第20話:和平交渉

教会歴五六〇年五月(十一歳)


「さすがに少し疲れた、こういう事はレオナルドに全部任せたい」


 オーク王国との神経の疲れる和平交渉をまとめられた父上が愚痴を言う。

 その気持ちは痛いほどわかるが、代わってあげる事などできない。

 俺は姿形は中身とは違ってまだ十一歳の少年なのだ。

 とても国同士の重大な和平交渉をまとめる事などできない。

 実力的にできないのではなく、オーク王国が交渉相手とは認めてくれないのだ。

 外交に関しては父上に頑張ってもらうしかなかったのだ。


 オーク王国内を荒らし回った俺の父親という時点で、本当ならオーク王国との交渉役としては不適格なのだが、父上の名声が国内で高まり過ぎていた。

 ランゴバルド王国一の知将、軍師だと認められてしまっていた。

 父上以外には、ランゴバルド王国を強く恨んでいるオーク王国との和平をまとめられる族長はいない、というのがランゴバルド人全体の認識だった。

 戦士階級だけではなく、王にも氏族長達にもそう思われてしまっていた。


 だから他の氏族長が和平交渉役に選ばれる事はなかったが、これには大きな裏、陰謀が隠されている。

 交渉がこじれて父上が殺された方がいいと考えている氏族長も多いのだ。

 勇猛果敢で百戦錬磨なだけでなく、智謀も優れている王家派の父上に生きていられると、王位を簒奪しようとしている者にとっては目障りなのだ。

 実際には、父上が王家派だというのは生き延びるための演技なのだが、その演技を見抜けない愚か者が多過ぎる。


「お疲れさまでした、それで、どれくらいの条件でまとめられたのですか」


 今俺の元に届けられている情報の範囲では、オーク王国は我が国に攻め込めない。

 王子同士が統一王の座を巡って暗闘を繰り返していて、とても外征に出られる状況ではないようだが、油断はできない。

 我が国のアルボイーノ王を討ち取った者に王位を譲ると言って、王子達を競わせると同時に、優秀な後継者を得ようとするかもしれないのだ。

 そんな事になったら、人間とは比べ物にならないくらい剛力で精強なオーク兵が、アルボイーノ王の首を狙って殺到してくる。


 俺がそういう噂を流したから、少なくとも王だけは父上を護ろうとした。

 父上が殺されて和平交渉がまとまらなかったら、オーク王国軍相手にほとんど勝ち目のない死を覚悟した決戦を挑むか、草原地帯に逃げるしかない。

 だが逃げて一時的に命を長らえたとしても、全てを失わせたアルボイーノ王を氏族長達が許すはずがなく、結局は殺されてしまう事になる。

 だから事前交渉までは俺が父上に献策した通りになっていた。


「レオナルドが予定していた通りの条件でまとまった。

 アルプスインダ王女を後継者として定め、王太女の地位を与える。

 アルプスインダ王太女とクロタール王の孫を婚約させる。

 アオスタ公とその氏族を皆殺しにして首をオーク王国に送る。

 従属民と奴隷と家畜はオーク王国に差し出さず、アルプスインダ王太女の個人財産にするという条件になった」


「予想通りですが、国王陛下も氏族長達も文句を言わなかったのですか」


「何を今さら、レオナルドのから教えられた通りに言ったら誰も何も言わなかった。

 そもそも王の血を受け継ぐ者はアルプスインダ王女しかいない。

 文句を言ってしまったら、王位を狙っていると宣言するようなモノだ。

 そんな事を口にするくらいなら、レオナルドの教えてくれたようにするだろう」


 俺が父上に教えた最低の行為は不義密通だ。

 表向きはオーク王国の王孫を王配に迎えるように見せかけて、実際には自分か後継者がアルプスインダ王女と不義密通して、王統を自分の血統に変える。

 氏族長にはそういう事を平気でやれる奴がとても多いのだ。

 少なくともトリノ公と取り巻きの弱小公はそうだ。

 その事は父上から王に伝えてもらったはずだが、返事はもらえたのか。


「父上、アルプスインダ王女を我が領地にお迎えする話はどうなりました」


「レオナルドが教えてくれた通り、他の氏族連中が考えそうな悪行は伝えたのだが、国王陛下は王女殿下を王都から出すのは嫌だと申された」


 父上の表情は王を蔑んでいるが、それでも敬語を使う事は忘れていない。

 以前の父上からは考えられない事だが、忠臣を演じる事を続けてくれている。

 俺が何度も厳しく教えたのもあるが、忠臣を演じる効果を実際に体験しているのがとても大きいのだろう。

 父上は何度も目覚ましい武功を立てていたのに、誇り高く王に媚を売らなかった事で、活躍に相応しい地位や褒美を手にできないでいた。


 他の氏族長なら、褒美が少なければ次から王の命令を聞かないのだが、誇り高い戦士である父上は、他国や他部族の侵攻を見過ごせずに全力で戦ってしまう。

 そのせいで分家や戦士達に負担がかかり死傷者が増えて、遊牧に支障がでていた。

 それどころか、戦いを回避して後方戦力に余裕のある氏族に、大切な放牧地を奪われた事すらあるのだ。

 父上に対して一皮むけられたと口にするのは不敬だが、多少の汚名を着ようと、嘘をついてでも、氏族の繁栄を優先できる指導者になられた。


「では、王女殿下の護衛を増やす案を受け入れられたのですか」


「ああ、だがレオナルドの言う通り、直ぐに優秀な女戦士を集められるはずがない。

 その間の護衛をどうするかで、氏族長の間で言い争いがあった」


「どの氏族長も自分達から女戦士を護衛に出すと言い張ったのですね」


「ああ、その姿の醜さと言ったら、反吐が出るほどだった。

 吐き気を我慢するのに苦労したぞ、レオナルド」


「国王陛下は父上に護衛の女戦士を出せとは言われなかったのですね」


「言われなかった、本当に愚かな事よ。

 レオナルドが教えてくれた通り、これ以上我らに力を持たせたくないのだろう。

 王妃殿下との間に男子が生まれた事を考えられたのであろう。

 オーク王国との約定を破ってアルプスインダ王太女を廃嫡する時に、我らが邪魔になると考えられたのだろう。

 国王陛下もバカではないようだ、レオナルドの考えが分かるのだから」


 その程度の対応しかできないようでは、とても賢いとは言えない。

 もし本当にアルボイーノ王がずる賢くてしたたかなら、即座にオーク王国から王配を送ってくれるように交渉しただろう。

 今のオーク王国は、王子達が統一王の座を狙って暗闘を繰り返しているから、孫のうち誰を我が国に送るか決められない。

 誰かに決めさせることで、暗闘ではなく内戦に発展させる事の可能なのだ。


 五人の王子が内戦を勃発させたら、ランゴバルド王国はオーク王国の事を心配することなくイタリア征服に集中する事ができる。

 アルボイーノ王もランゴバルド王国内で権力闘争の戦いを始められる。

 周辺国を気にする事なく王家に敵対する氏族を滅ぼすことができる。

 まあ、これは、南部イタリアに侵攻している氏族達が、ロアマ帝国イタリア駐屯軍を全滅させて、全イタリアを征服できたらの話だけどな。


「そうですね、英邁な国王陛下がストレーザ公国の協力は不要だと言われたのです。

 これで我らは安心して領内を繁栄させることに集中できます。

 後で援軍を出せ協力しろと言われても、もう軍資金も兵力も使ってしまったと言う事ができます」

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