第24話
コンテナトラックは、信号「内閣府下」を左折した。ヘッドライトが前方のバリケード門を照らし出す。バリケードの前後左右には、警備の警察官。標識がある。指定方向外進行禁止。ヘッドライトに浮かぶ矢印は、左右を指している。直進できるのは、許可車両だけだ。「総理官邸前」の信号は赤だ。コンテナトラックは信号に従って停車した。
信号が青に変わると、警察官がバリケード門を押し開けた。コンテナ車はそこを通過する。正門の前を通り過ぎ、左折。西門に回る。
再び、バリケード門で停車。警官は、ちらっと運転手を見て、バリケード門を開けた。駐車スペースには特型警備車や警護車。その間を通り過ぎ、ゲートで停車。
守衛がナンバープレートを見て、リストに眼を落とす。運転者に、社名と氏名を訊き、リストに眼を落とす。満足げに頷き、右手を下に伸ばすと、ゲートが開いた。コンテナトラックは、西門から官邸に入った。
官邸は坂に建つ。門を入るとそこは三階の位置だ。スロープを下って、二階に向かう。
コンクリートを矩形に抉ったような空間。そこで停まった。運転手がエンジンを停め、車を降りる。後ろに回って、コンテナの扉を開く。フォークリフトがやって来て、積荷の荷降ろしが始まる。
シルヴァラードは、コンテナの屋根に這い蹲って、息を潜めている。脇腹が疼く。弾を摘出し、塩化リゾチームを塗り込んで縫合した。既にゴールデンタイムを過ぎてしまっていたから、細菌感染があるかもしれない。ドラフトチャンバーから噴き出たホルムアルデヒドが、創の粘膜に触れているかもしれない。
シルヴァラードは前部に這って行く。積み降ろしの者たちに気付かれぬよう用心する。キャブの屋根に乗り移って、フロントウィンドーを滑り降りる。
「何だ。何か落ちたか」
「前の方? 音がしましたね」
「見て来い」
シルヴァラードは、官邸内に通じるドアに素早く移動する。
「何もありません」
背中に声を聞いたときには、もうドアを開けている。
守衛室は留守だ。積荷のチェックから、しばらく戻らない。頭上に監視カメラがあるのは承知している。次の監視カメラは廊下の中ほど。それに写らなければ問題ない。廊下を進む。
突き当たりに黄色い灯りが漏れている。話声が聞こえる。食器の音と水の音がそれに混じる。
手前のドアを開け、中に入った。ロッカー室だ。ひとつの扉を開ける。トートバッグとジャケット。次のロッカー。ダウンジャケットだけ。その次のロッカー。エプロンとマスク、帽子。それらを身に着ける。ロッカーの間を奥に進む。厨房に通じるドアがある。それを開ける。
中に入って、素早く眼を配る。調理台に四人。調理担当者とそれを補助する者。ほかに人気はない。シンクに食器が沈んでいる。
配膳と返却を兼ねるカウンターに行く。食堂内を見渡す。六人掛けのテーブルが六つ。三十六席しかない。職員全員が一斉に食事をとるわけではない。六つのテーブルで足りるのだろう。いまは左奥にふたり。右奥に三人。右中に三人。計八人。警備隊の者はいない。
洗い場に行く。シンクから皿を引き上げ、水滴を払う。食洗機のドアを開け、皿を入れた。
警備隊の者たちが現れたのは、十分ほど経ってからだった。五人でやって来た。
調理台のひとりが、カウンターに行き、注文を聞く。洗い場から離れて、カウンターに近付く。五人の様子をそっと窺う。脇の傷に響くから、腕のある者とは手を合わせたくない。だが、警察官や自衛官を退官後、官邸事務所に再雇用されている官邸警務官と違い、官邸警備隊員は機動隊から選抜されている。若く屈強な者たちばかりだ。誰が相手でも、容易いとうわけにはいかない。外見では決められない。注文するもので決めようと思う。
五人は、それぞれ違うものを注文した。チャーハンにラーメンの者。玉子丼にうどんの者。このふたりは除外。スープを残すかもしれない。カレーライスを頼んだ者もダメだ。水を飲み干すとは限らない。オムライスを注文した者は、スープを追加しなかった。このグループは見送るべきか。諦めかけていると、最後の者がカキフライ定食を注文した。きっと、味噌汁を飲み干す。ターゲットに決めた。
洗い場に戻って、食器を洗う振りを続ける。調理担当者の動きに注意する。ひとりが冷凍庫に行き、扉を開けた。冷凍されたカキフライを取り出す。それを持って、フライヤーに行く。油が水分を弾く音がした。
コンロには鍋が並んでいる。味噌汁の鍋はどれだろう。コンロの前に移動する。どの鍋も、蓋を少し開けてあるので、中身が見える。カレーやスープ、出汁。味噌汁らしきものはない。怪訝に思いながらコンロから離れる。すると、味噌汁の袋を吊り下げた機械がある。味噌汁ディスペンサーか。その前に立ち止まって、カキフライの様子を窺う。担当者が油から引き上げている。
シルヴァラードは、味噌汁ディスペンサーに椀を置いた。予め具が入っている。ボタンを押す。ほかの調理者たちをちらっと見て、立ち位置をずらす。死角を作って、硫酸マグネシウムを入れる。腸に水分を引き寄せ、便が軟化する。腸の蠕動運動が活発になる。市販の医薬なら、効果が現れるまで一時間は必要。だが、その倍の量を入れる。箸でかき混ぜ、完全に溶かしてから、椀をカキフライのトレイに載せた。
洗い場に戻って、シンクに手を入れる。肩越しにカキフライ定食を見る。それがカウンターに運ばれて行く。警備隊員が呼ばれた。
きっちり二十分待って、カウンターの前に行った。警備隊員は眼の前のテーブルにいる。カキフライの者は背中を向けているので、表情は判らない。だが、その様子で、首尾が上々だと判る。身体を捩ったり、腹を抱えたり、落ち着かない様子でいる。ついに、耐えきれずに席を立った。足早にドアに向かう。
カウンターを離れ、食器棚に向かう。皿を取って、背中に回し、トラウザーズに挟む。 厨房からロッカー室に戻る。エプロンを脱ぎ棄て、帽子とマスクを取る。廊下に出るドアを開ける。眼を上げる。監視カメラはふたつ。廊下の左右にある。即座に、死角になるルートを描き出す。
廊下に出て、思い描いた通りのルートを進む。突き当たりにも監視カメラ。その真下を通って、右に折れる。そこに男子トイレがある。ドアの前に立ち、左右を見渡す。どこにも人の気配はない。ドアを開け、トイレに入った。
個室は四つ。ノブの上の小窓を見る。赤色は手前のひとつだけ。奥の三つはすべて青。手前のドアの前に立って、待つ。
水を流す音。バックルがカチャカチャいう音。身構える。傷が開くのを避けたい。一瞬で済ませたい。
ドアが開いた。タイルを蹴って、中に飛び込む。警備隊員を押し込んで、便座に座らせる。すかさず顎を押し上げ、喉頭隆起に拳を入れた。どんなに屈強な者でも鍛えようがない急所だ。
隊員は、魚のように口を開け、喘いだ末に動かなくなった。咽喉仏が割れ、呼吸困難に陥り、窒息死した。この男の不運は、定食を注文したことか。それとも警備課に配属されたことか。そもそも警察官になったことか。いずれにしろ、シルヴァラードにとって、目的遂行の道具に過ぎない。
ドアを閉め、鍵をかける。隊員のホルスターから拳銃を抜く。無線機のイヤホンを耳に入れる。制服を脱がせる。それを着る。サイズが大きいので、服の上に着てもきつくない。袖が長い。腕まくりで誤魔化す。
背の低さを誤魔化すには、工夫がいる。トイレットペーパーをホルダーから外す。それをブーツに入れる。予備のトイレットペーパーを取り、巻き取って径を小さくする。それもブーツに入れる。トラウザーズの裾をブーツにいれ、足を入れる。トイレットペーパーの上に爪先立つ。
発見を少しでも遅らせたいから、鍵はかけたままにしておきたい。ドアノブに足をかけ、攀じ登る。ドアの上から外に飛び降りた。
廊下に出て、階段に向かう。総理大臣執務室は三フロア上だ。
幅の広い階段を上る。踊場までの十段は、組閣時に赤絨毯を敷いて記念撮影に使われる。上り切って、エントランスホールに出る。反転して、四階に行く階段に向かう。向かいは中庭の吹き抜けで、全面ガラス張りになっている。ガラス越しに、青々と背を伸ばす竹が見える。中庭は、一階から五階まで吹き抜けで、どのフロアでもガラス越しに竹を見ることができる。
四階に出て、ガラス張りに沿って、廊下を進む。向かいから警備隊員、五名の一団が歩いて来た。挙手の礼をして擦れ違う。
「待て」
先頭の者に呼び掛けられ、足を止める。
「どこに行く」
右足を引き、両の踵で反転する。左右の踵を合わせて答える。
「五階の交替任務に就きます」
「交替? こんな時間にか」
「ひとり、体調を崩し、任務の継続が不能になっているそうです」
「何。そうか。足止めして悪かった。早く交替任務につけ」
「はっ」
挙手の礼をし、回れ右で向きを変える。
五階に出る。机があり、ふたりの警務官が、入退室する者のチェックを行っている。
「警備の交替? 聞いてるか」
ひとりが、もうひとりに訊ねる。煙草の臭いが鼻を衝く。
「いえ、聞いてない。確認するか」
机の無線機に手を伸ばす。その手を掴む。怪訝そうに見上げる眼。その視線を無視して、素早く、机に眼を這わせる。入退室者のチェックリスト。その上にキャップのはまったボールペン。ボールペンを取って、握り締める。精確に相手のこめかみを狙って、キャップの先で力いっぱいに衝く。頭蓋骨の最も薄い部分なので、プラスティックでも致命的なダメージを負わせることができる。相手は顎を上げ、机に突っ伏した。硬膜の毛細血管を破って、出血させた。頭蓋内に血が溜まって、意識不明になった。
「な、何をしている」
もうひとりが慌てて立ち上がった。机を乗り越え、壁に押し付ける。口を塞いで、すかさず、こめかみにボールペンを衝き立てる。口から手を離すと、ストンと腰を落とした。
邪魔な制服を脱ぎ棄てて、五階の廊下を進む。ガラスの壁が中庭に面しているのは、四階までと一緒。ただ、ガラスの向こうはいきなり竹ではない。石庭が張り出し、宙に浮く。白い小石を敷き詰め、その上に、表面の滑らかな石が配置されている。床の絨毯も四階までとは違う。足が埋まるほど、毛足が長い。足音を消してくれるので、侵入者には都合がいい。
ガラスに相対する壁には、ところどころに通路の入口がある。その通路を進んだ先に、それぞれの部屋がある。総理大臣執務室の入口の手前で、背中から皿を抜き取った。それを壁に向かって、投げ付ける。すぐに閣僚応接室の通路に駈け込む。そこには誰もいない。
皿の割れる音で、総理の執務室からSPが出て来た。三人だ。ふたりが辺りを警戒する。ひとりが無線機に話しかけながら、皿の破片に腰を屈める。
シルヴァラードは、ホルスターから銃を抜いた。右手で銃把を握って、廊下に飛び込む。前転して、両脚を広げる。SPが破片から顔を上げ、眼を見開いている。左手で銃把の尻を支え、その眉間を撃つ。血飛沫が飛ぶ。それが眼に入った。世界が朱色に染まる。だが、瞬きなんてしていられない。ほかのふたりが、同時に懐に手を入れ、振り向いている。銃は抜かせない。ひとり。ふたり。順に眉間を打ち抜いた。
すぐに執務室に向かう。通路の横で、背中を壁に付ける。いまの銃声でほかのSPたちが出て来る筈。それを待ち伏せにする。手の甲で顔を拭う。ぬるっとした感触が手に移った。
まず、ひとり。肩口が覗く。引き絞った腕。上を向く銃口。上体を倒して、同僚の死体を覗き見る。その後頭部を撃つ。血をほとばしらせ、膝から崩れ落ちた。
顔の血を拭って、次を待つ。ふたり目は、容易に出て来ない。ひとり目の射殺で、こちらの立ち位置を知られた。神経を研ぎ澄まし、気配を探る。足の先が見えた。そこか。そこにいる。一気に飛び込む。水平に突き出された銃。その腕を左脇に抱え込む。右手の銃で、敵の側頭部を撃つ。首が振れ、反動で肩に寄りかかってきた。生ぬるい感触が肩に広がる。敵の手から銃を奪って、仰向けに倒す。
通路のSPは五人。すべて消した。奪った銃をトラウザーズに挿し込んで、通路の先を見遣る。突き当たりに執務室のドア。IDカードの読み取りセンサー。IDを持っているのは総理だけだ。
仰向けのSPの上着のポケットを漁る。ハンカチがある。それを取って、ほかのポケットを探る。
後頭部が血だらけの死体に移る。上着、トラウザーズのポケット。こいつも持っていない。廊下に出て、先の三人のポケットを調べる。近ごろの壮年者は、煙草を吸わない。誰も持っていない。どうしたものか。警務官だ。煙草の臭いがした。
チェックカウンターに戻って、警務官の上着を漁る。あった。使い捨てライター。それを持って、通路に戻る。
ドアまで進んだ。ドアの脇に読み取りセンサーのボックス。鋼板のカバーで覆われている。それを撃つ。穴が開く。二発、三発と続け、穴を広げる。その穴にライターを挿し込んで、顔を背ける。液化ガスのタンクを撃つ。爆発音。顔を戻すと、鋼板が吹き飛んで、配線が露わになっている。
スプリンクラーが作動した。降り注ぐ水に、ハンカチを差し出す。充分に水を吸わせる。
センサーの配線を引き千切って、湿ったハンカチを押し付ける。火花が飛び、センサーの灯りが消えた。ガタっと音がした。ほんの僅か、ドアが開いた。その隙間に手を挿し込んで、力いっぱいに引く。
ドアをこじ開け、中に入った。控えの間には誰もいない。テーブルとソファがあるだけで、隠れるものはない。奥のドアに向かう。
――!
瞬時に這い蹲る。頭の上を銃弾が行く。ドア越しに撃ってきた。床に伏せたまま、ドアに連射する。ドサッと音がして、射撃が止んだ。即座に立ち上がって、ドアの横にしゃがむ。ノブに手を伸ばし、ゆっくり引く。何も起こらない。完全に開け切る。それでも、しんとしている。だが、きっといる。気配を消し、待ち構えている。
次の間は、政務秘書官の部屋だ。壁に書棚があり、その前に執務机がある。待ち構えるなら、その陰だ。ぐずぐずしている暇はない。
眦を決して、部屋に飛び込んだ。執務机に連射しながら、駆け抜ける。書棚のガラスが割れ、机のパソコンが弾け飛ぶ。応接ソファの陰に走り込み、身を隠す。
敵が撃ってきた。ソファの裏に着弾する。二発目はどのタイミングだ。神経を尖らせ、敵の呼吸を読む。いまだ。ソファから顔を出す。そのタイミングで、敵も執務机から顔を出した。早いのはこちら。額を撃ち抜く。その瞬間、もうひとり、執務机の端に隠れていた者が立ち上がった。
――遅れた。
右腕を撃たれた。銃がソファに落ちる。ソファの裏に隠れる。敵が駈け寄って来る。眼の前に立つ。軽率すぎる。銃がひとつとは限らない。
既にトラウザーズから抜いた銃を、左大腿部の陰に隠している。敵から眼を反らす。途端に、張り詰めた空気が弾ける。相手が気を抜いたのが判る。敵の脛を撃った。
「あっ」
声を上げて倒れてくる。その頭頂部を撃つ。銃をトラウザーズに戻して、ひと息吐いた。
ソファから銃を拾い、奥のドアに向かう。また、ドア越しに撃たれるか。その心配はなさそう。残りのSPは最後の砦。易々と石川から離れられない。侵入者を倒すことより、石川の警護を優先する。
ドアを開けた。執務机に石川。両側にふたりのSP。SPを眼で牽制しつつ、執務室に入る。SPたちは、素早く執務机の前に移動し、銃を構える。石川がふたりの背中に隠れた。
「大丈夫です。そこを開けてください」石川が言う。
「できません。私たちは、総理の盾となるためにここにいます」SPが言った。
石川がふたりの後ろで言う。
「新海さん。……いえ、いまはシルヴァラードか。顔を見せずにお話するのは本意ではないのですが、お聞きになった通りです。隠れてお話することをお赦しください」
シルヴァラードは応接用ソファに座った。執務机に左側面を向けることになる。銃はテーブルに置いた。どのみち、右腕を負傷している。狙えない。SPのふたりは、狙撃体制を崩さない。
「一体、こんなところまで、何の用でしょう」石川が訊ねる。
「敵は赦さない。それが誰であっても。それだけのこと」
「日本国を敵に回すと? いくらなんでもそれは無謀でしょう。あなたひとりに何ができるのですか」
「議事録をもらいに来た」
「議事録とは?」
「プロジェクトNG検討会のもの」
石川が溜息を吐く。
「弱りましたね。議事録なんてありません。そんな検討会自体、公式には存在しないことになっていますから」
「国家安全保障会議の議事録だ」
「どういうことでしょう。NSCとプロジェクトNGは無関係です」
「ウラルでシリア難民が死んでいる件が議題になった。オフプレセリニンを疑い、バーゼルのTОBの目的を探った」
「なるほど。そこまでご存知でしたか。そうです。バーゼル・ファーマの真意を知りたかった。誠和創薬に敵対的買収を仕掛けたのはなぜか。住血吸虫の特異的IgE抗体が目当てなのか。それとも、抗PCSK9抗体を手に入れたいだけなのか。前者でした。誠和創薬に、抗PCSK9抗体の開発中止を発表させたのに、バーゼルは手を引こうとしない。オフプレセリニンとセットで、先進諸国に売り込むつもりでいるのでしょう。バーゼルは我々を支持したんです。だが、勿論、計画の横取りは許さない、どう対処すべきか、NSCで対策を講じているところです。あなたは、どうすべきだと思いますか」
「知ったことじゃない。議事録を渡せ」
「それはできません。NSCの議事録は非公開です」
「それは、そっちの都合。こっちには関係ない」
「我が国の安全保障を損なうことになります。あなただって、日本国民なら、国益にならないことは慎むべきです」
「プロジェクトNGは国益に適うのか」
「無論です」
「なら、公表すればいい。国民が喝采してくれる」
「もちろん、公表します。いずれはね。でも、いまはまだ、そのときではない」
「代わりに公表して遣るよ」
「折角の御好意ですが、それには及びません。それに、あなたには無理でしょう。ここから生きて帰れるとは思えません」
シルヴァラードは、肘掛けの陰で、トラウザーズの銃を抜いている。SPは立ち位置を変えていない。移動したら石川の盾にならない。ふたりの位置は、精確に頭に刻んだ。眼を瞑っていても狙える。
テーブルを見たまま、左腕だけ上げ、二発撃った。SPの弾は、シルヴァラードの眼前を掠めて行った。ふたりが崩れ落ちる音を聞いて、立ち上がる。石川を見る。
「ま、待て。判った。だが、議事録はここにはない。本府庁舎だ。国家安全保障局に話してやる」
受話器に手を伸ばす。電話機を撃つ。石川が驚いて、受話器を落とした。
「この部屋の金庫に保管されていることは判っている」
石川は蒼褪めている。
「あれが公になれば、私は終わる」
「渡さなければ、生命が終わる」
銃口を顔に向ける。
「止めろ。判った。判ったから、そんなもの、下ろしてくれ」
「命乞いをするとはな。国に生命を捧げる覚悟なんてないじゃないか」
「いや、そうじゃない。いまは、そのときじゃないだけだ」
石川は立ち上がって、書棚を振り向いた。扉を開くと大型の金庫がある。ポケットから鍵を取り出して、鍵穴に挿し込む。ダイヤルを回して数字を合わせる。
「好きにしろ」
椅子に戻った。シルヴァラードは石川の背後に回り込んだ。金庫の扉を開けると、ファイルが幾つもある。手に取って、素早く眼を通す。用のない書類は床に抛り出す。別のファイルを手に取る。NSCのものは、三冊目だった。それを背中に回し、トラウザーズに挟んで、執務室を出る。石川の怒鳴り声が追い駆けてきた。
「内閣が倒れるだけだ。日本桜会議は、これしきのこと、蚊に刺されたくらいにしか思わない」
通路に出ると、非常ベルが響き渡っていた。群衆の足音が聞こえる。眼を向けると、警備隊員の一団。機関銃を抱えた者たち。発砲しながら駈けて来る。
背中を向け、逃げる。走りながらガラスを撃つ。ガラスが雪崩のように崩れる。石庭に飛び出した。小石の上を駈ける。端まで行って、竹に飛び移る。竹がしなって、三階のガラスが眼の前に迫る。体当たりでそれを割り、三階のフロアに転がり込む。すぐに踏ん張って、状況を確認する。機関銃の音が止まない。銃弾が雨のように飛び交う。警備隊員が駈けて来る。ヘルメットに防弾ベスト。狙うところは限られる。顔を撃った。顎を上げながら、つんのめった。新しい死体に駈け寄って、機関銃を奪う。
エントランスホールに駈け込む。警備隊員たちが続々と集まって、取り囲もうとする。機関銃の乱射で、それを蹴散らす。敵も乱射している。がくっと腰が砕けた。左腿に焼けるような痛み。被弾したか。脚を引き摺って走る。
正面のガラスに流れ弾が当たって、滝のように崩れ落ちた。ガラスが床で撥ね、破片が飛び散る。破片を踏んで、館外に走り出た。
逃げ遅れた運転手が駈けて来た。シルヴァラードを見て、血相を変える。両手を上げて、立ち止まった。
「キーを出せ」
「は、はい」
ポケットからキーを出す。
「抛れ」
キーを掴んで、公用車が並ぶところに走る。ボタンを押して、ライトが点灯する車を探す。あった。それに乗り込んで、発車する。
機関銃の銃弾を浴びながら、正門に向かう。ゲートのバーを折って、外に出る。バリケード門に突っ込んで、弾き飛ばした。
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