第7話

 しんとした廊下。キャスターの転がる音。ストレッチャーが軋む音。心臓の鼓動。ナースに気付かれずに済むだろうか。

 男の言う通りだった。スタッフステーションから、巡回に向かうふたりがいた。介護福祉士が、患者の体位変換に行ったのだろう。その間、スタッフステーションにいるのは、ナースがひとり。しかも、仮眠を取る。

 千紘は、その隙をうまくつくことができたのだった。倉庫まで行き、ストレッチャーを引き出して戻って来た。ストレッチャーの音を怪しんで、ナースが飛び出して来るのじゃないかと思った。だが、難なく、スタッフステーションの前を通り過ぎて、二〇三号室に戻ることができた。いまは、ストレッチャーに男を乗せて、エレヴェーターホールに向かっている。

 男は、病室を出る直前、枕カバーを顔に掛けた。千紘はそれを見て、患者を運ぶのではなく、遺体を運ぶのだと気付いた。行く先は地下の霊安室だ。

 エレヴェーターホールまであともう少しというところで、スタッフステーションから足音が聞こえた。ビクッとして立ち止まる。

「さっきは、気のせいかと思ったけど。誰か、ストレッチャーを持ち出したのかしら」

 まずい。姿を見られたら、何も弁解できない。変装して患者を連れ出しているのだ。ナースを、スタッフステーションに足止めしなければならない。

 咄嗟にすぐ近くの病室のドアを開け、中に飛び込んだ。手前のカーテンを開ける。壁を見る。ナースコールの子機がぶら下がっている。呼出ボタンを押す。患者が眼を瞬いている。笑顔で会釈する。次の瞬間にはさっとカーテンを閉める。

 廊下に戻って、耳を澄ます。ナースコールがスタッフステーションに谺している。慌てた足音が遠退いて行く。ナースは親機に駈けて行った。いまのうちだ。ストレッチャーを勢いよく押す。ナースが親機で状況を訊いても、いまの患者は納得できる受け答えをしない。患者の様子を見に行こうとする。ナースが出て来る前に、エレヴェーターホールに駆け込んでしまうのだ。

 どうにか間に合った。窓際まで行き、息を殺す。エレヴェーターホールは常夜灯で、視界が効く。ナースに振り向かれたら、お仕舞いだ。しかし、ナースコールで呼ばれたナースは、一目散に駈けて行く。それに賭ける。足音が駈けて来る。気付かれるか。通り過ぎるか。鼓動が速くなり、その音を聞かれるのじゃないかと不安になる。

 眼の前をナースが駈けて行った。全く振り向かなかった。

――助かった。

 安堵した途端、力が抜け、座り込みそうになった。慌てて気を取り直す。

 エレヴェータのボタンを押した。すぐに、扉が開いた。ストレッチャーを押し込んで、地下のボタンを押す。頭上のカメラを意識する。それに映るのは仕方ない。直ちに怪しまれることはないだろう。深夜にだって患者は亡くなるのだ。顔だけは晒さないよう用心して、俯いたままでいる。エレヴェーターのモーター音だけが聞こえる。そこにチャイムの音が割り込み、微かな振動を伴ってゲージが停まる。

 扉が開くと、逃げ出すような気持ちでストレッチャーを押し出した。廊下を横切って、霊安室の扉の前に立つ。扉を開け、中に入って、ストレッチャーを引きずり込む。すぐに扉を閉めた。天井も壁もコンクリートでできた無機質な部屋だ。壁には焼香台が設けられている。

「着きました」

 男は顔の布を取って、身体を起こした。

「配送業者に連絡しよう。ケータイはあるかい」

 男が掌を出す。千紘はポケットからスマホを取り出した。一時的に電源を入れる分には、仕方ないだろう。ОSが起動したところで、男にスマホを手渡した。男はネットで業者を探し出し、電話した。

「つ……ツカダタカシです。そう亡くなった者の氏名です」

 病院名を告げて、遣り取りを始める。

「この電話にお願いします。私は先に戻らないといけないので、後は娘が対応します」

 電話を切って、スマホを差し出す。

「三十分もしたら来るそうだ。死亡診断書を見せろと言われたら、深夜だからまだ書いて貰ってないと言えばいい。それで断られることはないだろう。それはもう必要ない」

 千紘が着ているものを指差す。男は、布団を跳ね上げた。千紘の衣服がある。

 自分の服を抱えて、灯りが届かない隅に行く。急いで着替えて、ナースウェアを抛り出し、男のところに戻る。

「ツカダタカシさんと仰るんですか」

 男は苦笑いをした。

「咄嗟の偽名だ。本名は津野田貴昭だ」

 千紘は会釈する。

「新海千紘です」

「新海さんか」

「津野田さんは、何をしている方なんですか」

「何もしていない。無職だ」

 意外な答えに驚いた。

「無職が国に狙われるんですか」

「元は厚労省の技官だった。民間の病院から中途採用で入省し、医薬品副作用被害対策室にいた。あるとき、僕のところにケビン・ワイズマンと名乗る男が遣って来た。ウラル人民共和国からの留学生だった。大学を卒業した後、在留資格を変更して山際製薬に就職していた。ワイズマンは、クラインは生命に関わる重篤な副作用を生じるのに、山際製薬はそれを隠してると言った」

 クライン。聞き覚えがあるような気がした。何だろう。判らない。頭に靄がかかっている。記憶を探ろうとすると、頭痛がする。

「副作用って、薬ってことですか」

 ジーンズのポケットにそれとなく触れる。USBメモリの感触。それには、恐らくCRFが入っている。クラインのものか。いや、角刈りの男は、誠和創薬の抗PCSK9抗体の話をしていた。

 津野田はベッドの端に腰掛けた。

「山際製薬が開発したγセクレターゼ阻害薬、脳細胞にアミロイドβが凝集するのを有意に抑制する。つまり、アルツハイマー型認知症の治療薬だ。治験番号はYМG‐0714だった」

「副作用って、隠せるものなんですか。製薬会社が隠そうとしても、医師や薬剤師が厚労省に報告するでしょ。大きな社会問題になるし、隠し通すのは無理なんじゃ……?」

 津野田は千紘を神妙な顔で見つめた。

「YМG‐0714の治験には、J‐DIANの被験者も加わっている。J‐DIANは知ってるか」

 知らないと言おうとした瞬間に記憶が蘇る。

「知っています。家族性アルツハイマー病、遺伝子が原因で、若くしてアルツハー病を発症する人たちを追跡調査するプロジェクトです」

 どこで知ったのだろう。知識が湧き出てくる。家族性アルツハイマー病は、優性遺伝だから、発症率はほぼ百パーセント。四十代から五十代で発症する。遺伝子を持つ人が判れば、発症前から経過を調査・研究できる。発症のメカニズムが解明できれば、老人性アルツハイマー病の予防や根治につなげることができるとして、研究対象になっている。

 津野田は千紘を見上げて言う。

「YМG‐0714の第Ⅲ相試験は目標症例数を千二百として始められた。全国の病院で被験者が集められただけじゃない。J‐DIANの被験者六十四名がその中に組み込まれた。第Ⅲ相試験の重篤な有害事象は十例だった。肺炎、左尿管切断、急性気管支炎、基底細胞癌、骨盤腫瘤など。いずれも被験薬との関連性はないとされた。一方で、因果関係が否定されない有害事象は、二割から三割強の割合だった。治験だから、被験者毎に投与量を変えている。有害事象の発現率は、その服用量に依存していた。無力症、嘔気、めまい、傾眠などで、投与量の多かった者も含め、いずれも処置を必要することなく改善した。つまり、危惧すべき所見は認められなかったということだ」

「なら、副作用なんてないんでしょ」

 どうしてウラル人は副作用があるなんて言ったのか。

「安全な医薬として承認された。それは確かだ。しかし、承認された医薬をどうして市販しない?」

 千紘は首を傾げる。販売されないのが、副作用の証拠だと言うつもりか。眉に唾をつけて聞かなければならない。

「医薬の開発費は膨大だ。クラインは、一千億円以上要したと思われる。山際はすぐに市販して、費用を回収したい筈だ」

 販売しなければ、一千億円を超える開発費が無駄になる。副作用はともかくとして、何か裏がありそうな気はする。津野田が問題視する理由は判った。しかし、それが一体、何だって言うのだろう。

「その薬が販売されないことと、私が襲われたことは関係ないと思いますが」

「いや、大いに関係ある。そうじゃなければ、僕と一緒に逃げる必要なんてないんだ」

 強い口調で言う。あまりにも確信あり気で、少したじろいだほどだ。千紘は、薬の知識が溢れ出る経験を度々している。以前から、それを不思議に思うと同時に、薄気味悪く思っていた。それも、襲われたことと関係あるのか。

「でも、山際製薬が販売しないからって、副作用を疑うのは、見当違いだと思います」

「そう。僕もワイズマンが間違ってるんじゃないかって思った。ところが、しばらくして、ワイズマンが再び連絡を入れてきた。重篤な副作用の証拠があるって言うんだ。それで会いに行った。彼からスマホの写真を見せられて、愕然とした」

「改竄の証拠があったんですか」

 昨夜のニュースを思い浮かべながら言う。誠和創薬が抗PCSK9抗体の治験データを改竄していたらしい。ふたり組の男は、その責任を千紘に押し付けられようとした。

「アルツハイマー病の研究では、J‐DIANに先行するものがある」

 千紘は頷いた。

「知ってます。J‐ADNIです。いまは第二段階に移ってJ‐ADNI2が実施されています」

 三百名の健忘型軽度認知障害者(МCI)と、百五十名の早期アルツハイマー病患者(AD)、それに健常者の百五十名を対象に、追跡調査を行っている。被験者は全て65歳以上。МRIやPETのスキャン画像、心理テストの回答、血液・脳脊髄液のサンプルを収集している。脳の老化についてデータを蓄積しているのだ。

 津野田は眉を寄せ、床を見つめた。

「ワイズマンに見せられたのは、パソコンの画像を写したものだった。J‐ADNI2のデータをまとめたものだ。ワイズマンはデータセンターに出入りできる立場だったらしい。J‐ADNIのデータセンターを運営しているのは製薬会社十社だからね。ワイズマンに見せられた画像に、YМG‐0714の治験の記録があった」

「え。J‐ADNI2は、データ収集しているだけです。検査指標を確立することが目的ですから。医薬の治験なんてしていない筈です」

「表向きはね。しかし、結局のところ、目指しているのは、治療薬の効果を評価する方法論を確立することだ。功を焦った教授が、プロトコールを無視して投与したのかもしれない。あるいは、公表されていないだけで、治験薬の投与は、もともとプロトコールで予定されていたのかもしれない。いずれにしろ、J‐ADNI2の被験者の内、十八名のADの人が、YМG‐0714の治験に参加していた。その十八名は全員、死亡している。脳梗塞が八名、心筋梗塞が七名、肺梗塞が三名」

 千紘は息を呑んだ。ようやく、ウラル人の危惧を理解した。

「部位は違っても、全員が梗塞で亡くなったのなら、医薬の関連を疑うべきです」

 ハッとする。最近、似た話を聞いた。一見、ばらばらに見えるが、共通する症状。ニュースだ。ウラルでシリア難民が死んでいる。強い胸の痛みを訴える人は心筋梗塞。ろれつが回らない人、言葉を理解できなくなる人、物が二重に見えたり、片方の視力が失われる人は脳梗塞。呼吸困難になって血の混じった痰を吐く人は肺梗塞。

 津野田は顔を曇らせる。

「うん。だが、その関連が判らない。J‐ADNI2は、表向きでは、医薬の効果を追跡しないことになっている。だから、J‐ADNI2の記録に、YМG‐0714のことは一切記載がない。YМG‐0714の承認申請の書類では、J‐DIANの被験者に投与したことは、触れられている。しかし、J‐ADNI2の被験者に投与したという記録はない」

「本当にJ‐ADNI2の被験者に投与されたんでしょうか」

「僕も疑った。それで、もっと詳細なことを知りたいと、ワイズマンに持ちかけた。彼は、データをプリントアウトして持ち出してくれると言った。だが、僕は軽率すぎた」

「どういうことですか」

「ワイズマンは殺された」

「え」口に手を当てる。

「新宿駅のホームに転落して、電車に撥ねられた。鉄警隊は事故として処理したが、突き落とされたんだと思う。どうしてそう思うのかって言うと、それから二週間ほどして、僕自身が標的になったからだ。

 残業で遅くなり、夜中に帰宅したとき、交差点で突き飛ばされ、自動車に撥ねられた。病院に運び込まれ、生命は取り留めたものの、脚を失った。ICUから病室に移されると、ふたりの警察官が現れた。犯人を捕まえるために、話を聞きに来たのかと思ったら違った。僕の点滴に細工して帰って行った。すぐに呼吸ができなくなった。必至でナースコールした。後、一分遅れていたら、死んでいただろう。

 その後、僕は悟ったんだ。ワイズマンは殺されたんだと。そして次は僕の番なんだって。そして、それをしようとしているのは、国家権力に違いないってね。だって、そうだろ。J‐ADNI2は国が主導する研究だ。それに、警察官が殺しに来た。国家以外の誰を疑えって言うんだ。そのまま病院にいたら、殺し損ねたことを知った警察が、いずれまた殺しに来る。逃げ出したかったけど、どうしようもできない。だって脚がないんだから。

 しかし、奇跡が起きたんだ。僕はここに転院させられた。何かの手違いだと思ったが、それに乗らない手はない。僕は素知らぬ顔で転院した。だが、手違いじゃなかったようだ」

 千紘は眼を丸くて訊く。

「どういうことですか」

 津野田は首を振った。

「シルヴァラードが仕組んだことだったんだ。転院に必要な書類を偽造したらしい」

 千紘は、自分のことのようにほっとした。津野田もシルヴァラードに助けられた。助かるためには、シルヴァラードに従うしかない。千紘も、その点に異存はなかった。既にシルヴァラードの指示に従っている。自分と同じ境遇の津野田に引き合わせてくれただけでも、ありがたい。得体の知れないものから逃げるには、同士が必要だ。

 しかし、CRFのことも、それがUSBメモリに入っているらしいことも、いまはまだ津野田に話さずにいようと思った。USBはきっと、助かるために必要なものだ。そうでなければ、シルヴァラードが持って行けとは言わない。それだけ価値があるものだ。ならば、津野田が助かりたい一心で、千紘からそれを奪い取ろうとするかもしれない。

 やがて、外に音がした。遺体配送業者が来たようだ。

「後は首尾よくやってくれ。搬送先はここだ」

 胸のポケットから紙片を取り出す。

「キャビネットにその紙きれと鍵があった。きっと、空き家だろう。シルヴァラードはそこに行けと言ってる」

 横浜市戸塚区の住所が記してあった。

「これが鍵だ」

 津野田は、トラウザーズのポケットから手を出し、掌を広げた。それを受け取る。

「搬送だけでいいって言ってくれ。葬儀は別に頼んだからって」

 津野田は横になり、布を顔に掛けた。


 背の高い樹木が囲む洋風の豪壮な邸宅だった。門柱の表札には、浅野とあった。搬送業者が、ツカダじゃないことを不審がると思った。ドキドキしながら、どんな複雑な家庭事情をでっちあげようかと思ったが、何も言われなかった。

 車を降りて、門扉の閂を外した。敷地は広く、遺体搬送車が転回するのに使ったスペースは、その内のごく一部でしかなかった。

 千紘は、準備が整うまで少し待つように業者に告げて、ひとりで家に入った。初めての家で、勝手が判らない。搬送業者に、どの部屋に運べばいいのか問われる前に、間取りを確認しておきたかった。

 玄関から廊下に上がり、電灯のスイッチを壁に探した。それらしいものが指先に触れ、押し下げると、柔らかい光がステンドグラスを嵌めた木製のドアを浮かび上がらせた。

 業者を早く帰したいから、玄関に近いに超したことはない。そう思いつつ、ドアを開ける。廊下の灯りが差し込んで、部屋の様子が判った。リビングだ。ソファがあり、マントルピースがある。とても、遺体を安置するような部屋ではない。

 ドアを閉めて、黒光りのする廊下を奥に進んだ。突き当たりに車椅子があり、その裏に襖があった。車椅子を退け、ドアを開ける。畳が敷いてあった。中に入って灯りを点ける。床の間が備わっている。ここなら使える。押入れを開けると、布団があった。急いでそれを敷いた。

 津野田が運び込まれるのを見ているときは、生きているのがばれるのじゃないかと、冷や冷やものだった。だが、津野田は立派に死体を演じた。業者は何も疑っていない様子だった。費用を支払うと、追い立てるようにして引き取ってもらった。

 業者を見送ってから、和室に戻った。津野田はまだ死体でいた。

「もう大丈夫です」

 声をかけると、顔の布をはぎ取って、むくっと起き上がった。

「廊下に車椅子があります。使いますか」

「ああ。頼む」

 車椅子に座るときだけ手を貸した。後は、手慣れた様子で車輪を転がすので、放っておくことにした。

「水が欲しいな」

 ふたりでリビングに入ると、津野田が言った。

「待っていてください」

 廊下に出て、キッチンと思しきドアを開けた。灯りを点けると、立派な木製の調理台があった。流し台は、ふたつの壁に鉤の手に設えられている。ほかの壁は重々しい食器棚で占められていた。業務用かと思うような大きな冷蔵庫もある。扉を開けてみた。中は空だ。

 千紘は流し台の前に立って、蛇口を捻った。蛇口は既に全開の状態だった。水道が止まっている。試しに、ガスホースのコックを開いて、コンロのレバーを押してみた。火は点かなかった。隅に石炭のコンロがあったので、扉を開けてみた。灰はすべて掻き出されていた。最近使った様子はない。

 リビングに戻ると、津野田の姿がなかった。窓のカーテンが揺れている。ガラス戸が開いているのだった。そこまで行き、外を見るとテラスがあった。津野田は車椅子でテラスに出ていた。千紘もテラスに出る。

「何かあるんですか」

「外の空気を吸うのは久しぶりなんだ」

 どのくらいの間、病室で息を潜めていたのだろう。

「これからは、いつだって吸えます。まだ寒いですから、身体に障ります」

「そうだな」

 千紘は津野田の車椅子を押して、リビングに戻った。水道もガスも止められていると告げると、津野田は驚いた。

「ライフラインは電気だけか。食料と一緒に水を調達するにしても、そう長くここに潜伏しているわけにはいかないかもしれない」

「どうして電気だけ生きているんでしょう」

 千紘は首を傾げる。しかし、津野田はさもありなんという様子だった。

「あれを見たまえ」

 津野田はテラスの先を指差した。直方体の箱が立っている。千紘の背丈より大きいかもしれない。

「何ですか」

「蓄電池だ。きっと、屋根にソーラーパネルがあるんだろう」

 千紘はハッとする。

「これだけ立派な家なら、ホームセキュリティがあるんじゃ?」

 津野田もハッとした様子で眼を見開いた。

「あっても不思議じゃない。電力があるのなら、稼働している」

「解除してないですよ」

 津野田は壁を見回す。

「しかし、コントローラーらしきものは、見当たらない」

「ほかの部屋かもしれません」

「しかし、いまさら解除しても手遅れだ。セキュリティ会社が来たら、誤魔化すしかあるまい」

 搬送業者のように騙されてくれるだろうか。

「表札に浅野ってありましたけど、そもそも、ここは誰の家なんですか」

「僕も知らない。何か判るものがないだろうか」

 津野田は、部屋を見回した。

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