泣き虫竜の独白

塔の歴史はまだ浅い。国の歴史はまだ浅い。

世界の歴史、ヒトの歴史に比べれば。

まだまだたったの八百年。

その八百年の間国を護ってきた、齢二千を超える竜の話を聞いてくれるか。


ディエルゴの名を持って生まれた。悪しき竜エーイーリーの名で呼ばれた事もある。いつしかダァトと繋がり、知識の竜と呼ばれるようになった。今ではターミナルに繋がれた『国家守護獣』だ。とは言え、境遇は他の守護獣どもよりマシなものだ。この国を創った男は賢かった。隷属の鎖は殆どがフェイクに替えられている。こうして我を保っていられるのも、私くらいのものだろう。例えば。ビナーの魚、名をグランチェスカ。彼女は最早ただの獣。海底の禍などと呼ばれている。例えば。ケセドの蛇、名をシェレスキア。彼女は最早死に体だ。僅ながら幼く変貌した人格を保持しているようだが、凡そ消えるのを待つだけの存在だ。例えば。ホドの兎、名をオルデモイデ。彼は賢明だ。殆どを眠って過ごしている。自我の消耗を極限に抑えているのだろう。偶に夢の欠片のように彷徨して出てくるようだが、多くの機能を未だに残せている。だが、長く強くは動けない。このように、永くヒトと在るのは私くらいのものなのだ。

我らを国などというものに縛り付けたあの男は、白ホームの樹に世界を喰わせ異界へと飛んだ。推測される彼の目的は『この世界の存続』。言い換えれば、白ホームの樹の長命。その為のあらゆる手が打たれている。思わず感心してしまうほどに。異界へ渡ったのもそのひとつ。八百年の時を経てその種は芽吹き、世界の脅威のひとつであった玄霊は討たれた。

忌々しいターミナルもまたその手段のひとつ。あれは白ホームの樹の枝根。存在を記録し、可能性を繋ぐ。記録された存在は白ホームの樹の自衛手段として利用される。10匹のカラ・フィッシュ。聖霊なんて呼ばれても、所詮樹の使い魔だ。守護獣われわれとなんら変わりない。いや、それより酷い存在か。この国のカラはそれを嫌がり「おれさまを完コピして使役しよーなんざいー度胸だ。頗るハイコストに設定しておいてやったザマーミロ」と中指を立てていた。勿論。他のカラや守護獣は自らがどう使われているのかなど知らないだろう。何とどんな契約をしてしまったのかすら解っていなかっただろう。

さて。世界の脅威とは何なのか。幾つかの世界の終わりの要因は鬼神であり──つまりは結局の処、ヒトなのだ。魔女が焼き尽くした世界がある。コロパティロンが目覚めて消失した世界がある。神秘が消え去り消滅した世界がある。これらはヒトの業に因る。自業自得の因果応報。世界を巻き込んで無理心中とは、なんと迷惑な生物か。

『起き悲劇』をに防ぐ。それが世界樹のやり方だ。

そしてそれを利用したが故、この世界の塔は今も健在だ。塔の崩壊を世界の崩壊レベルに誤認させることで非常用アクセス権を獲得、『やり直し』を可能にした。力はかなり劣るとしても、間違いなくアレは現代の有翼種だ。そんな稀な存在がタイミングよくそこに居たのは奇跡のようだ。…いや。つまりは『奇跡が起きた世界』が此処なのだ。

塔の崩壊が防がれた事で、私にも新たな未来が開かれた。永く喪われていた記憶は蘇り…哀しくも、温かなものを見付けられた。ヒトと生きた記憶。私が愛したもの、私を愛してくれたものの記憶。はた迷惑な生物だが、面白く、愛しい。

私は国を護る存在だが、塔には破格の恩が出来た。ラツィーが建て、フィアが護り、ハトが学ぶ塔を。この先どれ程私が保つかは解らないが、出来る限りは見守っていきたいと思う。

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