第24話:塩水湖
教会歴五六二年三月(十三歳)
「いいか、お前達、ここでもマッジョーレ湖と同じ事をやってもらうからな」
「「「「「はい」」」」」
俺はナポリ周辺を完全に支配下に置くことに成功した。
五万の奴隷徒士兵を擁する俺に敵対する氏族はいなかった。
支配下に置いた領地をどう開発するかを決めるために、あちらこちら視察した。
そこで発見したのは塩田開発に都合のいい砂浜だけではなかった。
汽水湖と呼ばれる海水と淡水が混じり合った湖や、完全に海水が満ちた湖を発見する事ができたのだ。
だから急いでマッジョーレ湖で淡水真珠養殖を教えていた奴隷の半数を呼び寄せ、ナポリ周辺でも真珠養殖を始める事にしたのだ。
これが砂浜の沖合や港の入り江だけだったら、真珠養殖などやらせない。
この世界の技術では、海で安全に真珠養殖などできない。
海水に腐食しない金属もないし、確実に海に浮かせる筏を作ることもできない。
風雨にさらされた母貝がどこに流されていくか分からず、母貝を確実に確保しておくことが不可能なのだ。
だが湖なら、多少流されることがあっても、湖底に沈む事があっても、湖の外に流されることのないので安心して真珠を養殖する事ができる。
フサロ湖、アヴェルヌス湖、ルクリーノ湖、ミセノ湖などでも真珠養殖を始める事ができたら、我が国は莫大な資金源を手に入れる事になる。
だからマッジョーレ湖での淡水真珠養殖の量が減る事を覚悟して、俺が教え育てた真珠養殖職人を呼び寄せたのだ。
まあ、真珠養殖職人とは言っても、奴隷の少年少女なのだが。
「ここではお前達に指導役をしてもらう事になる。
今俺が教えている事を全て覚えて、大きな貝を育てられるようになり、更にそれを新しい奴隷達に教えられるようになったら、奴隷から解放して従属民にしてやる。
五年だ、五年を目途に奴隷から従属民になってもらうぞ」
「「「「「はい」」」」」
「「「「「頑張ります」」」」」
塩水湖や汽水湖の周りにはロアマ人の築いた別荘地があった。
温かな気候を利用したブドウ園もあった。
波のない湖を運河で繋ぎ、湖を巨大な海軍基地にもしていた。
都市と都市、湖と都市を結ぶ地下トンネルまで築かれていた。
ロアマ帝国の首都がローマにあった、ロアマ人が無敵だった全盛時の事だ。
だが今は見る影もなく荒廃してしまっている。
絶える事なく続いた異民族の侵略と圧政重税で荒廃してしまっていた。
俺が荒廃した都市を再建して繫栄させるのだ。
ロアマ帝国の最盛期を超える平和で豊かな国にするのだ。
だがいきなり今の状態から直ぐにロアマ帝国を超える都市にする事はできない。
まずは多くの国民を養う事ができる食糧を作りだす事だ。
今ある農地は一年後には十五倍の収穫量にできる。
だが新たな耕作地を開墾するには数年かかる。
直ぐにでも農地開拓を始めなければいけない。
「お前達には木を伐採して荒地を畑にしてもらう。
直ぐに麦を育てられる畑にしろとは言わない。
まずは牧草を育てられればいい」
「「「「「はい」」」」」
俺は奴隷徒士兵、屯田兵や戦闘工兵に育てようとしている連中を使った。
ナポリと周辺を降伏させたら、もう戦う必要などない。
他の氏族達はまだ降伏していない都市を攻め落とし、略奪する事で富を得ようとしているが、俺は手に入れた都市と領地を育てる方が大切だと思っている。
破壊と略奪だけではいずれ奪う物がなくなってしまう。
北の氏族達は俺から学んだが、南の氏族達はまだ何も学んでいない。
これまで育ててきた領地に加えてナポリ周辺も開発できれば、そこから得た富で兵士を育て武具を整えることができる。
精強な軍団を育成維持できれば、頑強に抵抗するロアマ帝国の都市を簡単に落とす事も不可能ではない。
いや、それ以前の問題として、ロアマ人にある程度の富と権利を許せば、戦う事なく降伏させる事ができるのだ。
だがその政策をアルボイーノ王に認めさせるには実力が必要だ。
アルボイーノ王の首を簡単に取れるだけの戦力が必要なのだ。
今でも防衛戦ならランゴバルド人の全てを相手にしても勝てると思う。
いや、そもそも全てのランゴバルド人を相手にする必要すらない。
ランゴバルド人の半数は簡単にアルボイーノ王を裏切るだろう。
今ランゴバルド人が分裂する事なくアルボイーノ王に従っているのは、ロアマ帝国とオーク王国という外敵がいるからだ。
外敵を滅ぼすのではなく活用する形で力を蓄える。
俺は本領にいる父上と緊密な連絡を取りつつ、ナポリ周辺の開発を行った。
他氏族に追われて逃げてきた数多くのロアマ人を奴隷にして労働力を確保した。
将来の事を見据えて各種塩田を築きつつ、目先の塩も確保するために塩釜で煮詰めて塩を作る揚浜式塩田を優先的に作った。
木々を伐採した山地や森林に家畜を放って放牧地の代わりにした。
葱や蓮根などの、沼沢地でも育てられる食物を探して湿地に植えさせた。
もちろんその日の食料を確保するために、五万の奴隷徒士兵には狩りもさせた。
農地を荒らす害獣を投石器を使って狩らせた。
真珠養殖に使う母貝はもちろん、日々食べる魚介類を集めさせた。
基本は湖岸や海岸での漁労採集だったが、小舟を建造してからは巨大な網を作らせて地引網漁をさせた。
普通の規模の地引網は浜で網を引く人数が三十人ほどだった。
だが俺がやらせたのは、小舟を扱う水夫七十人と浜で網を引く者二百人を超える、とてつもなく大規模な地引網だった。
豊漁ならば莫大な富を得られるくらいの漁獲量になる。
だが失敗すると、人数が多いだけに大きな損失を抱える事になる。
智徳平八郎の知る人権の行き届いた世界なら損得の激しい事業になる。
だがこの世界なら、奴隷を使うので損をする事などない。
他の仕事をさせて得られる利益が手に入らなくなるくらいだ。
そんな目先の利益よりも、奴隷徒士兵を喰わせる食料を確保する事の方が大切だ。
奴隷徒士兵が健康で戦える身体を維持する事が国を護る事に直結する。
肉や乳を奴隷徒士に喰わせるのは分家や戦士が反対するが、大麦粥や魚介類を食べさせるのなら、少々量が多くても不平不満が生まれる事はない。
最初に本領から連れてきた五万の奴隷徒士兵に加えて、ナポリ周辺を確保してから逃げ込んできた新たな奴隷が五万人もいる。
彼らをローテーションしながらナポリ周辺の開発をさせた。
武装した五万の奴隷徒士兵は他氏族との領境に配置して無言の圧力とした。
奴隷徒士兵には働きしだいで従属民とすると伝えてある。
だから奴隷徒士兵は死に物狂いで耕作地の開拓と領境の警備をしてくれている。
彼らは誰よりも俺の奴隷と他氏族の奴隷の待遇差を知っている。
だから領境に配置しても他氏族の所に逃げるような事はない。
奴隷徒士兵は俺が船大工や商人を奴隷から従属民に取立てたのを見ている。
農地を開拓して人頭税を納められるようになったら、奴隷徒士兵から従属民の兵士に取立てると、俺から直々に言われているのだ。
それこそ寝食を忘れて農地開拓をしてくれていた。
だが、俺が心から恐れていた事が起こり、計画が破綻してしまった。
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