ラベゼリンの祭の話 1

「うおーい、ソーマ!」

授業後、今の授業内容をノートに纏めていたソーマは掛けられた声に顔を上げた。

「ケイナ」

ケイナはソーマのひとつ前の席の椅子に、背凭れを抱き抱えるようにして座った。

「ソーマ、ワーナー出身だろ? ちょっと聞きたいんだけど、もうすぐラベゼリン神殿の祭があるらしいじゃん。どんなの?」

ケイナはリディウムの出なのでこの国ワーナーの事はまだ知らない事も多い。いつも群れている友人たちもティアラにコカブ、ビルグラントにマルジュ…他国籍ばかりだ。塔の生徒はワーナー出身者が多い筈なのに、言われてみると結構偏っていると気付いた。

「どんな…って言われても、詳しくないよ。花撒いてキャッチするヤツでしょ?」

特筆すべきはそのくらいだ。後は多くの祭でそうであるように、屋台が出て、酒が振る舞われ、ドンチャン騒ぎをする。勿論神官による祈祷やら何やら祭事は行われているのだろうが、集まる人々はまあ騒ぎに来るだけだ。

「行ったことは?」

「一回くらいはあるだろうけど、あんまり覚えてないかな」

「よし。じゃあ皆で行ってみようぜ」

ソーマは暦を思い起こす。

「うーん。まあ、オクの日なら」

「じゃ、前日の夕から移動な」

「えっ…泊まり?」

「当たり前だろ。当日移動してたらちょっとしか居られないじゃん」

朝経って昼過ぎに到着でも2~3時間は居られる。そもそも祭だって色々始まるのは9時くらいからだろうし、そんなに気合いを入れて見に行くものでもないと思う。

「そんなに祭好きだったの?」

「あーいや…そういうワケでもないけど…折角だしさ」

まあ、時間に追われるよりはマシかも知れない。学友のワガママに付き合う気持ちで、ソーマはその約束を受け入れた。



(思ったより賑やかだ)

前日の夜用意した宿ではしゃぎすぎたケイナたちが神殿に到着したのは結局10時頃で、会場は既にそこそこ温まっていた。お菓子や串焼きを売る呼子の声や、朝から酒が入ってご機嫌な大人たち。ラベゼリンの花のレプリカを手に走り回るこどもたち。二日酔いでグロッキーになっているケイナとユグシル。

「うっぷす…人多…。ちょっとあの辺で休んでるから、テキトーに見てきて。大丈夫、昼には治る」

そう言って、ケイナは拝殿脇のベンチへ向かって行った。

「ごめん、俺も…」

ユグシルも続く。

「何しに来たんだか…」

ソーマは呆れながらふたりを見送った。

「花撒は午後2時かららしいから、まあいいんじゃない」

「屋台回って朝ごはんにしよー!」

「あのこどもたちが持ってる花、何処で手に入るんですかね?」

同じだけ飲んでいた筈なのに全く平常なピノとルカ、ネレーナは早速屋台を物色し始めた。



「元気だなあいつら。私だって弱くはないんだぞ……」

「知ってる。ビナーの子はお酒強いみたいなのあるけど、あのふたり見てたら納得」

「ピノは回復かけてるかもだが、確かにあのふたりは素っぽいよなあ」

ベンチから皆の様子を眺めてぼやくふたり。

ふとユグシルが問い掛けた。

「思い出作り?」

「んー? んー…。まあそうかなぁ」

少しの沈黙の後。

「そろそろ就職決まりそうなんだよなぁ。環境局行きたいっつったら講師になってからだ、ってさぁ」

「そっか。じゃあ暫くは塔に居るんだ?」

それにケイナは首を振り、頭を揺らした事を後悔して項垂れた。

「おえ。…んーにゃ。講師の称号取得とともにティフェレト戻る。まあ暫くはちょくちょく行き来あるだろうけど、その後は数年行ったっきりかな」

「そうなんだ。頑張ってね」

「そっちもな」

また暫く沈黙の後。

「あ、そう言えば。助手をひとり雇えるそうだから、ピノも連れて行きます」

「そうなの? 寂しくなるなぁ」

ピノの扱いは生徒のまま、ケイナの研究室に入ったという形になる。ケイナよりは塔に戻る機会も多くあるだろうが、基本は環境局に身を置く形だ。

「ごめんなさいね」



「へー、就職祝いの小旅行だったワケね」

「なるほど。はしゃいでましたもんね、と」

此方も此方で串焼きを摘まみつつピノから話を聞いていた。

「それならそうと言えばいいのに」

思い出作りなら、ハトも来てくれたかも知れない。いやどうだろう。でも可能性は上がった筈だ。解らないが。

「そういうの気恥ずかしいんじゃない? ひねくれてるから」

あー、と面々から曖昧な音が漏れる。納得、ということでいいだろう。

「んじゃま知らんぷりしといてあげるとして。でも花は掴ませてあげたいね! 譲りはしないけど!」

ラベゼリンの神官が神殿の高台から花を撒く。

それを掴み取れた者は望みが叶うとされている。年一である祭だ。真偽はともかく、縁起モノなのだ。

「ルカ叶えたい望みがあるの?」

「もっちろん! 私もそろそろ就職狙っていきたいし!」

ぐっと拳を握り込む。

ルカは玄獣の保護を目的としたレンジャーになる事を目標にして学んできた。元々の体力や腕っぷしの強さもあり、あとは実践経験を積んでいくのみという処まで成長した。

「ネレーナは?」

「私は現状結構稼がせて貰ってますし~」

何も働き始めたら学生を辞めなきゃいけないワケではない。勿論就職先にも拠るが、例えばネレーナは芸事で稼ぎながら学生を続けている。芸術科の学生には珍しくない。

「ピノは?」

「あ、ケイナについてく事になってる」

ルカは「ん?」と首を捻った。

「ケイナの弟子になるって事になる…?」

「そうなるかなぁ」

ケロリと肯くピノを皆で覗き込む。

「抵抗ないの?」

「あんまり」

元々引き摺り回されていたし、関係性にそう変化はないのかも知れないが…。

「まぁ本来だいぶ先輩ですしね、と」

「それはそうだけど」

自分だったら色々考えてしまいそうだな、とソーマは思った。

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