第4話
昼時の蕎麦屋は、スーツを着た者たちで占められている。その中に混じれば、浦瀬も民間の者と見わけがつかない。ふたり掛けのテーブルの一端で、会社員と変わらぬ顔で、蒸籠の蕎麦を手繰る。
テレビはニュースを流している。
「誠和創薬が抗PCSK9抗体の開発中止を決めたものの、バーゼルファーマがプレミアム率75%で株式公開買い付けを行っているため、同社の株価は安定しています。一方、バーゼルファーマの株価はストップ安になりました。TОBが成立しても、バーゼルファーマは抗PCSK9抗体を製造販売することはできません。治験を一からやり直した場合、製造販売が承認されるまで、少なくとも十年はかかると見られています」
店員も客も、テーブルの間を忙しく行き来している。引き戸を開け閉めする音が間断ない。人込み特有のざわめきがある。それに紛れて、小杉がやって来た。浦瀬の向かいに座る。
「エアコンか」
顔を上げず、蕎麦を箸に絡めながら訊く。
「はい」
「どうだった」
「配線に細工してあったそうです。それでサーモオフが働かなかったようです」
「ホトケはどうして、そんな細工をしたのだろう」
蕎麦をすすって小杉を見る。小杉は涼しい顔で言う。
「第三者がそうしたのかもしれません」
浦瀬は苦笑した。
「そうだとしたら、一大事だ。いずれにしろ、そんなことができる人間は限られる」
「専門知識がないとできません」
「ホトケの身元は判ったのか」
「ダメです」
宿泊者名簿の住所は、存在しない所番地だった。ならば、野口清作だって嘘だ。偽名に違いない。
所持品は衣類だけだった。上下の下着に、白いシャツ、オリーブ色のトラウザーズにブラウンのセーター。それらは、ベッドに脱ぎ散らしてあった。クローゼットのハンガーには、ツイードのジャケットと黒いコートがあった。それだけだった。それらは、身に着けていたものに違いない。着替えも持たずに、宿泊したということだ。ジャケットの内ポケットには財布があった。壱萬円札が二枚、千円札が三枚。五百円硬貨が一枚、百円硬貨と拾円硬貨が四枚ずつ。クレジットカードやキャッシュカードはなかった。
「ケータイくらい、誰だって持っていそうなものだけど」
小杉が解せないという口振りで言う。ケータイの電話帳か通信記録で、身元を割り出せると思っていたのだろう。だから、ケータイを話に持ち出す。しかし、ケータイだけではない。身分が判るものを何ひとつ持っていなかった。それは不自然だ。
「どうなるんでしょう。課長は行旅死亡人で処理しろって言ってますが」
行旅死亡人――身元不明の行き倒れ。
「事件性なし、だからな」
検視官は不自然に見えることも説明がつかないわけではないとして、結局、事件性なしとした。取り敢えず、遺体は署の霊安室に安置した。行旅死亡人ならば、早急に区役所の生活支援課に連絡して、地域福祉係に引き渡さなければならない。区が火葬し、官報で公告して、遺骨の引き取り人が名乗り出るのを待つことになる。
「でも……」
箸を振り上げ、小杉を制する。
「ホトケは変な性癖を持っていた。給湯口に背中をつけ、排水口に尻をつけて風呂に入るのが好きだった。風呂から出た後は、目いっぱい暑くした部屋にいたかった。それで、最高設定温度で連続運転するよう、配線に細工をした。そういう報告書を上げろってことだろ。身元が判るものを持ち歩きたくない人間だっているさ」
「それで、いいんでしょうか」
浦瀬は、箸の先で蕎麦の切れ端を摘まもうとする。うまく摘まめない。少し苛立って言う。
「行き倒れの報告書を書きたくなきゃ、それを覆すだけのものを見つけなきゃならない」
検視官も納得しているわけではなさそうだった。ただ、捜査本部を立てるには、刑事部長を納得させなければならない。それだけの材料が出なかった。
「見つけます」
小杉は席を立った。浦瀬は箸を置き、猪口のつゆに蕎麦湯を足す。ひと口すすって、小杉の背中を眼で追った。
「いい味出してるじゃねえか」
テレビには石川総理が映っていた。
「誠和創薬の治験データ改竄は、由々しき事態です。医療に対する国民の信頼を傷つけるものです。治験のシステムに問題があるようなら、早急にこれを改め、安心を取り戻します。日本を取り戻す。それが政府の務めであることは、言うまでもありません」
茅場署に戻る前に、ビジネスホテルに寄った。部屋はとうに清掃されてしまっている。新たな手掛かりが得られる可能性はない。だが、従業員が何か思い出すかもしれない。
チェックアウトの時間は過ぎ、チェックインには早い。ロビーの照明は落とされ、薄暗かった。受付に人影はない。ベルを鳴らすと、男が現れた。ネクタイの結び目がきれいな逆三角形になっている。髪は短く刈り込み、清潔感がある。
「支配人をお呼びいたします。少々、お待ちください」
浦瀬がひと言も言わぬ内に、事務室に消えた。間もなく、支配人が出て来た。浦瀬を見て、困惑した顔をする。
「まだ、何か」
「亡くなった男について、覚えていることがあったら、話してください。どんな些細なことでも結構です」
「私は何も。お客様はチェックインされた後、部屋に入ったきりだったと思います」
「チェックインを担当したのはどなたですか」
「少々、お待ちください」
事務室に消えた。すぐに、先ほどの男を伴って出て来た。
「あなたがフロント係ですか」
「はい」
「覚えていることがあったら、話してください」
フロント係は眉を寄せ、唇を噛んだ。
「どんな些細なことでも結構です」
「それが……」
「見た目の印象とか、声のトーンとか、どんなことでも結構です」
フロント係は首を振った。
「覚えていることは、何もありません」
浦瀬は驚いてフロント係を見つめる。支配人もフロント係の言葉に驚いたようだった。眼を丸くしている。
「あなたらしくない。お客様の印象くらい、記憶してるでしょ」
支配人がきつい口調で言う。しかしフロント係は、顔を曇らせて首を振る。浦瀬は、噛んで含めるように口調を改めた。
「あなたは私を見て、すぐに支配人を呼びに行きました。私が刑事だと気づいたからでしょ」
「はい」
「前に来たとき、私はあなたと話していない。それなのに、あなたは私を覚えていた。それだけ記憶力が良い。そんな方が、宿泊客の印象を覚えていないなんてことがあるんですか」
「申し訳ありません」
フロント係は頭を下げた。
「こんな経験は初めてなんですが、まるで空気のようだったというか。とにかく、眼鼻立ちの印象だけでなく、髪型も背格好も、一切覚えてないんです」
「お会いになってるんでしょ」
フロント係は、弱り切った顔をする。
「本当に、こんなことは始めてなんです。私自身、狐につままれた気分です」
余程特徴がなかったということだろうか。浦瀬は、バスタブで見た遺体の顔を思い浮かべる。苦痛に歪んだ顔。黄土色の顔。死んで特徴のある顔になったのか。平生ならば、これといった特徴のない目立たなぬ顔をしていたのか。しかし、背格好の印象まで覚えがないというのは、どういうことだろう。
「声は? どんな感じでしたか」
「何も話しませんでした」
「予約のときは?」
「ホームページからです。電話の予約ではありません」
浦瀬は目線を上げた。防犯カメラがある。
「防犯カメラの映像を見せていただけますか」
「はい」支配人は快く承諾してくれた。「そちらのドアから、どうぞ」
浦瀬はカウンターを回って、壁のドアに向かった。ノブを引くと、事務机が並んでいた。従業員たちは、それぞれの業務に集中し、浦瀬を振り向こうともしなかった。
支配人は別のドアから入っていた。浦瀬の前に来て、腰を屈める。
「こちらにどうぞ」
支配人について部屋の奥に進む。壁際の机に17インチのディスプレーがあった。
支配人は机に覆いかぶさり、マウスをクリックする。画面にメニューバーが表示された。マウスポインターが画面を横切って、日付と時間を指定した。
すると、受け付けカウンターを俯瞰し、ホールの一部を捉えた画像に切り替わった。画面の隅で、観葉植物の葉が揺れる。しかし、それ以外に動くものはなく、静止画と変わらない。それが早送りされた。やがて、ひとりの人間がせかせかと歩いて来た。支配人は、そこで一時停止して、ジョグダイヤルを操作した。歩いて来た者が、後ろ向きに戻り、画面の外に消えた。そこから通常再生に戻った。再び人影がフレームインする。ゆっくりとカウンターに近づく。
浦瀬は画面に眼を凝らす。俯き加減の者。その表情は判らない。コートの襟に、顎を埋めるている。荷物はひとつもない。カウンターの前に立ち止まった。フロント係が出て来て、宿泊者名簿の紙片を差し出す。
「実際より、背が低く見える」
明らかにフロント係より背が低い。
「確かにそうですね。お客様を見下ろす形にならないよう、カウンターの中は一段下げています。それでも、お客様の方が低い」
先ほど会ったフロント係の背丈は、百七十センチくらいだろう。それを基準に考えると、画面の男は百六十センチ足らずだ。だが遺体の身長を測ると、百七十ニセンチだった。
「拡大できますか」
「はい」
支配人はキーボードを操作した。男の頭顔部が大きくなり、荒いピクセルの画像になる。それが補正され、鮮明なものになっていく。それでも、眼鼻立ちは判らない。フロント係が印象に残っていないと言ったのは、もっともだ。顔を上げようとしない。髪型の印象がないと言ったのも、合点がいった。黒い布で頭を覆っているのだ。
「この布は、どこに行ったんだ」
独り言つように言うと、支配人が言う。
「カーチフですか。部屋を清掃したときには、何も残っていませんでした」
支配人の言う通りだろう。私物は全て茅場署が回収した。部屋にカーチフが残っている筈はない。
全く気に入らない。魚の小骨が咽喉に刺さっているような気分だ。
浦瀬は、胸のつかえが下りないまま、署に戻った。ところどころに、第三者の介在を臭わせるものがある。敢えてそうしているのじゃないかと疑いたくなる。作為的だ。一方で、第三者を抜きにしても、それなりの説明はつけられる。
カーチフはチェックイン後に、ホトケ本人が処分したのかもしれない。背丈が低いのは、脚に痛みがあって、膝を伸ばせなかったのかもしれない。コートが長くて、映像ではそれが判らないだけのこと。
刑事課の部屋に入った途端、課長席から怒鳴り声が飛んできた。
「いつまで遺体を置いとく気だ。さっさと区に連絡して、引き取りに来てもらえ」
課長は、行旅死亡人で片付ける頭しかない。浦瀬は苦虫を噛み潰す思いで、片手を上げる。諒解の合図ではない。聞こえたと示しただけだ。鬱陶しいと思う気持ちは、簡単には隠せない。顔に出たらしい。
「何だ、その顔は」
無視して、自席に向かう。課長はぶつくさ呟いていた。聞こえない振りをして、椅子を引く。
向かいの席で、小杉が睨んでいた。浦瀬を一心に見つめている。ちらっと課長を見て、微かに顎を引く。何か話したいことがあるようだ。それも、課長には聞かせられない話。何か見付けたのか。
椅子を戻して、部屋を出る。廊下の突き当たりから、非常階段に出る。
小杉はすぐに追い付いて来た。
「どうした」
手すりに手をかけ、街並みを見下ろしながら訊ねる。
「遺体から指掌紋を採取して、検索しました」
「ヒットしたのか」
肩越しに振り向くと、神妙な顔で頷く。
「
今度は首を振る。浦瀬は眉を寄せて小杉を見つめる。指掌紋自動識別システムに登録されているのは、犯罪経歴者のものだけではない。全ての警察職員のものがある。
「同業者か」
小杉は浦瀬に身体を寄せてきた。耳元で囁く。
「公安部です。公安一課第8係。木下和馬という巡査部長です」
浦瀬は苦笑した。なるほど。課長の耳に入れられる話じゃない。公安部が茶々を入れてきたら厄介だ。そうなる前に、さっさと手離せと言うに決まってる。それならラクだが、咽喉の小骨をそのままにしておくのは、好きじゃない。
「公安部とはな。少々、厄介だ」
身分の判るものを何ひとつ持たず、身元を偽って泊ったのは、公務中だったということか。浦瀬はハッとして小杉を振り返る。
「8係?」
「はい」
7係と8係は、極左組織の活動が活発な時代につくられた。3係と4係では手が足りなくなったのだ。だが、近年は極左組織が弱体化している。8係は人員削減が進み、有名無実化していると聞く。8係が身分を隠して情報収集というのは、奇妙だ。
「8係で間違いないのか」
「はい」
「いまさら、極左もあるまい」
「ちょっと気になることがあります」
「何だ」
「宿泊者名簿の住所です。下関を選んだのはどうしてかって」
偽名を使ったのなら、住所だって当然虚偽だ。虚偽なら何処でもいい。日本中の街から下関を選んだのは何故か。理由があってもいい。
「下関について調べている内に、あることに気づきました。下関は石川総理の出身地です」
「総理なんて関係ないだろ」
「いえ。そうでもないんです。宿泊者名簿にあった番地、覚えていますか。実際には存在しない番地です」
「下関市1973‐9‐21」
「そうです。昭和48年9月21日。日本桜会議が発足した日です」
浦瀬は小杉の眼に見入った。妙なことを言い出す。しかし、小杉の眼はいたって真剣だった。
「石川総理の後ろ盾になっていると噂されている保守団体です。総理はCIRAに近い。公安部は、CIRAと繋がっていると聞きます」
浦瀬もそんな噂を耳にしている。公安部が、CIRAの下請けをさせられているというのだ。政府はCIRAを通じて、この国の全てを牛耳るつもりなのかもしれない。それならば、警視庁公安部を末端に取り込んでいても不思議はない。
しかし浦瀬は、公安部の不審死に、石川を持ち出すのは短兵急に過ぎると思う。
「野口清作をどう説明する? 会津と長州は敵対した」
小杉は口を尖らせ、首を捻った。
「総理とは無関係ってことですか」
「総理はともかくとして、公安部の不審死ってのは、きな臭い」
「でも、課長は、さっさと処理しろって言ってます」
浦瀬は舌打ちした。課長の腹は読める。検視官が事件性なしとしているのに、徒らに認知件数を増やすなということだ。茅場署は前年犯罪抑止率10%の目標を掲げている。認知件数を減らさない限り、ノルマは達成できない。
一刻も早く、確証を手に入れなければ、行旅死亡人で処理させられてしまう。そうなれば、小骨は刺さったままだ。
公安部に探りを入れたい。何か手はないか。思案しながら部屋に戻った。
「おいっ」
課長が怒鳴った。受話器を持ち、送話口に手を当てている。
「おまえたち、清澄署に行ってくれ」
息せき切って言うと、送話口から手を離し、受話口を耳に当てる。
「ふたり行かせます。浦瀬という者。もうひとりは小杉という者です」
清澄署に帳場が立ったらしい。近隣の署に応援を要請するほどのヤマだ。
小杉に背中をつつかれた。振り向くと、渋い顔をしている。
「応援に行かされたら、木下の件は手出しできなくなります」
浦瀬は舌打ちをした。課長の頭の中では、ビジネスホテルの遺体は行旅死亡人で片がついている。茅場署の刑事課は手が空いていることになっているのだ。だから、他の署に応援に行かせようとする。
浦瀬は課長席に行った。傍らで電話を切るのを待った。
「それじゃ、そういうことで、宜しくお願いします」
電話を切って、課長が見上げる。
「清澄署に帳場が立つ。うちに応援要請がきた」
「もう少し、ホテルの件を調べたいと思います」
課長は鼻梁に皺を寄せた。黒いセルフレームの眼鏡が少しずり上がる。
「何を言ってる。検視官は事件性なしだって言ったんだろ。検案書だって心筋梗塞になってる。そんなものを、どういじくり回す気だ」
「ホトケの本名が判りました。偽名で泊まっていました」
課長は、嘲るように鼻を鳴らす。
「偽名だからどうだって言うんだ。それで検視の結果が引っ繰り返るって言うのか」
「いえ」
公安部だと言ったら、どんな顔をするだろう。捜査できる可能性を残しておきたい。いまはまだ言わないほうがいい。課長は浦瀬をじっと見つめていた。その眼に気づいて、見つめ返す。すると、掌を上に向け、手招きした。
「ちょっと、耳を貸せ」
机に顔を近付ける。課長の低い声が囁く。
「清澄署の刑事課長に、公安部からひっきりなしに電話があるらしい」
驚いて顔を上げる。課長の顔をまじまじと見る。
「公安部が? どうして」
「遺体を引き取りたがってるそうだ」
浦瀬は、もう一度、机に顔を近付ける。
「ホテルのホトケは公安部の者です」
今度は課長が驚く番だった。眼を丸くした。
「確かなのか」
「小杉が指掌紋を検索しました」
課長は呆気に取られた顔で浦瀬を見つめる。公安部とふたつの事件。関連について考えを巡らせているのか。しかし、すぐに口を歪めた。
「指紋なんか調べる前に、さっさと区役所に押し付けちまえば良かったんだ」
不愉快気に言った。
清澄署の講堂には戒名が掲げられていた。「清澄二丁目マンション警察官二名殺害事件」
被害者は警察官。それも二名。被疑者を追って、逆襲されたのか。訝りながら、受付の長机に向かう。所属と氏名を名乗り、警察手帳を見せた。受付担当者は、出席者名簿と照らし合わせて入室を許可した。
既に粗方の席が埋まっていた。小杉と並んで、最後列に座った。
「公安部が関心持ってるって、どういうことなんでしょう」
小杉が身体を寄せ、囁く。小杉の声で、前席に座る者が振り向いた。小声で言う。
「ガイシャが公安部の者らしい」
「こっちもかよ」
浦瀬が言うと、前席の者は訝しげに眉を寄せた。説明を求めるように浦瀬に見入る。
「いや、何でもない」
相手は解せない様子だったが、姿勢を元に戻した。
捜査会議の開始予定時刻の十九時までに、幹部たちを含めて全員が揃っていた。会議は、一課長が捜査本部の陣容を説明して始まった。
まず、清澄署が事件の概要を説明した。新海千紘というスーパーのレジ係が無断欠勤した。連絡が取れず、不審に思った店長が様子を見に行った。鍵は掛かっていなかった。ドアを開けて、中を覗き込むと、ふたりの男が死んでいた。
「特筆すべきは、その殺害方法です。ひとりは歯ブラシを眼球に挿し込まれ、もうひとりは首に注射させれらていました。何らかの薬物を投与されたものと思われます。薬物については、司法解剖で明らかにします」
小杉が身体を寄せて囁く。
「こっちは明らかな殺しですね、しかもプロだ」
清澄署が現状、把握していることを順に報告していく。ふたりの被害者は警察手帳を持っていた。ホログラムが貼られており、すぐにレプリカではないことが判った。現役警察官がふたりも殺害された事実に、清澄署の強行犯係も捜一の機動捜査隊も、色めき立った。手帳の証票番号から、所属先が割れた。
「公安部外事第一課第三係の者、二名。ひとりは宝田圭二警部補、48歳。もうひとりは清宮優巡査部長、31歳。所属課から、両名とも、ロシア、東欧圏の情報収集に携わっていたものと思われます」
別の捜査員が立ち上がった。
「死亡推定時刻は、昨夜零時から二時。先ほど申し上げました通り、このマンションに住んでいたのは、新海千紘。28歳の女です。外事課が、どうして深夜にその部屋に行ったのか、あちらさんは一切、情報提供する気はないようです」
管理官がテーブルに肘を衝き、両手を組み合わせた。一同、固唾を呑んで、管理官を見つめる。
「公安部から話があった。刑事部に手に負える案件じゃないから、手を引けと言ってる。遺体の引き取りまで要求してきた」
どよめきが起こった。捜査員たちの反応に、管理官は満足げに笑みを零す。片手を挙げて、どよめきを鎮めた。
「公安部の好きにはさせない。刑事部のメンツにかけて、ホシを挙げる」
「はい」一同が応える。
管理官はよく透る声で言った。
「重要参考人として、新海千紘を追う」
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