#9
あれから何事もなく朝を迎えた。
あーやっべ、昼飯のこと完全に忘れてた。
朝飯の分の食材は昨日買ってきたが昼のことを完全に忘れていたな……
頭の中でどうしようか悩みながらも布団から出て部屋を出た。
「ん?そういえば……」
「あ、起きたんですね!おはようございます。朝食は作っておきましたがこれでいいですか?」
「おはよう……いつ起きたんだ?気が付かなかった」
愛理さんがいないと思ったら先に起きて朝飯まで作ってくれていた。
「ん~結構前ですかね」
「そうか。朝飯、頂くぞ」
「どうぞどうぞ~朝食の分少し減らして昼食も作っちゃいましたけど良かったですか?」
「構わない。俺もそうするか悩んでいたところだ」
「昼食は足りないと思うので途中で何か買っていきましょう」
ん?……
俺は気になったことがあったので訊くことにした。
「弁当箱ってあったか?」
「ありますよ~引っ越す前に色々と揃えておいたんです。趣味が合わないようでしたら今度新しいの買いに行きましょう」
「いやこれでいい」
だから色々と揃っていたわけか。気が利くな。
朝飯も食べ仕度も済ませたので家を出た。
「一緒に歩いていていいのか?別々になったほうがいいんじゃないか?」
「え~良いじゃないですか~駅まででもいいですから~ね?」
「誰かに見つかっても知らんぞ」
「こうしてれば樹さんだってわかりませんよ」
愛理さんが急に顔を近づけてきたので少し動揺したまま前髪を上げられてしまった。
「いやこれは流石にバレるだろ……」
「大丈夫ですって。その顔だったらいつも陰キャしてハブられる意味が分かりません。そのままだったらモテモテで周りを女子で囲んでますって」
「ひどい言いようだな」
「でも事実じゃないですか」
「事実は時に人を傷つけるんだぞ」
心に刺さる刺さる。
……まあこのぐらいだったら愛理さんと離れるまでこのままでもいいか。
というか面倒くさいので前髪を上げたままにしておいた。
「そこに昨日の声も合わせたら完成品ですね」
「もうやらんぞ」
「あ、じゃあせめて配信で……」
「しない」
「そ、そんなぁぁ」
膝から崩れ落ちていく愛理さんを横目に俺は家を出た。
まったく懲りないやつだ……
あの学校での猫被っている姿はどこに行ったのやら。
「何で呆れてるんです?」
「いや学校と外では全く違う姿だな~と思ってな」
「なんです?清楚なことには変わりないですよ?」
「自分で清楚というやつは大抵清楚じゃない」
「は?なんです?この清楚の塊みたいな私の存在のことを否定するんです?」
「昨日の一件を思い出してもそう言えるか?」
愛理さんは他所を向いて口笛を吹こうとしているのかふりをしているのかは分からないが全く音が出ていない。
まあそこらへんは愛理さんらしいというのかなんというか……
すると俺の脇に立ち腕に腕を絡めてきた。
「何をやっているんだ?」
「こうすることで恋人に見えません?」
「まず言っておくが俺たちの関係は"許嫁"でなだけであって"恋人"ですらないんだぞ」
「でも将来決まってるのと一緒じゃないですか~そんなの恋人以上でしょう?だから問題な……」
「次余計なこと喋ったら離れるからな」
「はーい……」
愛理さんは下を向き少し嬉しそうにも残念そうにしてるようにも聞こえるような声で返事をした。
どうしたものか……
これで懲りてやめてくれるようなら俺も苦労はしない。でも愛理さんだ、絶対にそんなことはあり得ない。また日が経てばどうせ俺に言われたことも忘れているだろう。
俺が「はぁ」とため息をつくと、
「なんです?文句でも言いたいんですか?」
「ああ、愛理さんには色々と言いたいことがある。だがそれを話すのは今はやめておく」
「今言ってくださいよ」
「どうした?時計を見てもそんなことが言えるのか?」
あと少しで電車が来るという時間になっていた。
そして今俺たちは改札口すら通っていない。
今から走ってホームのところまでいかなければ次のに乗ることになるだろう。
別に大して変わりはしないが最悪少しでも遅れれば学校まで下りてから走ることになる。
「私、走りたくないです……」
「じゃあ次のに乗れるようにホームまで走るぞ」
「走りたくないって……いや今走ればあとから結構な距離を走る必要がなくなる…………走りましょう」
俺は愛理さんのペースに合わせながら走った。
間に合うかこれ?かといって愛理さんを置いていくわけない。
手を引っ張っても愛理さんがつらいだけだろう……どうしたものか。
「樹さんどうしましょう?次のに乗りますか?」
「そうだな……ホームも少し遠いしな……」
「樹さん少しスピード上げても問題ないですか?」
「ああ、構わないが……」
ただこの人混みの中スピードを上げてもあまり意味がないと思うんだが。
そう思いながらも愛理さんのスピードに付いて行った。
よくこの人混みの中を掻き分けていけるな。
結構なスピードで進んだためギリギリで乗ることができた。
「間に合いましたね」
「ああ、それにしてもあの人混みの中よく行けたな」
「舐めないでください。こう見えても意外とできるんですよ」
「そうみたいだな」
愛理さんは自慢げにそう言ってきた。
しかし最後に乗ったせいで人に揉まれるな。
俺は愛理さんの腕を引っ張りドアのほうにやりあまり人に揉まれないようにした。
「ありがとうございます」
「あまり気にするな。疲れるだろ」
しかしこの体勢つらいわけではないが……
愛理さんの禁断の果実が胴体に当って精神的にきついな。
一緒に寝た時も思ったがやっぱり発育がいいと思う。
俺が愛理さんのことを見ているとじーっと俺のことを見てきた。
「何見てるんです~?」
「あ、いやすまん」
「そこで素直に謝らないでください」
愛理さんの顔は少し赤くなり恥ずかしさからか下を俯いてしまった。
まずいな……
次の駅は降りる人が多いだろう。巻き込まれて流されてしまったらまずい。
「愛理さん手を取るぞ」
「え?どうしてですか?」
「次の駅なんだが確か降りる人が多くて流されるかもしれないからな」
「そうなんですか?樹さんが言うことですし本当のことなんでしょうけど」
俺は駅に着く前に愛理さんの手を取り流されて逸れないようにして、電車が付いてから一度降りて人が出ていくのを待ち、また再び乗った。
まあまあ降りたな。
オフィス街が近くにあるからかここで降りる人がほとんどだった。
「結構降りましたね」
「そうだな」
先程までのぎゅう詰め状態とは一転ある程度余裕を持てて立つことができるぐらいには人が少なくなった。
「やっぱり樹さんは博識ですね。人が降りるところまで把握しているなんて」
「ん?いやそんなことはないと思うぞ。近くにオフィス街があるということを知っていただけだ」
「それでも知っていたじゃないですか」
「そ、そういうものか?」
「だって私なんて全く知らなかったんですよ」
それはそうだが……
ここを通ったことがあれば誰でも分かるようなことだろう。
それぐらいのことで博識と言われるべきではないだろう。
納得のいかない顔をしていると、
「納得がいかないのならそれでいいです」
「そうか?」
そう言ってそっぽを向いてしまった。
そういうものだと思うんだがなあ……
「そうだ訊きたいことがあるんだがいいか?」
「なんですか?」
「紀里と幼馴染ってどういうことだ?」
「今、聞いてくる……そのまんまの意味ですよ?」
最初何かぼそっと呟いていたみたいだが周りの人の声や電車の音に揉み消されて俺には聞こえなかった。
「いやそれは分かっているんだが……」
「えっと小学校の頃に祝賀会?忘れましたがそういうものがあってそこで同世代が彼女だけで寂しいので一緒に話したのがきっかけで遊んだりしてました」
「そうなのか……」
そういう相手?友達が居るだけましだろう……
小学生のころからぼっち陰キャを極めてきた俺にはそんなコミュ力あるわけない。
中学になってやっと一人二人いたぐらいだしな……
俺が遠い目で中学生のころを思い出していると愛理さんが、
「なんですその顔。哀愁漂ってますよ」
「ハハ……」
あいつら元気にしてるといいんだが……
高校に入ってから時折連絡は来るが実際に会ってはいない。
過去に思いを巡らせているとあっという間に時間が経ち気づけば駅に着く手前になっていた。
「さっきからボーっとしてますけどどうしたんですか?」
「あ、いや気にするな。それよりそろそろ離れたほうがよさそうだな」
幸いにも見つかってはいないが同じ制服の姿が少なからず居る。
「そうですね……また学校で」
俺は愛理さんから離れ別の車両へ移った。ついでに前髪を下ろした
誰にも見られていないといいんだが……
俺の見た限りは同じ学校の生徒の目には映ってないように見えたが油断もできない。
「大丈夫だよな?」
見逃している可能性が出てくると急に不安になってきた。
転校生がらみになってくると揉み消すのも大変になってくる。
俺は最悪の場合の対処を考えながらも学校へ向かった。
いざ学校へ着いてみるとやはり愛理さんが目立っていた。
高校生だよな?逆に高校生だからこそってやつなのか?
確かに愛理さんは転校生で財閥家のお嬢様でもありそして美少女でもあるから目立つのは分かるんだがな……
「ねむ……おーこれはこれは樹君~最近雪花様の配信がなくて残念そうにしているのかな~?」
「そうだな……」
どこからともなく佐二が現れた。
こいつきしょさが増していないか?音も立てずに後ろから忍び寄って来るなんて変態極まりない。
「ドン引きしないでもらっていいかな?」
「お、おうまあとりあえず10mは離れてもらっていいか?気味が悪い」
「やめるどころかさらにドン引きしてないかい?」
佐二は離れる気がないようなので俺は鞄をしっかりと握り走って逃げた。
「ぜぇはぁぜぇはぁ……体力がない陰キャにはきついな」
約数十m走ったぐらいで息切れしてしまった。
まあ走ったおかげで佐二のことは振り切って教室まで来ることはできた。
そして教室に入った俺はさらなる脅威があったことに気づかなかった。
「ちょっといいかしら?」
「なぜ怒っている?俺何かしたか?」
「さて?何か言うことはあるかしら」
「すまん……」
俺が佐二から逃げてる最中不幸なことにも紀里と肩がぶつかっていたようだ。
紀里が転ぶようなことはなかったが俺は必死になっていたため誰とは気づいてなかった。
俺は最初意味が分からなかったが少し考えてみればそれしかないと思いなぜか俺はすぐさま正座した。
「退学だけは勘弁してください。お願いします……」
「そんなことを私がすると思っているの?」
「すまん、普通にするような奴だと思ってた」
「ならあなたは退学を望むようね。そうしてあげようかしら」
「望むわけないだろうが……あ、すみませんでした」
俺が顔を上げ紀里の表情を見てみると紀里は眼を鋭く尖らせ俺のことを睨みつけていた。
なんというか高校生が出していいような威圧感ではない。相手に有無を言わせず無理矢理通すタイプの威圧感を出している。
これには流石の俺も屈しない!こんな威圧感ごときに負けるようじゃ中学生の時に企業に行って金儲けするわけないだろうが。舐めんな。
すると紀里はその威圧感のまま俺に顔を近づけ、
「退学しない代わりに良い取引があるのだけれども……」
「内容は?」
「一生私の下僕になるということかしら」
「やらん。そんなものになるぐらいだったら今ここで退学という死を迎えるまでだ」
「あらそう。なら退学ね」
「あ、待ってください。お願いします。退学だけはまじで本当にやめていただきたく思っていまして」
「じゃあ下僕になるの?」
ぐぬぬ……
こんな奴の下に成り下がったら何されるか分からない。
最悪ドSプレイに付き合わされるかもしれない。それは俺の身も心も持たないのでやめてもらいたい。
「まあ夏休み前のこともあるし今回のことは無しにしてあげてもいいわ」
「それでお願いします」
俺がそういうと紀里は自分の席に大人しく戻っていった。
難を逃れたか……
今回は骨折のこともあって見逃してくれたが次はないと警告されたようなものだ。
次は愛理さんか雪上家が盾になってくれるといいんだが……
自分の力で何とかしろよって?無理に決まってんだろ。これが異世界なら雑魚MOBである俺が裏ボスと戦っているようなものだ。勇者だって装備がなければ倒されるだろ?だから俺は雪上家という盾を使うんだ。
俺と紀里のせいで騒がしくなっていた様子の教室もだんだんと落ち着いてきたとき席に行くとちょうど愛理さんが教室へ入ってきたことでまた騒がしくなった。
「痛っ……なぜ叩いた」
「ん?やべぇんじゃねぇかと思ってな」
京一が指さした方向を見てみると愛理さんが俺の隣の席に向かって歩いてくるせいで周りのやつらもそれに合わせてこっちへと向かってきている様子が伺えた。
うわぁ、面倒だな……
集団が来る前に俺は席を離れた。
こんなのが毎日続くのかよ……流石につらいというかなんというか……
「昨日は楽しかったね~」
「誘ってくれてありがと~。馴染めるか心配だったんだけどみんな優しく迎えてくれて気が楽になったよ」
「うん、もうこのクラスの一員だから。よろしくね」
愛理さんと周りの女子は楽しそうに話していた。
何人かの女子とはもう仲良くなっているみたいだ。
…………少しだけ羨ましいと思ったり思わなかったり。
「ほら~もう席座ったほうがいいんじゃねぇかぁ?あの鬼教師来るぞ~」
隣に居た京一が突如声を上げて席に座らせるように話した。
こいつふざけてるが人をまとめるのが上手い気がする。
クラスの皆は軽く笑い交じりに自席へと戻っていった。
「塚野聞こえてんぞー適当なプリント五枚追加な」
「え、ちょっと待ってください。先生?なんでそこに居るんですか?いっつも遅れて教室へ入ってくるというのに……」
「なんだ喧嘩売ってんのか?」
「え、いやだなー違いますよーちょっと驚いて聞いただけですって~」
「合計十枚な」
「そ、そんなっ……」
担任が教室の外で京一の発言を聞いていたからか京一は十枚のプリントが追加されるのが決定した。
どんまいだな。
「塚野はHR終わったら職員室来い」
「はいぃ……」
「ん、じゃあ始めるぞー」
そう言って久しぶりにチャイムが鳴ると同時にHRが始まった。
今日は授業の流れが遅く感じるな……
自分の中で十分経ったと思っても五分だったりと、とても遅い。
そして眠たい。
昨日は隣にいる誰かさんのせいで夜中まで起きることになった。
まったくと言っていいほど授業に集中することができない。少し仮眠ぐらいはとってもいい気がするな。
結果、授業中寝てもバレることはなかった。
「居眠りは駄目ですよ」
「誰のせいだと思っているんだ」
授業が終わった直後それだけ会話を済ませた。
まったく世話が焼ける。
この後、特に授業中に居眠りをしたからか眠くなるようなことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます