#20交わした約束

温泉を上がった後のお楽しみと言えば、火照った体にキンキンに冷えた”コーヒー牛乳”や”牛乳”、それにミックスジュースを飲む事だ。それを楽しみの1つとして温泉に入ると言っても過言では無い!!ちなみに僕が湯上りに飲むのは”コーヒー牛乳”一択。


そして今、僕の手にはキンキンに冷えた”モウモウコフィン”と呼ばれている飲み物がある。

ジャバルさんの話によると、これも温泉を広めた転生者の受け入りらしくコーヒー牛乳やミックスジュースの代わりになる物をあちこち探し求めたとかなんとか…。どこまでも日本の温泉を忠実に再現しようとするプロフェッショナルな姿勢に僕は改めて尊敬する。

ちなみに”モウモウコフィン”とは元居た世界で言うところの”コーヒー牛乳”みたいな物で、

”モウモウ”が”牛”、”コフィン”が”コーヒー”…ちなみに”牛乳”は元居た世界と同じでミルク”と呼ばれているらしく共通な事にどこか嬉しさを感じる。

リゴスの甘味水もそうだが、名前を聞いただけである程度予想が出来てしまう分感動は半減してしまうのが悩みだ。



「さぁ、ハルト様グイッといっちゃって下さい!!」


「それじゃあ…」



僕はマーガレットに見守られながら腰に片手を当て”モウモウコフィン”を豪快に飲み始める。




……


………


…………



「!!!」




脳内に衝撃が走る。

これは間違いなくコーヒー牛乳だ!しかし僕の知っているコーヒー牛乳とは一味も二味も違う。飲んだ瞬間に口の中に広がるコーヒーに似た香り…。ほのかに苦味を感じるがそれもアクセントになっており、ミルクのマイルドさと上手い具合に調和して見事なハーモニーを奏でている。僕はその衝撃の美味しさに感動して言葉が出なかった。まさにデリシャス。



「お口に合いませんでしたか?ハルト様?」



マーガレットが少し不安げに僕の顔を覗き込んで来る。



「ごっ…ごめん、あまりの美味しさに感動しちゃって…。」


「良かった〜、それにしてもそんなにモウモウコフィンが美味しかったんですね!良い飲みっぷりでした!!」


「うん。僕の居た世界にもこれに似た飲み物があってよく飲んでいたんだけど、その飲み物に味が似ていてビックリしちゃって…。マーガレットは何を飲んでるの?」


「私はもちろん!”カンミック水”です!!」



予想的中。やはりマーガレットの中で甘味水は孤高の飲み物らしい。

彼女の中にそれ以外の選択肢はそもそも無いのだろう。

マーガレットの甘味水に対する計り知れない愛の大きさを実感した僕であった。



「お〜い2人とも!そろそろ家に帰ろうか。」


「は〜い!行きましょうかハルト様!」



僕達は温泉を後にしてドラゴニス夫妻の家へと帰ったのだった。





家に着くとルミナさんから『マーガレットちゃんの事は頼んだよ〜』と意味深な発言を残して、

ジャバルさんと一緒に僕達2人がお世話になる部屋の反対側の部屋へと入って行った。

相変わらず意識させるような事を言ってくるルミナさんに僕は頭を抱える。やれやれだ。



………




去り際のルミナさんのあの一言のおかげで、お互いに意識してしまい微妙な距離を保ちながら部屋の中で沈黙が続いた。何か会話をしなければと脳内で何か話題を作ろうとするが、考えれば考えるほど慌てるだけで何も話題が思いつかない…。どうしたものか…。

1人であたふたしている中で、最初に沈黙を破ったのは意外にもマーガレットだった。



「そっ…そろそろ寝ましょうか…。もう遅いですし…。」



少しぎこちない口調でそう言うとマーガレットはシーツをまくり上げ、ベットの右側の方へと腰を下ろし背を向けて横になる。緊張しているのかベットに横たわっているマーガレットの後ろ姿は僕の目には小さく写った。



「そうだね…そろそろ寝ようか…。」



僕も少し緊張しながらベットに腰を下ろしマーガレットに背を向けて横になった。

マーガレットとの距離は拳1つ分くらいで、すぐに手を伸ばせば触れられる距離に居る。

背中越しに感じるマーガレットの体温にもう触れてしまっているんじゃないかと錯覚してしまう自分がいた。



………



互いの吐息だけがこの部屋の中に響き渡る。



……


………



「ハルト様…起きてますか?」



眠りに付けないのだろうか?

マーガレットは少し弱々しい小さな口調で僕に話しかけて来た。



「起きてるよマーガレット。」


「1つお願いがあるのですが…」


「お願いって?」



するとマーガレットは僕の返答に答える前に僕の手を取りに力強く握って来た。

あまりの突然の出来事にとっさに振り返るとマーガレットは少し涙ぐみながらこちらを見ていた。

カーテンの隙間から差し込む月の光に照らせれているせいか、涙ぐんでいるオッドアイの瞳はいつも以上に輝いて見える。



「迷惑…ですか?」



握った手は少し震えておりマーガレットの表情はどこか不安げだった。



「迷惑じゃないよ。それに手が少し震えてる…表情も少し不安そうな顔をしてるけど…何か心配事?」



僕はマーガレットの震えている手を両手で優しく包み込んだ。

できるだけ優しく少しでもその震えが止まるようにと願いを込めて。



「ありがとうございますハルト様…。」



マーガレットはもう片方の手を僕の両手に添える。

それから少ししてマーガレットは自分が不安に思っている事を僕に話してくれた。



「手を握っていないとハルト様がどこか行ってしまうような気がして…不安になってしまったんです…。私の知らないどこか遠くに…1人で…。」


「マーガレット…」



マーガレットはそれ以上多くは語らなかった。

自分の胸の内にある気持ちを伝える事ができて少しだけ肩の荷が降りたのか、オッドアイの瞳から涙が少しだけ頬を辿ってベットの方へと流れ落ちて行った。僕はマーガレットの瞳から流れる涙を拭うとマーガレットの目を見て優しく語りかけた。



「僕はどこにも行かないよ、ずっとマーガレットの側にいるか心配しないで。約束するから。」


「ハルト様…」



マーガレットはその言葉を聞いて安心したのか、

僕の手を握ったまま瞳を閉じてそのまま眠りへとついた。



「おやすみ、マーガレット。」



僕はマーガレットにおやすみを告げて、

彼女の手を優しく握りながら自身も眠りへとついたのだった。







ん…。



身体が重い……もう朝…か?



まだ眠たいと訴えかけている目を擦りながらカーテンの方に目線を送ると、

カーテンの隙間から差し込む日の光に照らされて僕はようやく朝を迎えたんだと実感する。

それにしても身体が重すぎる。昨日は温泉にも入って癒されたはずなのにどうして身体がこんなに重いんだ?まだ疲れも完全に取れて無いのだろうか…?とりあえず顔でも洗って目を覚そう。そう思いベットから起きようとした瞬間、僕はある事に気付いて眠気が一気に吹き飛んでしまった。



「なっ…!?」



シーツを慌ててめくると、そこには浴衣がはだけて純ぱくの肌が露出しているマーガレットの姿があった。

しかも僕の右腕の中に入り込んでおり抱き枕と勘違いしてるのか身体を密着させている。寝起きでこの状況が続いてしまえば確実にヤバイ…。理性が保てない…。

この世のものとは思えない程の柔らかさと心地とさに心を奪われそうになってしまう自分がいた。せっかくの異世界イベントが発生して本来なら喜ばしい事なのだが…自分自身の理性を保つためにも僕は心を鬼にしてマーガレットを起こす事に決めた!!



グッバイ僕の異世界イベント…。



「マッ…マーガレット!!起きて!!朝だよ!!!」


「ん〜…」



何度か呼びかけてもマーガレットが起きる気配が無い。

身体をさすって起こしてみたが、さすればさする程に密着しているマーガレットの身体の柔らかさが伝わって来てしまう。エマージェンシー!!



「マーガレット〜!!起きてくれ〜!!!」



必死に1人でもがいているとドアのノックが鳴りルミナさんの声が聞こえて来た。



「2人とも〜起きてる〜??」


「!!」



ヤバイ!ルミナさんの事だからこのまま返事をしないのも逆に怪しまれてしまう…。

ここは平常心を装いしっかりと対応して、このご褒美のような危機的状況を乗り切るしかない…。



「あっ、おはようございます!!ルミナさん!今起きた…」



”バタン!!”



ルミナさんは最後まで僕の話を聞かずに部屋のドアを勢いよく開けると、

僕に抱きつきながら寝ているマーガレットに目をやると僕の顔を見てはニヤニヤと悪い表情を浮かべた。



「あら〜お取り込み中だったかしら?ハルト君こう見えて積極的なのね〜」


「なっ!?いや!!これは誤解です!!!」



僕はルミナさんに必死に弁解するあまり勢いよくベットから起き上がると、

マーガレットの手が自身の浴衣に引っかかってしまい上半身がはだけてしまった。

勢いよく起き上がったせいかマーガレットは体制を崩してベットの上で仰向けの状態になり、さっきよりも浴衣から肌が露出して無防備な状態になってしまった。



「ん〜」



さっきの反動で目が覚めたのかマーガレットは目を擦りながらゆっくりとベットの上に起き上がる。そして僕の顔を見るなりマーガレットは抱きついて来た。



「ハルト様〜おはようございます…昨日はありがとうございました…。おかげでぐっすりと寝る事が出来ました…。」



マーガレットさん!!今の状況でその発言と行動は誤解を生んでしまいます!!

恐る恐るルミナさんの方に目をやると、さっき以上にニヤニヤとしながら僕を見ていた。

これは完全に誤解されてしまった…。今ルミナさんに何を言っても見苦しい言い訳にしか聞こえないだろう。オワタ…。



「朝からお熱いね〜、さぁ顔を洗って歯を磨いたらリビングにおいで!みんなで朝ごはんを食べるよ〜」



ルミナさんはそう言うと手に持っていた服をソファーに置きドアを閉めてリビングへと戻って行った。

僕は抱きついているマーガレットから何とか離れてソファーの方へと向かうと、そこには僕とマーガレットが着ていた服が丁寧に畳まれて置いてあった。

洗濯までしてくれたのかその服からはほのかに甘い香りがしてシワも無く綺麗になっていた。



「ルミナさん…」



ルミナさんが持って来てくれた服を手に取ると服はまだほんのりと暖かく、

その暖かさからルミナさんの優しさが伝わって来た。



「ハルト様〜、何をされてるんですか?」



ようやく目が覚めたのかマーガレットもベットから起き上がって来た。

僕はマーガレットにルミナさんの優しさが詰まった服を渡す。



「ルミナさんが洗濯してくれたみたい。昨日出会った僕達にここまで優しくしてくれるなんて本当に良い人達だよね。」


「はい。至利尽せりで本当にドラゴニス夫妻には感謝しかありません。」


「今度2人に何かお礼をしようか!」


「はい!」



僕とマーガレットはドラゴニス夫妻へ感謝しつつ、

それぞれ身支度を済ませてリビングへと向かったのだった。

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