第25話

 テレビ目線の女性キャスター。

「インターネット上にアップロードされた国家安全保障会議・NSCの議事録について、政府は、捏造されたものであるとしていますが、関東テレビの独自の鑑定で、石川総理および母袋外務大臣、藤森防衛大臣の署名、捺印が本物であることが判明しました。石川総理は議長として署名し、母袋外相、藤森防衛相のふたりは、議事録署名人として署名しています」

 大学教授が登場する。

「議事録署名人とは、議事録が正確であることを証明する者です。ふたりの大臣の署名があるということは、大臣ふたりによって、議事録が真性であることが証明されているということです」


 女性キャスター。

「オフプレセリニンと住血吸虫の特異的IgEの相互作用が疑われる死者が、ウラル共和国内で大量に出ている件で、バーゼル・ファーマは意図したものではないと強調しています」

 女性レポーターが、バーゼル・ファーマ本社前に立つ。

「ウラルのシリア難民にオフプレセリニンが渡らなくなったのは、割り当て数による偶発的なもので、赤十字国際委員会に支給先を指示したわけではないと主張しています。広報担当者は、ビルハルツ住血吸虫症の感染者で臨床実験したのではないかという疑惑の払拭に、躍起になっています。今後は、住血吸虫症の人には優先的に支給していきたいと……」


 男性キャスターがカメラを見つめる。

「バーゼル・ファーマが誠和創薬の株式公開買付の撤回を表明しました。週開け早々に、公開買付撤回届出書が提出される見込みです。誠和創薬が抗PCS9抗体の開発を断念したことは、重大な支障となる事情に該当する……」


 女性キャスター。

「山際製薬は、クラインの市販を決めました。社内の手続き上の問題で市販が遅れていただけで、噂されているプロジェクトNGとの関連については、事実無根であるとして、これを否定しています。クラインは、次世代のアルツハイマー型認知症薬として……」


 男性キャスター。

「野党連合は、次の国会までに、プロジェクトNGについて事実確認を進め、政府与党の誰が関わっているのか、追及して行く構えを見せています。しかしながら、プロジェクトNGの背後に、日本桜会議の存在を指摘する声があり、それが事実ならば、野党連合の中にもプロジェクトNGの関与者がいると……」


 女性キャスター。

「乃木官房長官は定例記者会見で、プロジェクトNGの存在を公式に否定しました」

 乃木はじめが薄青色の幕の前に立っている。手元の資料に眼を落とす。

「昨今、世間を騒がしているプロジェクトNGなる荒唐無稽なものは、いずれの審議会、検討会でも議題になったことはありません」

 記者が質問する。

「日本桜会議が関与しているという話がありますが?」

「政府に関係のない団体については、一切、関知しておりません」

「プロジェクトNGに関するものの一切を特定秘密にして、逃げ切ろうとしているんじゃないですか」

「特定秘密の指定は、我が国の安全保障を損なうおそれのあるものに限られています。防衛上、外交上の諸事項に限定されており、プロジェクトNGなるものは、これらとは……」

「CIRAが関わっているのなら、防諜を理由にできるでしょ」

 乃木は不快気に口を歪め、記者を睨む。


 浦瀬はリモコンのボタンを押して、テレビの電源を切った。ベッドの棚にリモコンを置く。日がな一日、ベッドの中。退屈で仕方ないが、歩くことすらままならない。

 ドアをノックする音がした。眼を向けると、ドアから課長が顔を出す。

「どうだ」

「相変わらずです」

「そうか」

 口をすぼめて、病室に入って来る。フルーツの盛り合わせをサイド・テーブルに置いた。

「小杉のほうはどうですか」

 課長は顔を曇らせる。

「後遺症が残りそうだ。復帰しても、現場は無理だ」

「私は戻れるんでしょうか」

 課長が浦瀬の肩を見る。布団に隠れている脚にも眼を向ける。

「津野田のことは話したかな」

「新海と一緒に逃げていたとか?」

「ああ。研究所の監視カメラを割って、警備員に捕まったんだ。警備員は監禁しておくよう言われていたらしい。だが、小松崎がいなくなって、どうすればいいか判らず、結局、地元の警察署に引き渡した。あの人は両脚を切断している。お前は、脚があるだけましだろ」

 決してましな怪我ではないと思う。だが、課長は励ましているつもりなのだろう。

「小松崎は? 手掛かりなしですか」

「ああ。恐らく、CIRAが匿っている。なのに、こっちが何を聞いても、知らぬ存ぜぬで、頬被りだ。霧島情報監は、もともと警察庁長官だからな。頭の上がる人間なんて、警察にはいないんだよ」

「CIRAに手出しはできないわけですか」

 苦々しく思う。浦瀬の表情を見て、課長が顔色を変える。

「おい。莫迦なこと考えてるなよ。次は死ぬぞ」

「新海の足取りは?」

「相変わらずだ。手掛かりなしだ。官邸を襲った後、どこに消えたのやら」

 浦瀬が、レスキュー隊によって、有害ガスが充満する研究室から助け出されたとき、既に千紘はどこかに消えていた。瀕死の重傷を負っていた筈なのに。その後、日を措かずに総理官邸に現れ、派手な銃撃戦を演じた。CIRAは化け物を生み出し、それを敵に回してしまったのかもしれない。

 浦瀬は窓の外に眼を向けた。春の嵐で、樹々が枝を振り乱している。黒い雲が空を覆い尽くし、不吉な予感が漂う。

 佑香はあまり見舞いに来ない。義母の具合が、最近、富に思わしくないらしい。要介護者の認定を目指して、区分変更の申請をしているのに、区役所の動きは鈍く、訪問調査をしてれない。その前に、更新認定の調査にやって来て、再び要支援の認定をした。義母の病状がどんなに進んでも、要支援の認定に留めておくつもりらしい。要介護認定は形骸化しているのか。

 クラインが市販されたら、使うべきだろうか。全く気乗りがしない。とはいえ、義母の症状が進み、佑香の負担が増すのは気が重い。

「厭な雲が出てるな」

 課長が空を見上げて言った。黒い雲が渦を巻き、厚く重なり合う。浦瀬も窓越しに空を見る。どちらを向いても真っ暗だ。

「プロジェクトNGは特定秘密です。小松崎が認めていました。特定秘密に指定できる範囲なんて、恣意的に幾らでも広げられるますからね。国民の眼から隠して、ほとぼりが冷めるころ、再び始動させる気でいるんでしょう」

 課長が窓際に移動した。

「そんなに悲観したものでもないぞ。見ろ。こんな嵐の日でもデモに行く者たちがいる。中心になっているのは、十代、二十代の若者たちだ」

 ベッドから道路は見えない。首を伸ばしても、デモの人たちは見えない。

「SNSで呼び掛けて集まっているらしい。合言葉はシルヴァラードだって言う。どういう意味だろう」

 浦瀬は、思わず笑みを零した。

「さあ。知りません」

 眼の端に光が入った。厚い雲の間に、陽が顔を出している。僅かながらも、光明が見えた。シルヴァラードはきっと、機会を窺っている。

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美しい国 @imishiraku

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