#47
今日は待ちに待った希華による奢り飯……もあるが、実は大会に出たメンバーで集まって焼肉へ行くことになった。
本当は行こうか迷ったのだが希華が『来ないと飯奢らんぞ』と言ってきたので、仕方がなく行くことにしたのだ。
ちなみに普通の週末だというのに、東京まで来てしまっている。
飯食って帰るというのはあまりにも勿体ないような気がするが、いつでも行けなくはないので、今回は特に巡ることなく終わりそうだ。
待ち合わせの店に行き、席へ行くとすでに、俺と愛理さん以外の4人は集まっていた。
「……えっと、初めまして?」
「オフで会うって意外と最初何を話せばいいか分からないよねー」
「凛斗とゆきちゃんはこっち」
配信するときに顔が出たら困る組は、右側に固まった。
Vtuberと普通の配信者がオフ会で配信するというのもなかなか珍しいように感じる。
「凛斗君はこっちでいいんじゃない?」
「それはちょっと」
「配信始めるぞー」
普通に配信が始まった。
顔出せない組は、声だけで挨拶して他のメンバーは手を振ったり各々適当に挨拶していた。
「実はこのメンバー、皆リアル初めましてなんだよね」
「そうなんですか?」
「こっち三人はまず全員現役時代が違うから大会でも会ったことないし」
「所属も違う」
「こっちは事務所に怒られますからねぇ……」
自由で有名なsiveaも流石に顔出しは厳禁らしい。
思ったのだが、事務所所属してないの俺だけなのか。
個人勢便利すぎて事務所入る気が起きない。
しかし、その代わり自腹というのが響くはずなのだが、横にいるお嬢様のおかげで痛みが少ない。
雪さんと凛斗の関係だった時も、欲しい物リストの中身が全部届くものだから段ボールの処理に困っていたな。
流石に申し訳なくなって、内容は更新しないようにしたのだが、さっさと更新しろと毎日のように言われ、仕方がなく安い物を入れておいたら、今度はそれに付属させて色々な物を送ってくる始末なので、完全に消してしまったのはいい思い出だ。
「凛斗さんはなんでそんなに昔を懐かしむような顔を?」
「いや別に」
「隠すなー」
「いちゃつくな。おっさんたちが生暖かい目で見てくるぞ」
ゾワァっと背筋が冷える感覚が襲ってきた。
プロ三人組の方を見てると確かにまるで自分の子を見るような目でこっちを見てきた。
「青春っていいなぁ」
「青春なかったからなぁ……」
「HAHAHA、kqnr君それは禁句だ」
「SGWさんが壊れた」
SGWさんがたいがいい筋肉お兄さん感があるので『HAHAHA』なんて笑い方したら本当にジムにいそうなマッチョにしか見えない。
「凛斗とゆきちゃんは付き合ってて、私はモテてたからこっちは勝ちってことだ」
「希華がモテ……?」
「剣道と弓道やってたからね」
言われてみたらアニメとか漫画とかでいる髪を一つにまとめている剣道少女という面影はある。
「そこって両立しないよな?」
「無理だね!あの頃は多分今よりやつれてた!」
今よりやつれてるって……
これ以上は口にしたが最後、フルボッコにされる予感がした。
「でも、ゆきちゃんのほうが色々と習い事とかしてそうだけどね」
「そうですね……まあまず同じく剣道、弓道は多少やらされましたね。そのほかだと柔道、ピアノ、書道……」
一体何個やったことがあるんだというほど出てきた。
中には聞いたこともないのがあったりと、愛理さんのハイスペックさに驚きが隠せない。
俺は弓道少しやらされたことがあるが、まあ向いていなかったのでやめた。
遺伝的にはできてもおかしくなかったと思うんだがなぁ……
「雪ちゃんってちゃんとお嬢様だよねー」
「話していると偶に感覚バグる」
「分かる。何を言ってるのってなる」
比較的付き合いが長い希華と俺は愛理さんのその非常識さを身をもって感じている。
慣れてきたなぁと感じてきた頃に、また別の話題でとんでもエピソードなどで感覚を乱されるので、完全に慣れることは今後一切ないだろうと思っている。
習い事の話をしている間に、裏でSGWさんとkqnrさんが注文していたものが届いた。
そのタイミングで、俺たちも一旦話に区切りをつけて食べたいものをそれぞれ頼んだ。
「ちょっと!?そんな高い物頼まないでよ!」
「仕方がないだろ、奢りなんだから」
「凛斗君容赦ないね……」
「奢りなんて言葉軽々しく使わないものだな」
「凛斗さん……私が無限に美味しい物食べさせてあげるのに」
一瞬愛理さんに呆れられるかと思ったら、さらに貢ぎたい宣言。
ここまで来ると怖いものだが、今日は一旦希華の奢りなので無限に美味しいものを食べる。
「あぁ……あ……」
「凛斗君もう希華さんが虫の息だよ?」
「金あるから大丈夫だろ」
「この間機材壊して弁償したばっかなんだって……」
うん、自業自得だな。
しかし少し申し訳なさが出てきたので、数枚ぐらい分けることにした。
注文したものが届き、Dustarさんが配信に使っているカメラを動かして、視聴者にも見せていた。
網の上に肉をのせると、ジューと焼ける音を出した。
「人に焼肉しているところを見せるのが人生で一番楽しいよね」
「性格悪いぞこいつ」
「あぁ……私のお金……」
焼きあがった物を食べたい人の皿にのせた。
「凛斗さん食べさせてください」
「……あーん」
「あーん」
愛理さんの口の中に肉を入れると、美味しそうな顔で食べていた。
愛理さん以上に愛らしい人がいるのかと悩むほどかもしれない。
飯を食べないで、愛理さんの食事姿を見ていても生きれるのではないかと思うほど。
「すーぐいちゃつく」
「雪が可愛いから仕方がないだろ」
「うん、おじさんたちには眩しすぎるかも」
「まだおじさんじゃ……」
確かにkqnrさんはまだ20代前半のはず。
おじさんおばさん境界ラインというのは、俺の中で30代だと思っている。
「一の位切り上げたらおじさんよ」
「そこは四捨五入じゃないですか!?」
「そしたら俺もDustarも40代になるな」
SGWさんとDustarさんは30代だった。
希華が確か今20代後半だったような気がする。
四捨五入しても一の位切り上げても30代とは悲しいな。
「いやー私、20代かー」
「いや無理があるだろ」
「女の子は皆18で歳止まるから」
まあある意味止まってるやつはいるけどな。
ルドこと黄石とかいう身長も中身も止まってしまった、悲しき人間が。
あいつだけは高校生って言っても多分バレないと思う。
そんなことを思いながら焼き終わった肉を食べると、肉汁が口の中に溢れ、高い肉だという実感を得た。
言ってしまえばこれはニアリーイコールで希華の財布の金なのだ。
涙が一筋頬を伝った。
「凛斗君なんか泣いてない?」
「人の金を食うことに感激を覚えて、無意識に……」
「ちゃんとやばいやつかも」
「凛斗さんは偶にというか結構変になりますよ」
「私が泣きたいよ……」
希華の金で頼んだ肉を希華の前に出した。
「どうせだったら食べさせてよ」
ゆっくりと箸で肉を掴み、たれにつけてそのまま希華の口の中へと運んだ。
「私のお金美味い……」
泣きながら肉を食べる人が二人に増えた。
この異様な光景にプロ三人組は勿論、視聴者まで困惑することとなった。
「ゆきちゃんは慣れてるの?」
「まあsiveaはこんな人しかいませんし、凛斗さんも一期生とほぼ一緒みたいなものなので慣れてます」
「siveaやべぇ」
『siveaやべぇ』というハッシュタグがトレンドに入っていたことを知るのはしばらく先だった。
しばらく交代交代で、食べる人と喋る人が切り替わった。
上手く回っているところに配信者としての歴を感じた。
「そういえば凛斗にライブやらせるとかなんとか」
「その話は存在しないぞ」
「実は……話進んでるんですよね」
「?」
俺は愛理さんから発せられた言葉に戸惑いを隠せなかった。
「流石に凛斗さん主体にするのは難しいんですけど、配信者呼んだり結構大掛かりなのが……」
「実は招待を受けてるんだよねー」
「俺も」
「あれ?来てないけど?」
「私も……」
kqnrさんと希華の元には何故か招待状が届いていないらしい。
というかまず届かなくていいのだが。
なんなら招待状そのものがなくなってしまっていいのだが。
「kqnrさんは大会と被りそうなので……あと希華さんは、事務所総出か一期生総出で出ることになりそうなので」
「sivea好き勝手しすぎだろ」
「よっしゃやるでー」
しかしながら当の本人たちが乗り気なので、無理にやめさせるのも申し訳なくなってくる。
しかしツキだけは出禁にしてくれないか?
あいつとライブなんかやりたくないぞ。
あいつのことを思い出すだけでも吐き気が湧いてくる。
「ちなみにどれくらいの規模かというとsiveaの事務所総出ライブより規模が少し小さいくらいです」
「大規模だな」
「大規模だねー」
「尚更行きたいんだけど?」
視聴者でどれくらいの規模か分からない人に説明することになった。
「まあ簡単に言えば、一つの会場とその周辺貸し切って、店出したりグッズ販売したりだな」
「あ、ちなみに今年のsiveaライブは例年の倍の規模でやるからねーそれ参考にライブやりますよ」
「おい」
ここまで来ると愛理さんを止めるのは不可能だ。
諦めて逃げるしかない。
しばらく海外にでも逃げようか。
しかし逃げたところで雪上家総出で捜索されたら、一日もかからずに見つかって連れ戻されてしまうだろう。
「凛斗さん感謝してくれていいんですよ」
「感謝はしてるがやりすぎだ」
「……言い方悪いかもしれないけど、圧倒的な権力で凛斗君を囲っているみたいだね?」
「……まあその通りなので否定はしません」
せめてそこは否定してほしいが、日頃の様子から逆に否定されたほうが怖いという気持ちがある。
否定されたら日頃の行動は一体何なのだとなってしまうからな。
「こんなこと言ったらダメかもしれないですけど正直siveaのライブより楽しみなんですよね」
「お世話になった分やり返してやるからね」
「あの、こっちの人たち勝手に盛り上がってるんですけどどうしたら……」
救いの目を向けたはずなのだが、返ってきたのは諦めとお前が悪いという目だけ。
「ちなみにゲームでも争ってもらうので、皆さん頑張ってくださいね」
「でもってことは他にも?」
「そこはまだ秘密です」
帰ったら愛理さんになにをするのか問い詰めてみよう。
話に一区切りつき、希華とDustarさん以外皆箸休めといった様子だった。
「思ったより胃に来る……」
「kqnr君はまだ若いからいけるでしょ」
「高校生の頃から弱ってて……」
「健康的な生活しな……」
kqnrさんはもうぺしょぺしょといった様子だった。
まあ正直油物が少しきついのはわかる。
でも愛理さんの作る飯は全然脂っこいと感じて、体が受け付けないということはない気がする。
しかし……どんなものでも美味しく感じてしまうのは洗脳でもされているのか?
多分美味いのは事実だろう。
「いつも健康的で美味い飯が食えるって幸せだな……」
「ちゃんと凛斗さんの胃袋も掌握できてますね」
「ゆきちゃんのご飯美味しいからなーいいなー」
「うちは誰かが店から運んできてくれるよ?」
「うちもだな……」
kqnrさんとSGWさんは不健康だということが確定した。
いやまあもしかすると本当にちゃんとした物を食べているかもしれないが、出前を頼んでいる人は、ろくなものを頼んでいないという偏見がある。
「Dustarさんは奥さんが?」
「まあその時にもよるかなー真夜中とかだと流石に頼めないし」
「……希華さんは」
「なんだよカップ麺で悪かったね」
愛理さんの思い出したかのような発言に、俺も昔、愛理さんが配信で言っていたことを思い出した。
希華の部屋はカップ麺のゴミで埋め尽くされているということを。
どれくらいなのかは分からないが、瑠璃の部屋のようだったらかなり絶望的なことをになっている。
見ただけで掃除するのが嫌になるレベル。
「今度凛斗さんとゴミの片付けしに行きますからね」
「ありがとー助かるよー丁度溜まってたんだ」
「終わってる」
ちらっとコメントを見てみても『うわぁ』などドン引きのコメントで溢れかえっていた。
「定期的に誰かに掃除させるのやめたらどうだ?」
「いやー掃除ができなくてねー」
「お前本当にゲーム以外終わってるよな」
「うるせー」
本当にゲームの才能だけはプロレベルなのでそこは尊敬に値するのだが、それ以外に欠点が多すぎる。
まだREVIAにいたときなんでこいつはここで雇われているんだと何度も思ったが、今になってはVtuberとしてゲーマーとして名を轟かせているのだから社長は大きな人材を適切な場所へ上手く落とすことができているなと思う。
まあもしかすると元々そのつもりで入れたのかもしれないが。
「クソッ、凛斗に負けてるって考えると腹が立つ」
「家事は完敗で、ゲームも物によっては僅差ですしね」
「仕事もできるしよぉ……」
「ゆきちゃんで隠れているけど、凛斗君って思ったより優良物件?」
「一家に一人凛斗が欲しいよ」
思うのだが、普通に生きていたら壊滅的なことになることはなくないか?
まあでもVtuberは普通の生き方じゃないか。
全Vtuberに喧嘩を吹っ掛けるワードが頭には出てきたが、口には出さなかった。
「凛斗とゆきとかいう才能を持て余した組が合わさったおこぼれが欲しいよ」
「希華……言ってて恥ずかしくないのかよ」
「はっ、うるさいぞ。黙らないとカメラ側においやるよ」
「恐ろしいことを言わないでくれ」
顔出しは死も同然だぞ。
そこにいるsivea所属の二人に比べたら死の重みがだいぶ軽いが、それでも変わりはない。
というか俺と愛理さんはどちらか片方が顔バレしたら最悪共倒れルートが待っているのだ。
迂闊に顔出しはできない。
「……まあ、確かにどちらも嫁さんみたいなノリなのか」
「片方が倒れても片方が残ってるので、何があっても安心ですよ」
「ほぼゆきに家事任せてるけどな」
「面倒くさいだけでしょ?」
「ごもっともと言いたいんですけど、いつ家事をやってるかが分からないので……」
大体の予測はつくのだが、実際にその姿を見たことがほとんどないので、分からないのだ。
俺と同時に放課なのに、先に家にいて、飯ができていて、風呂も沸いてるのだ。
洗濯も何故か終わっていて、服は綺麗に折り畳まれ、箪笥にしまわれているのだ。
魔法でも使っているのではないかと疑いたくなってしまう。
そんなことを話した。
「ゆきは教えてくれないし」
「だって、凛斗さんの身の世話は全部私がしたいんですもん」
「至れり尽くせりだね……」
「まあヒモになっているというか、させられているというか、なるしかないというか……」
「そこまで行くと現代社会人の願望を詰め込んだような生活だよね」
家に帰れば美味い飯があって、働かなくてもなんでも用意してくれるし、好きな人が愛情を与えてくれるし。
話も段々と落ち着き、全員もう満腹で動けないと言った様子だ。
「さて、お会計と行こうか」
「希華ありがとう美味かった」
「覚えてろよ~!クソがッ」
「じゃあ、配信閉じるねー」
なにもなく今日は解散となった。
支払いの時の希華の顔は一生覚えることができそうだ。
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