第19話:首都と副都
教会歴五六九年十月(十歳)
「報告させていただきます、国王陛下がメディオラヌムを落とされました」
王家からの伝令が胸を張って報告してくる。
苦戦を重ねてようやく落としのだから、自慢したくなる気持ちは分かる。
メディオラヌムは北イタリアの交通の要衝であり、古くから発展していた都市だ。
何度もロアマ帝国西方の首都に選ばれ、皇帝が住んでいた事も多い。
もっとも、ローマが一番由緒ある都市だし、複数の皇帝が帝国を分割統治していたから、かけがえのない首都とまでは言えない。
現に今のロアマ帝国の首都はイタリアから遠く離れた東方にある。
「それはとてもめでたい事だ、急いで祝いに行かねばなるまい。
後の事は任せるから、自由にやればいい」
父上が即座に反応してくれて助かった。
武功著しい氏族長であり公王でもある父上が、自らお祝いに行くと言っているのに、長男の俺や叔父達を代理によこせとは、伝令程度には絶対に言えない。
王は、あまりにも力をつけた父上とジェノバ公を凄く警戒している。
俺や叔父達をそそのかして、父上と争わそうとしている気がするのだ。
まだ少年としか言えない俺ならば、上手く操れると思っているのだろう。
愚かな王の考えそうなことだから、事前に父上と対策を考えていたのだ。
「お任せください、父上。
ただ父上を恨むオーク王国やロアマ帝国の事もあります。
護衛に連れて行く兵はできるだけ多くしてください。
領地の事は私が集めた歩兵が護りますから、ご心配なく」
王の伝令だけでなく、父上の護衛の半数も顔をしかめている。
彼らはまだ古い考えに囚われていて、馬に乗らない戦士を認められないのだ。
オーク王国軍の精強な歩兵と戦った事で、考えを改めた者も多少はいたが、まだ多くの戦士階級は歩兵など戦士ではないと思っているのだ。
歩兵であろうと元奴隷であろうと、俺が認めた者なら戦士として接する事ができる考えの柔軟な者は、全員俺か父上の近衛騎兵に抜擢した。
それでも父上の騎士の半数は差別意識の抜けない者を任命するしかなかった。
それくらい、今までの考えを改めて新しい考えに切り替えられる者は少ないのだ。
どうしても古い考えを変えられない連中は、徐々に王の護衛に推薦した。
俺が父上を通して領内の街や村への略奪を禁止したから、昔ながらの遊牧と略奪の暮らしを続けたい連中は、喜んで王の護衛となっている。
以前王に押し付けた脳筋バカ戦士達と一緒に、略奪に励んでいる。
そんな連中を率いてくれているのは、叔父の中では一番年長のリッカルドだ。
王は俺とリッカルド叔父を父上に対する対抗馬にしようとしている。
そのお陰で、リッカルド叔父と押し付けた連中の王家での待遇はとてもいい。
メディオラヌム周辺の豊かな放牧地を与えられているようだし、略奪の時も豊かな区域を割り当てられているようだ。
これらの事が、俺と父上とリッカルド叔父が相談したうえでやっている事だという事を、王は全く分かっていない。
だから完全にリッカルド叔父と配下の戦士達を全く疑っていない。
だがら、最悪の状況になったら、リッカルド叔父上が王を殺してくれるだろう。
進んでやりたいわけではないが、やる覚悟はできている。
できれば、他の氏族に王を殺させて、その仇を討つ方がいいのだが。
「そうか、副都の建設も急げよ、これは公王命令だからな」
父上が相談していた通りに命令してくれた。
これで俺が大量の奴隷を使って副都を造っても誰も文句が言えない。
今までから首都にしたストレーザは拡大強化していた。
最初に三重の空濠を掘り、その時に出た土砂で土塁を高く積み上げ強固な城壁や柵や設置した。
三重の濠には、マッジョーレ湖の水を引き込んで水濠にして誰に攻められても大丈夫にしている。
防備の拡大強化は、ストレーザだけでなく全ての街と村の防御を強化している。
大量の奴隷を手に入れた事が、そんな大工事を可能にしたのだ。
だがそれは、ロアマ帝国イタリア駐屯軍と王や氏族に対する備えだった。
新たに怨敵となったオーク王国に対する備えではなかった。
特に新しく領地となったアオスタ方面の防御は全然できていなかった。
俺は後で支配する事を考えて、極力町や村を破壊しないようにして占領した。
だが前アオスタ公とその氏族は、街や村を徹底的に破壊し、時には放火までして略奪の限りを尽くしたので、街や村の防御能力が全くなくなっていた。
その街や村を再建して、オーク王国の逆撃に備えなければいけないのだ。
「はい、父上が計画されておられたように、力のつく飯を食わせて働かせます」
俺は父上と事前に相談していた通りの返事をした。
恥かしい三門芝居に内心では赤面していたが、表情は一切変えなかった。
奴隷達に重労働をさせようと思ったら、しっかりと食べさせないといけない。
ロアマ帝国の兵士は一日にパンを一キロも食べていたと聞いた。
土を掘って防御用の濠にして、でた土を積み上げて固めて土塁にする。
そのような重労働をさせるのなら、ロアマ帝国の兵士以上に喰わせないといけないのに、まだランゴバルド人の多くが奴隷には最低の食事を与えようとするのだ。
俺は王や氏族長達に認められた正式な後継者だから、何をやっても面と向かって文句を言う分家や戦士はいないが、内心で不満が溜まるのも危険なのだ。
必要ならば分家も戦士達も切り捨てるが、味方にして利用できれば一番いい。
だから彼らが反発したくなるような政策は、父上が命令する形にするのだ。
特に従属民や奴隷を抜擢するような事は、極力父上に命令された形をとっている。
「そうだ、ヒツジもヤギもちゃんと喰わさないと太らないし乳も出さない。
しっかり喰わせて、限界まで働かせろ」
奴隷を酷使したいわけではないが、今はまだ温情をかけすぎる訳にはいかない。
待遇を改善して今までよりも食べさせて布も与える以上、しっかりと働かせる。
目に見えた形で働かせないと、分家も戦士達もついて来ない。
最悪の場合は分家も戦士達も切り捨てる覚悟だが、今はまだ早い。
半数以上の従属民と奴隷の忠誠心を得ているとは言い切れない状況では、古くからの分家や戦士達を切る捨てる訳にはいかない。
色々な状況に合わせて策を考えてはいるが、毎日優先順位が変わってしまう。
王がメディオラヌムを落とすかどうかで変わるし、南イタリアに遠征している氏族達が何時どの都市を落としたかでも変わる。
何よりオーク王国の政治情勢で優先順位が大きく変わってしまう。
昨日分家や戦士達を切り捨てる方が優先だったとしても、今日商人がもたらす情報で、従属民や奴隷を冷遇する事になりえるのだ。
「分かりました、奴隷達が死なない程度に、倒れる寸前まで働かせます。
実際に倒れさせてしまったら、金を出して買った奴隷が死んでしまうかもしれませんし、働かせられない日ができてしまいます。
与える物と働かせる量はよく考えますので、その点は私に任せてください、父上」
「分かった、どれくらい働かせるかはレオナルドに任せる。
だが必ずオーク王国の侵攻を受け止められる副都を築くのだ、いいな」
「はい、何よりもオーク軍対策を優先して、必ず強固な副都を築いてみせます」
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