った、と悪びれもせずそう答えた。

机上の空論を追い求める理論至上のロマン主義。そう評されるナナプトナフトだが、攻性術士としての腕は極上だ。何よりも火力が高い。得意とするのも炎術なので文字通りである。自惚れの強い性格も実力あってのものなのだ。

その本気が見てみたい。そう日頃から思っていた。あの日、その好機だと思った。

「…因みに、勝敗はどうだったの」

「本気じゃなさそうだったけど、負けた」

あれ、と。フィアは気が付いた。淡々と言っているように見えて、これは。

「…悔しかったんだ?」

「………」

言われて気付いたと言わんばかりのクドルに、フィアは顔面に徐々に喜色を浮かべていく。

「悔しかったんだ!」

「…なんで喜ぶ?」

「だって!」

それは感情の発露だ。歓びから覚えたあの時とは違うけれど。気付かせてくれる人が周りに居ないから発見が遅れただけで、クドルの感情は戻ってきている。

「やっぱり、クドルは先生の側に居た方がいい」

「それは──」

「いいのいいの、働いてたって里帰りくらいするでしょ!クドルの帰る場所は先生の処だもん」

クドルは何処か上の方に目線を遣って、

「…多分、怒られる」

「でも喜ぶよ!」

フィアに腕を引かれて歩き出した。

この休暇中は強引にでも一緒に過ごそう。偶には遊びに来易いように、迎え入れ易くなるように。


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