第25話:天然痘
教会歴五六二年四月(十三歳)
「レオナルド、ロアマ人に酷い病が流行っている。
分家や戦士達はロアマ人の呪いだと言っている。
気の荒い連中はロアマ人を皆殺しにすべきだと息巻いている。
これが以前言っていた疫病という奴なのか」
「その通りです、父上、これが以前申し上げていた疫病という奴です。
中には我らランゴバルド人にもうつる恐ろしい疫病もあります。
ですが、今回の疫病は大丈夫です。
この疫病は我ら騎馬民族にはうつりません。
まだ守りの力を得ていない小さい子供は心配ですが、馬の世話をしている者は馬から護りの力を得ていますから、大丈夫です」
俺がこの世界に転生して心配した事の一つに疫病があった。
元の世界には天然痘、麻疹、赤痢、コレラ、インフルエンザ、癩、結核、梅毒など治療不可能な疫病が数多くあった。
この世界にも同じような病があるかもしれないと警戒していたのだ。
そして案の定、この世界には地球が撲滅したはずの天然痘があった。
だが騎馬民族は家畜の世話をしているので、家畜から天然痘の免疫を得ている。
特に馬を大切にしている騎馬民族は、馬から天然痘の免疫を得ているはずだ。
智徳平八郎の知識から判断した事だが、この世界に転生してから世話した馬の中に天然痘に罹患したことのある馬がいた。
前世でジェンダーが始めた種痘の予防接種だが、長らく牛から得た痘苗だと思われていたが、実は馬から得られた痘苗なのだ。
「だがそれでは幼い子供達が危険ではないか。
子供を護るために親達がロアマ人を皆殺しにしかねないぞ。
レオナルドはロアマ人の力を活用する気なのであろう。
何か方法はないのか、我が氏族だけの事ではないぞ、王や他の氏族が暴走してロアマ人を皆殺しにするかもしれないのだぞ」
何も方法がないわけではない。
他の疫病の特効薬やワクチンを作れと言われたら、かなり厳しい。
政治や軍事を放り出して抗生物質などの製薬に専念しなければできない。
だが天然痘ならば、他の病気ほどの手間はいらない。
前世ほど安全な方法ではないが、初期の種痘法ならば直ぐにでもやれる。
他の病気の感染リスクを無視すれば、即座にやれるのだ。
「では今直ぐできる事からお伝えしましょう。
疫病に感染しているロアマ人の膿や瘡蓋を乾燥させて、健康なロアマ人に鼻から吸い込ませてください。
そうすれば今まで五割くらいのロアマ人が死んでいたのが、二分くらいにまで減らす事ができるでしょう」
「五割、二分、どういう意味だ、レオナルド」
「ロアマ人が百人病気になったら五十人死んでいたのを、二人くらいにまで減らせる事です、父上」
「それは、劇的に減らす事ができるな。
よし、健康なロアマ人奴隷に命じてやらせよう。
だが分家や戦士はどうする。
あいつらに病気のロアマ人からとって乾燥させた膿や瘡蓋を子供達に吸い込ませろと言っても、絶対に言う事を聞かないぞ」
「それは大丈夫です、父上。
分家や戦士の子供に使う種痘は馬か牛から集めます。
我が氏族が持つ牛と馬を全て集結させてください。
特に病気の牛馬を集めさせてください」
「病気の牛馬だけを集めるのか、レオナルド」
「いえ、全牛馬を集めさせたいのですが、分家や戦士の中には病気の牛馬や弱った牛馬を連れてこないものがいるかもしれませんから、特に言っただけです」
「ふむ、全ての牛馬を集めるのが大切なのだな」
「はい、そうです、父上」
歴史的な経過から考えれば、子牛の皮膚から種苗を集めるのが一番だろう。
問題は牛天然痘に罹患している子牛を見つけられるかだ。
いや、子牛に限った話ではない。
成牛でも馬でも構わないから、天然痘罹患歴のある牛馬を探し出すのだ。
とにかく副作用の死ぬ確率の低い種苗を集める事が最優先だ。
それと、種痘法に使う使い捨ての二又針を大量生産しなければいけない。
今は無理だが、ロアマ人労働力を確保するために生産しておく必要がある。
それにこのままストレーザ公国が都市内で繁栄すれば、我ら氏族が直接牛馬に接しなくなる可能性もある。
地位の高い者ほど牛馬の世話を従属民や奴隷にやらせるようになるかもしれない。
そんな事になったら、自然に牛馬から免疫を得ることができなくなってしまう。
その時の為にも、種痘法を施術できる医師を育てなければいけない。
このまま俺が全てをやってしまったら、俺が不慮の事故で死ぬような事があれば、牛痘法と馬痘法を使える者がいなくなってしまう。
俺が死んだ後に残るのは、人痘法を施術できるロアマ人だけという事になる。
軍事であれ医術であれ、生死の鍵を他民族に委ねる訳にはいかない。
俺が智徳平八郎時代に学んだ接種法は四つある。
一つ目は天然痘患者の衣服を予防する者に着せて空気感染を狙う痘衣種法。
二つ目は天然痘患者の瘡蓋を溶液化してから予防する者に感染させる水苗種法。
三つ目は天然痘患者の瘡蓋を細かく砕いてから予防する者に感染させる旱苗種法。
四つ目は天然痘患者の膿汁を予防する者に感染させる痘漿種法。
二つ目から四つ目は鼻から吸引させる鼻種法なので、針を必要としない。
「父上、私が殺されたり事故死したりした場合、神から啓示された知識や技術が失われてしまいます。
そのような事になったら、このような非常時に対応できなくなります。
父上が心から信頼する者に私の知識の一部を伝えておきたいのです。
今回は疫病に対する知識を伝える心算ですので、誰か推薦してください」
「分かった、ならば人数が多い方がいいな。
家畜の病気に詳しい者や氏族内で医師をしている者を集めよう」
「ありがとうございます、父上。
それと、これもとても大切な事なのですが、私の知識や技術をランゴバルド人の神から与えられたモノとして国王陛下に伝えましょう」
「ふむ、レオナルドの知識や技術は、人が息をする事や歩く事を教えられずにできるのと同じで、自然なモノだと言っていなかったか」
「はい、そう言っていましたが、もうそのような話しは通用しないと思います。
今回の件で、私の知識と技術を欲しがる者が雲霞の如く湧いてくる事でしょう。
この疫病からロアマ人を救ったら、ロアマ帝国が本気で私の拉致を企みます。
ロアマ帝国が私を奪いに来るだけならまだいいのですが、王や氏族長達が私の事を邪魔だと思い、繰り返し刺客を放つかもしれません」
「ふむ、確かにそのような事になったら困るな」
「はい、それを防ぐために、神の使い、予言者と名乗るのです。
名乗る事で王や氏族長の攻撃を多少は避けられます。
ロアマ帝国の方も、他の神の予言者を名乗る私を排除しようとする教会ともめて、一丸となっての行動ができなくなります」
「ふっ、教会とは愚かで身勝手なモノだな。
ロアマ人の命を救ってくれる者でも、他の神を信じる者は受け入れられないか」
「はい、自分達が信じる神以外は悪魔と言って滅ぼし、神の下に人は平等と言いながら、他の神の信徒達を平気で奴隷にする。
愚かで欲深い最低の者達が教会の連中ですから」
「分かった、国王陛下や氏族長達には、レオナルドにランゴバルド人の神からの啓示があり、疫病からランゴバルドを救う方法が伝えられたと宣言しよう」
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