#19温泉という癒し
僕達はルミナスさんにからかわれながらも、ドラゴニス夫妻おすすめの”温泉”へと向かう。
まさかこの世界にも”温泉”という素晴らしい文化がある事に僕は驚いてしまった。
心身の疲れを感じた時は命の湯に浸かって癒される。どの世界に行ってもそれは共通認識だという事か。何だか一気に親近感が湧いて来た。
「ジャバルさん、この世界にも”温泉”ってあるんですね」
「”温泉”という文化が生まれたのもここ最近の出来事です。昔とある転生者様が心と体の疲れを取るには”温泉”が必要だと言って作って下さり、それから”温泉”という文化がこの世界に浸透したのです。」
「そうだったんですね。僕の元いた世界でも疲れた時には温泉によく入っていました。なのでこの世界に温泉があると聞いて正直ビックリしましたけど、一気に親近感も湧いちゃって嬉しくなりました。誘って頂いてありがとうございます。」
「いえ、私もルミナのあんな楽しそうにしている姿を見るのも久々で嬉しく思います。ですのでお礼を言うのはこちらの方でございます。」
ジャバルさんはそう言うと軽く頭を下げる。
紳士な上にどこまでも人格者な人だと僕は改めて感心してしまった。
「さぁ〜”温泉”に着いたよ〜!!この街の名物”命の湯”です!!」
「おぉ〜!!」
外観は和風な作りになっており、元居た世界にある”温泉”をそのままイメージさせる作りになっていた。異世界に転生したというのに日本に帰って来た気分になる。それ程”温泉”というのは日本人の文化に浸透しているという事だろう。
「じゃ〜ここからは男女別々で!上がったら”休憩の間”に集合ね!」
「分かりました!また後でねマーガレット。」
「はい!ハルト様。」
「ハルトく〜ん、覗いたりしたらダメよぉ〜?」
「しませんてば!!」
マーガレットの方を見るとほんのりだが頬が赤くなっている。
ルミナさんは僕を見るなりニヤリと笑いながらマーガレットと女湯へと入って行った。
きっとこの状況を1人で楽しんでいるに違いない。
「さぁ、私たちも行きましょうかハルト様」
「そうですね、早く湯に浸かって癒してもらいましょう…」
ジャバルさんと僕も男湯へと向かった。
◇
男湯の中に入るとこの時間帯にしては人もそこそこ入っていた。
システムは元いた世界と同じで、受付で料金を支払った後にロッカーの鍵を貰って入るシステムになっていて、ちゃんと身体を洗ってから入浴する事、湯船の中にタオルを入れない、泳がないがルールだそうだ。どこまでも日本の温泉のルールに沿って作られている。素晴らしい。しかもジャバルさんがタオルや着替えの浴衣まで用意してくれて何から何まで至利尽せりで感謝しかない。ありがとうございますジャバルさん。
自分のロッカーを見つけると服を脱ぎタオルを腰に巻いて鍵を閉める。準備を終えて隣にいるジャバルさんの方を見て見ると、度肝を抜かれてしまった。
僕の中でジャバルさんのイメージは長身でスラッとしたイメージだったが、服を脱いだら全くの別人だった。大きな胸板に男性が憧れるシックスパックの腹筋、それに古傷が多々見受けられた。
「ジャバルさん凄く鍛えられてるんですね」
「いくつになっても若さを保っていたい…そう思いまして時間を見つけては鍛錬しております。よろしければ今度ご一緒にいかがですか?」
いくつになっても若さを保っていたいか…。
昔じーちゃんも似たような事を言っていた気がする。いつまでもばーちゃんにカッコよく見られたいからって、時間見つけたはこっそりトレーニングしてたっけ。懐かしいな。
「僕でもジャバルさんみたいなマッチョになれますかね?」
「はい。私がみっちりと鍛えて差し上げます」
優しく微笑んだジャバルさんの顔にどこか恐怖を感じてしまった。
意外とこう見えて体育会系なのかもしれない…。
「おっ…お手柔らかに…」
「えぇ、もちろん」
これはみっちりとしごかれるパターンだ。
◇
その後、僕とジャバルさんは身体を綺麗にして念願の温泉へと入浴した。
中に入ってみると温泉の種類も豊富で、日本でも見かける電気風呂にサウナに水風呂、それに露天風呂まであった。そして僕とジャバルさんが今入っているのはこの温泉の名物”命の湯”だ。
「生き返りますな〜…ハルト様」
「はい…心も体も癒されます…温泉って素晴らしいですね〜」
「同感でございます」
しばらく”命の湯”に浸かった後は、気になっていた電気風呂にジャバルさんと入った。
電気風呂は湯の中に仕切りがあり個別で浸かる事が出来る様になっていて、奥の方に進むにつれて電気の強さが増して行く。
「これまた効きますな〜。」
ジャバルさんは電気が1番強い奥の方まで行くと腰をメインに電気を当てている。
僕は奥まで行く勇気は出ず中間辺りで程よく電気風呂を味わいつつ、ふとある事に疑問を抱いた。それはこの世界の科学技術についてだ。この温泉の電気風呂や街の街灯など、元居た世界で当たり前の光景だったからこそ最初は気にならなかったが、外をよく見て見ると電柱や発電施設のようなものは見当たらない。もしや異世界特有の魔法か何かで電気を送っているのだろうか?僕はその疑問をジャバルさんに聞いてみる事にした。
「ジャバルさん、1つ聞いてもよろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「この世界の科学技術というか…この電気風呂だったり街の街灯の仕組みはどうなっているのでしょうか?僕の居た世界の仕組みとは違っていて少し気になったもので…」
「この世界には”原石”別名”ローシュタイン”と呼ばれる鉱石があります。そのままでは何も使い道がありませんが、その原石に”炎”や”水”、”雷”といった魔力を注入する事でそれぞれの特性を持った原石を作る事が出来ます。その原石を”原石活用増幅装置”に取り付けて、後は用途に合わせた術式をその装置に組み込む事によって街の街灯だったり、この電気風呂や料理をする際に使用する火などに用いる事が出来るのです。」
なるほど。魔法が存在する異世界特有の科学技術というわけか。
今度どういった物か見せてもらう事にしよう。メカニズムや構造が分かれば、クリエイティブを使って色々と活用する事が出来るかもしれない。
「そんな技術があるんですね、僕の居た世界とは違い過ぎて驚きました。教えてくれてありがとうございます。」
「いえ。また何か気になる事がありましたら気軽に質問して下さい。私でお答え出来る範囲の事でしたらお答えしますので。」
それからしばらく電気風呂を堪能した後は、待ちに待った露天風呂へと向かった。
露天風呂は風情のある作りになっていて、露天風呂からはこの街が見渡せる作りになっていた。街も静まり返っている事もあり、しんみりと灯っている街の街灯がどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
ちなみに男湯と女湯は隣合わせで間には高い仕切りで覆われており、隣からはマーガレットとルミナさんの楽しそうにしている会話も聞こえて来る。
「マーガレット様とルミナも楽しそうですな。」
「そうですね〜、マーガレットも楽しそうで僕もなによりです」
温泉に入ってほんのり頬が赤くなっているジャバルさんが口を開く。
どうやらルミナさんが楽しそうにしている様子が伺えてジャバルさんも嬉しいようだ。
「ところでハルト様、今後のご予定はあるのですか?」
「そうですね…、本当はドリュアス森林を抜けた先にある”商業都市イスタリアム”に最初は向かおうと思っていたんです。」
「イスタリアムにですか?」
「はい、採取したマテ…鉱石を換金して資金の確保と、この世界の事を何も知らなかったので情報収集をしに行ってみようと思っていました。」
「そうでしたか…”商業都市イスタリアム”私も昔行った事があります。だいぶ前ですが…。」
「そうなんですか?」
「はい、私も珍しい鉱石や素材を集めて各地を旅していた時期がございまして、その時に何度かお邪魔させて頂きました。華やかな街並みで商人や冒険者などたくさんの方が訪れておりとても賑わっていた印象でした。」
「旅って事は、ジャバルさんも冒険者か何かされていたんですか?」
僕の質問にジャバルさんは少し間を置いて答えてくれた。
「もうだいぶ昔の話しですが…私も以前、ある転生者様と冒険者をやっておりました。」
「その転生者って…まさか?」
「はい。お察しの通りこの”幻影の指輪”を私に下さった転生者様です。私は珍しい鉱石や植物に魔物の素材を集めるのが好きで、昔はそれらを求めて1人の冒険者として旅をしておりました。ですが貴重な素材を手に入れたいが為に1人で”魔の森”と呼ばれる場所に行った時に、強力なモンスターに襲われてしまい死にかけた事がありました。死を覚悟した瞬間、その転生者様が助けて下さったんです。それがきっかけで、私は転生者様達と一緒に冒険をするようになったというわけでございます。」
今ではこんなに紳士でダンディズムになって頼もしいジャバルさんにも、そんな過去があったとは意外だった。今の肉体を持ってすれば強力なモンスターなど一発で仕留めてしまいそうなものだけど…。
「そうだったんですね…今のジャバルさんを見たら想像も出来ませんね、モンスターとか一発で仕留めちゃいそうなものですけど。」
「ただの見掛け倒しですよ。でも…」
「でも?」
「いつどんな時でも愛した人は守れるような自分でいたい。そう思って日々精進しております。」
ジャバルさんはルミナさんの事が本当に大事に思っているんだと、その一言で痛感させられてしまった。もし僕の大切な人が危険な目に遭った時、僕は身を挺して守れる事はできるだろうか…?そうなった時の事を考えると不安が込み上げて来た。
「ジャバルさん、さっき誘って頂いた件ですが改めて…」
「もちろん、大丈夫ですよ。それに”ドリュアス森林”は以前と変わってしまって、今ではモンスターも出没するようになりました。マーガレット様もルミナに料理を教わりたいと言っていましたし、ハルト様には私の手伝いと修行も兼ねてしばらくの間家で過ごすというのはどうでしょうか?備えあれば憂いなしと言うやつでございます。」
ジャバルさんは僕が伝えたい事を察して最後まで伝えきる前に承諾してくれた上に、素晴らしい提案までしてくれた。本当に優しい人だ。
それに今の状態のまま”ドリュアス森林”に行ってしまったら、マーガレットに迷惑をかけてしまうだけだ。今後の事も考えてクリエイティブの能力向上も含めジャバルさんに色々と教わっておこう。
「ありがとうございます。ジャバルさんご指導よろしくお願いします!」
「いえ、これくらいお安い御用です。」
それからはお互いにサウナや他の湯を満喫して、僕とジャバルさんはその場を後にする。
休憩の間に到着すると、そこには温泉から上がって寛いでいる人が何人か見受けられた。
驚いた事に休憩の間は畳の部屋になっており中には掘りごたつも何箇所かあり、皆それぞれ休憩の間で思いのままに団欒している。
「ジャバルさんこれってもしかして…」
「はい、これも転生者の受け売りでございます。」
やはりそうだったか…。
どこまでも本場を追求した温泉を広めた転生者に僕は敬意を評した。
「それではハルト様、マーガレットとルミナが来るまで、こちらの間で寛いでおきましょう。」
「そうですね。」
それからしばらく休憩の間で寛いでいると、
温泉からマーガレットとルミナさんが上がって来た。
「2人ともお待たせぇ〜」
呼びかけるルミナさんの方を見ると、そこには浴衣を着たマーガレットの姿があった。
普段は青いフード付きの膝丈くらいまである純白のワンピースを着ているのだが、今のマーガレットは白をベースに桜のような刺繍が入った浴衣を着ており、髪は頭の上でお団子にしていた。温泉から上がったばかりだからか分からないが、マーガレットの肌は少し紅色に火照っていた。
「おっ…お待たせしましたハルト様…」
「お帰り…マーガレット…」
互いに意識してし会話が続かず沈黙が続く。
それを見たルミナさんがしらを切らして、ニヤニヤと悪い表情をしながら僕にこう言った。
「ハルトく〜ん、マーガレットちゃんに何か言う事あるんじゃないの〜?」
マーガレットはルミナさんの言った言葉を意識したのか浴衣の裾で顔を半分隠した。
その姿に照れてしまっている僕の背中を、ジャバルさんがそっと優しく後押ししてくれた。
「浴衣…似合ってる…。可愛いよマーガレット…。」
「あっ…ありがとうござい…ます。ハルトさんも似合ってます…。」
淡い雰囲気がその場を包み込み、
僕達は見つめ合っては目を逸らし甘酸っぱい時を過ごした。
「私達にもあんな時期があったよね〜…懐かしいね、ジャバル。」
「そうですね…ルミナ。」
ドラゴニス夫妻はこっそりと手を繋ぎ、
そんな僕達を見ては当時の淡い記憶の思い出に浸っていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます