第8話

 翌日の早朝、小杉とふたりで本部庁舎に行った。エレヴェーターに乗り込むと、小杉は案内板に眼を凝らした。そこに目当ての部課名を見付けて、13階のボタンを押そうとした。外事第一課のあるフロアだ。

「14階だ」

 すかさず浦瀬が言う。小杉は「え」という顔で浦瀬を振り向いたが、もう一度案内板を見て、得心した様子で14を押した。14階には公安第一課が入っている。

 浦瀬たちのエレヴェーターは、2階から9階は通過するので、加速して一気に10階まで行った。10階からは低速になったものの、誰にも停められなかった。14階に着いた。

 14階のフロアはひっそりとしていた。窓から入る外光が、床のタイルを冷たく白光りさせている。窓の外には、国会議事堂の中央塔が見える。寒々とした雲が空を覆っていた。

 浦瀬は窓に背を向けて、廊下に向かった。長い廊下に面して白い壁が左右に延びる。左方に見えるドアは随分と先だ。右のドアは比較的近い。エレヴェーターホールから遠く左に離れたドアは、公安部長室だ。公安第一課は右だ。右に向かって足を踏み出す。タイルを踏む乾いた音が響く。小杉の足音と重なり合って、ひと気のない廊下では、耳障りだ。ドアの前まで行って、表札を確認する。間違いない、公安第一課。

 ノックをしようとは思わなかった。不意を衝くつもりでいた。ノブに手をかけて、一気に押し開ける。

 室内はしんとしていた。誰もが部外者の訪問を察知して、話を止めてしまったのだ。幾人かの者は、直前まで話をしていた痕跡を残している。浦瀬を見て、受話器を置く者がいるし、浦瀬を見て、同僚の机から自席に戻って行く者がいる。突然の変化は、中学校の教室のようだ。担任が現れた途端に、一瞬で静まり返る。

 浦瀬は室内を見回した。浦瀬を無視して、黙々と業務に励む者。浦瀬を意識して、敵意を宿した眼を向ける者。どちらも一言も発しない。その中に、やっと口を開く者がいた。

「何の用だ」

 課長席からだった。机を並べた島から離れ、ひとりで座っている。中学校の教室なら、教卓がある位置だ。浦瀬は室内に入って、課長席まで進んだ。課長は上体を反らせて待ち構える。

「捜査で伺いました」

 課長は憫笑するように口の端を歪めた。浦瀬から眼を離し、部下たちを見回しながら言う。

「部屋を間違えていらっしゃるようだ」

 部下たちも課長と同じように、口元に嘲りを浮かべた。

「捜一じゃ、エレヴェーターの乗り方を教えてないのかな」

 室内に押し殺した笑い声が起こった。課長はそれを眺めて、にたにたとほくそ笑む。

「すいません、ちょっとペンをお借りできますか。インクが切れちゃって」

 振り向くと、小杉が入口近くの席に近付いていた。相手は無視している。小杉は、相手の不同意に関係なく、机のペン立てから一本抜き取った。公安部の者はそれでも一言も発しない。ただ、威圧するような鋭い眼を小杉に向けただけだった。小杉は、それでも、ひょうひょうとしている。平気な顔でノートを広げ、ペンを構える。

 浦瀬は課長に向き直った。

「公安第一課に用があって来ました」

「外事第一課の間違いだろ。外事第一課の者、ふたりが殺害された。そう聞いてる」

 そこかしこの席で、声を立てて笑う者がいた。

「いいえ。ガイシャは、8係の木下和馬巡査部長です」

 課長は笑みを引っ込めて、浦瀬を睨め上げる。そこかしこの笑い声も聞こえなくなった。

「そんな奴は知らない」

 課長は威圧するように言った。

「木下なら、先月退職しました」

 すぐ近くに張りのある声が聞こえた。振り向くと、頭髪の薄い痩せ型の男だ。いつの間に近寄ったのか、全く気付けなかった。

「あなたは?」

「8係の係長を任されています」

「退職しているのか」課長が係長に首を伸ばす。

「ええ。先月。故郷に年老いた母親がいて、その面倒をみるんだって言ってました」

 浦瀬は係長を見つめる。嘘を吐くことに慣れている人間は、感情を隠すのが巧みだ。表情から読み取れるものは何もない。浦瀬は課長を見つめて言う。

「WANシステムによれば、木下巡査部長は現職です」

 係長は眉を顰め、訝る素振りをした。

「おかしいな。更新してないのかな」

「情報通信部に、退職したことを報せてないのか」

「報せたと思うんですが、どうだったでしょうか」

「報せたのなら、WANシステムが更新されてる筈だ。報せてないんだろ」

「そうかもしれません」

「そうだ。きっと、そうだ。何をしてる。早く報せろ」

「はい。至急、伝えます」

 浦瀬は三文芝居を見せられているような気分で、その遣り取りを見ていた。両手を広げて言う。

「木下巡査部長は故郷に帰らなかったのか、改めて上京したのか知りませんが、生憎、うちの管内で死亡しました」

 係長は眉を顰める。

「それで、うちに何の用かな。辞めた者のことを聞きに来られても、困るんだが」

「ガイシャが携わっていた任務について教えていただけますか」

「それは無理だ」

「任務中に知り合った者から話を聞きたいんです」

 係長は腕を組み、首を捻った。

「本当に木下なのかな」

「は?」

「木下じゃないと思う。そんな簡単に死ぬ奴じゃない」

 飽くまで無関係を装うつもりか。浦瀬は半ば呆れながら言った。

「指紋を検索しました。一致しました」

「WANシステムの更新が遅れているくらいだから、掌指紋の検索システムにだって不備があるのかもれない」

「ああ、そうだな」課長が即座に係長に同意する。「そういうことだってあるだろう」

 ここまで太々しい態度に出られると、つい、笑ってしまう。浦瀬は歯を見せたが、課長も係長も嘲られたと思わなかったらしい。目を剥く代わりに、係長は浦瀬の背中に手を回した。

「ま、そういうことだから」

 ドアに向かわせようとして、背中を押す。しかし、浦瀬は足を踏み出さずにいた。すると、剣のある眼で見据えられた。

「多分、その遺体は木下じゃない。もう一度、よく確認したほうがいいな。賭けてもいいが、絶対に木下じゃない」

 浦瀬はその眼を見つめ返して言う。

「最後にひとつだけ、お伺いしたい。宜しいですか」

「ダメだ。我々にも仕事がある。邪魔をしないで、さっさと帰ってくれ」

 浦瀬の背中を強く押す。それでも、動かずに訊ねる。

「木下巡査部長の郷里は会津ですか。それにしては妙に寒がりだったようですね」

 浦瀬の問いは、係長の予測しないものだったらしい。訝るように眉根を寄せ、浦瀬をじろっと見た。

「郷里は会津じゃない」

「違いますか。どこですか」

「さあな」

 取り付く島がない。浦瀬は仕方なくドアに向かった。

「どうもありがとうございました」

 小杉はペンを借りたペン立てに、ボールペンを挿し込んだ。


 エレヴェーターホールに戻ると、受信機のイヤホンを耳に入れた。他人には、短波ラジオで競馬中継を聞いていると誤魔化すつもりだった。幸い、誰もいなかった。

 端から、外事第一課に行くつもりはなかった。新海千紘の件は、公安部が神経質になっている。遺体を引き取ると言い、刑事部の手には負えないとまで言ったらしい。さらには、捜査本部に盗聴器を仕掛けた。

 それらのことから、外事第一課の警戒が厳しいのは想像に難くない。公安第一課の木下の件とは、事情が違う。警戒している相手の不意をつくことはできない。不意打ちを仕掛けない限り、公安部と対等に勝負できない。

 間もなくゲージが来た。扉が開くと、無人だったので、安堵する。中に入って、17階のボタンを押した。

「パステルですか」

 喫茶室の名だ。小杉が訊くというより、確認するような口吻で言う。浦瀬はイヤホンに神経を集中しながら、軽く頷いた。

 最上階の17階には、大会議室や総合指揮所のほか、道場や音楽隊が入っている。普段は、忙しく立ち働く職員のいないフロアだ。そこにパステルが入っているのは、偶然ではない。最上階は、緊迫感を棚上げしておけるフロアだ。パステルからの景観は棄てたものじゃない。

 浦瀬はイヤホンをつけたまま、パステルに入った。店員にコーヒーと告げ、窓ガラスに向かって設えたカウンター席に座る。隣に座った小杉は、右手を耳に当てて頬杖を衝いた。小杉もイヤホンを入れている。

 公安一課が、小杉にペンと盗聴器をすり替えられたと気付くまで、そう時間はかからないだろう。それまでに得られるものは全て得る。その間、パステルに居座るつもりだった。

 意外だったのは、公安一課が木下和馬の死亡を把握していなかったことだ。

「どうして刑事部が来るんだ」課長が怒鳴る。「ミスったのか。すぐに木下にコンタクトしろ」

「やってます。コンタクトできません。任務完了の連絡があったきり、定時連絡もありません」若い部課員の声だ。

「……まさか、本当に死んだなんて言うんじゃないだろうな」

「あるいは……」係長の声だ。「どうしますか」

「退職したって言ったのは、お前だ」

「はい。体裁を整えます」

「刑事部が木下の情報にアクセスできないようにしろ。直ちに」だいぶ苛立っている。

「はい。WANシステムから削除してもらいます」

「石原次長に頼むのか」声のトーンが変わった。

「はい」

「冗談じゃない。ミスの尻拭いを頼めるか」また怒鳴る。

「しかし、サッチョウの情報通信部は削除に応じてくれません」

「ちっ。警視庁公安部のメンツは丸潰れだ」

 それから後は雑音が入って、明瞭な声を拾えなくなった。やがて完全に音声が途絶えた。

 さすがだ。早速、盗聴に気づいたらしい。パステルに入った意味がないくらい、早い。浦瀬はイヤホンを外しながら、小杉と眼を見合わせた。小杉は下唇を突き出した。

 警察庁の次長は、石原という名ではない。石原次長というのは、どこの省庁の者だろう。CIRAか。ならば、噂は事実だ。公安部はCIRAの下請けをしている。

 公安一課は、木下和馬が任務を完了したと思っていたようだ。任務完了後にホテルに泊まって、心筋梗塞を発症したのか。それはあり得ない。茅場町に泊まったのは、任務の前だろう。

――返り討ちにあった?

 野口清作の偽名から、木下は会津出身かもしれないと思った。違うようだ。木下のポケットにたまたま千円札が入っていて、思いついた名前かもしれない。

 しかし、会津出身の別人がチェックインしたとも考えられる。背格好が違うのは、それで説明がつく。木下はその人物に接触するために部屋に行き、しくじって、自分が殺された。木下を返り討ちにした者が、木下になりすまして、任務完了の報告をした。この筋書きはあり得るか。

――あり得る。

 課長はミスの尻拭いと言った。誰あろう、課長自身が、木下がミスをしたと考えている。ほかの防犯カメラをチェックすれば、それを立証できるだろう。


 佑香から電話がかかってきたのは、茅場町のビジネスホテルのエントランスに足を踏み入れたときだった。顎をしゃくって、小杉に先に行くよう促した。自分は踵を返し、自動ドアの外で電話を受けた。

 眼の端に女の影が映った。ビルの陰から監視されているような気がした。しかし、誰もいない。気の所為か。スマホを耳に当てる。

「新薬を使うって言うんだけど、どうしよう」

「はあ?」

 佑香には面食らう。いきなり切り出す話は、いつだって浦瀬にはちんぷんかんぷんだ。

「はあって言った? どういうこと? 私が困ってること、知ってるよね」

「出たよ」

 浦瀬は呆れて言った。自分が抱える問題は、誰もが承知し、善後策を議論していると思っているらしい。突拍子もないことを言っているという自覚がない。

「出たって何よ。お化けじゃないのよ」

 佑香は腹を立てたようだ。いきなり電話を切った。佑香の電話は、いつだってこんな具合だ。浦瀬は苛立たしく思いながら、スマホをポケットに突っ込もうとした。そこで、不安になる。

――新薬を使う?

 義母の症状が増悪したのだろうか。新薬を試す以外、進行を抑制できないのか。佑香が電話してきたということは、新薬の投与にリスクがあるということだろうか。着信履歴から、佑香に電話し直す。

「何よ」突っ慳貪な声が出る。

「お義母さん、悪いのか。医者が、新薬を試すって言ってるのか」

「もう正常に戻るときなんて、ほとんどないの。眼を離すとすぐに何処かに行っちゃうし」

 それでも、要支援の認定しかしてくれない。この国の介護保険制度はどうなっているのだ。

「それで新薬というわけか」

 佑香に連れられて、浦瀬も医師の話を聞きに行ったことがある。ふたつの薬を併用しているものの、進行の抑制に効果がみられないと言っていた。

「いままでの薬と、どう違うんだ」

「今度のは、γセクレターゼ阻害薬なの。アミロイドβが凝集するのを抑制するのよ」

 佑香は薬剤師らしいことを言う。しかし、浦瀬には何を言っているのか、さっぱり判らない。訊くべきではなかったと思いつつ、説明し終えるのをおとなしく待つ。

「それが、妙なのよ。高価なものなんじゃないかって、先生に訊いたの。そしたら、治験薬だから無料だって言うの」

「治験薬って、患者に飲ませても安全かどうか試してる最中の薬ってことだろ」

「ちょっと乱暴だけど、平たく言えばそういうことね」

「大丈夫なのか、そんなもの飲ませて」

「患者に投与するってことは、第Ⅲ相の段階ってことで、それまでに、安全性は慎重に検証されてるから、心配するほどのことじゃない。もちろん、どんな医薬だって、飲み方を間違えれば危険だけど。気になるのは、そんなことじゃないの。その薬の製造販売が、既に承認されているってことなの」

「承認されてるのに、治験をするのか」

「しないわよ、普通は。でも、製薬協のホームページで調べたの。先生に治験番号を教えてもらって。製薬協には、新薬や治験薬の情報が登録されているから、それで調べられるの。海外でしか承認されていないのかと思った。海外でしか承認されていなければ、外国の臨床試験成績を日本人に外挿して、ブリッジング試験を行うから、治験中ということはある。でも、間違いなく、国内で承認されている。いまさら治験を実施する必要はないの。おかしいでしょ。承認されているなら、製薬会社はすぐに市販して、開発費を回収したい筈。未だに、無料で投与し続けるって、変じゃない」

「医者は何と言ってるんだ」

「製薬会社に問い合わせてくれた。第Ⅲ・5相試験だって」

「Ⅲ・5?」

 浦瀬は以前、佑香から聞いたことがある。治験には第Ⅰ相から第Ⅲ相まである。第Ⅰ相では、健康な成人に投与して安全性を検討する。第Ⅱ相では、少数の軽い症状の患者に投与して有効性を検証する。第Ⅲ相では、その薬を必要とする多数の患者に投与して安全性と有効性を検討する。しかし、第Ⅲ・5相というのは聞いたことがない。

「市販された後も、効き目や副作用に関する情報は収集され続けるの。どんな医薬でもそう。これは市販後臨床試験て言うんだけど、第Ⅳ相試験とも言われるれている。その前段階だから、第Ⅲ・5相ということらしい。何故、すぐに市販しないで、第Ⅲ・5相なのか、その説明がないんだけど、先生は納得したみたい。製薬会社に特別な事情があるんだろうって言うだけなの。厭なら参加しなければいいが、試してみる価値はあるって」

 佑香が悩んでいるのは判る。しかし、適切なアドバイスはできない。佑香のほうが浦瀬より遥かに薬に詳しいのだ。

「お前がどんな選択をしたって、お義母さんは恨んだりしない」

 佑香の負担を和らげるつもりだった。しかし、佑香は逆上した。

「どうして、そんなこと言い切れるの」

「それは……刑事の勘だ」

「無責任なこと言わないで」

 無難なことを軽々しく言ったと思っているようだ。そう思われても仕方ない。義母のことは心配している。けれども、介護の手伝いをしたことがない。固より、刑事の頭は、親族の健康より事件を気にするようにできている。税金を払ってる都民は、それを期待している。殺人事件の捜査しかできない者に、認知症患者の相談をされても、役に立てない。こんなときこそ、軽い調子で適当なことを言って電話を切りたい。しかし、それができない。

「お前がどんな選択をしたって、お義母さんは恨んだりしない」

 同じことをもう一度言った。

「本当に?」

 少し間をおいて、佑香は言った。刺々しい口吻ではなかった。

「本当だ」

 浦瀬は確信に満ちた口調で答える。

「判った。よく考えてみる。誰でも試せるものではないらしいから」

「そうか。それがいい」


 ハッとした。支配人の肩越しに画面に食い入る。

「巻き戻してください」

 支配人はマウスを操作した。

「いた」小杉が小さく声を上げる。

 六階の廊下を俯瞰する映像。605号室から出て来る者。黒いカーチフで頭を隠し、コートの襟に顎を埋めている。チェックインした者と同じ身なり。ドアとの対比から、背丈は百六十センチだ。

 画面の隅に表示される録画時刻を見る。一時二十三分。監察医は、木下が死んだのは、遅くとも一時だと言っていた。その時刻より後に現場を去る者。その人物は、エレヴェータホールを通り過ぎた。廊下を真っ直ぐ行き、突き当たりのドアを開け、出て行く。

「非常階段です」支配人が言う。

「映像を出してください」

 支配人は浦瀬を見上げる。

「外にカメラはありません」

 チェックインした者と非常階段から出て行った者は、ともに背が低い。木下とは思えない。

「エントランスをお願いします」

 支配人は、メニューバーからマップを呼び出し、エントランスをクリックした。サムネイルが表示される。それに眼を凝らす。ひとりで現れる者の画をひとつずつ、確認する。チェックインカウンターに向かう者。エレヴェーターホールに向かう者。その中に、立ち止まっている者がいた。身長は、百七十センチほどだろう。

「これを」

 その静止画を指差し、再生させる。

 自動ドアを背にして立ち止まっている者。あちこち見回して、エレヴェーターホールに向かう。何を探した? 待ち合わせなら、ホールだけ見回せばいい。あちこち見回したのは、人ではない。設備を探した。何を? エレヴェーターホールに向かって行く。エレヴェーターを探したのか。妙だ。

 外出して戻った客なら、エレヴェーターの場所は既に把握している。初めて来た客なら、チェックインカウンターに向かう。どうしてエレヴェーターを探すのか。宿泊客ではない。

 時刻を見ると、二十二時三分。野口清作のチェックイン時刻のおよそ一時間後。エレヴェーターのカメラにも、きっと写っている。

「エレヴェーターのカメラに、写っていると思います」

「はい」

 画面が変わって、エレヴェーター内の映像がサムネイル表示される。支配人はキーボードで日時を指定した。サムネイルのひとつが画面いっぱいに拡大される。先ほどの身なりの男が、悪びれる様子もなく写っている。それどころか、平然とカメラを見上げた。

「止めて」

 一時停止した画像に眼を凝らす。画像が荒い。しかし、容貌が判らないわけではない。

「ガイシャじゃないか」

 隣で、小杉も画面を覗き込む。

「多分。木下巡査部長だと思います」

「六階のフロアをお願いします」

 支配人は六階のエレヴェーターホールの映像を呼び出した。エレヴェーターを出る者の姿がある。支配人は、廊下を俯瞰する映像に切り替えた。そこに人影が現れる。途中で立ち止まり、ドアをノックする。中からドアが開けられ、招じ入れられた。

「605号室です」支配人が声を上ずらせた。

 浦瀬の見立ては間違っていない。野口清作の名でチェックインしたのは木下ではない。木下は、チェックインした人間に会いに来た。そして殺害された。

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