#2
俺はふと考えた。
推しと喋る夢が叶ったがどう喋ればいいのが分からない。
いざという時のことを考えていなかった。
「樹さん」
「は、はい!」
「何をそんなに緊張してるんです?昨日だって一緒に喋りましたよ」
「それとこれとはわけが違うんですよ……」
「敬語だって使っていなかったですし」
痛いところを突かれた。
確かに俺は普段敬語など使わずに崩して喋ることが多い。
それを言ったら愛理さんもいつも一人の時の配信だと滅多に敬語使わないし……
反論を試みようとしたがすべて跳ね返って来る気がするので黙った。
「樹さんが凛斗さんだと思ってもいませんでしたよ」
「それは自分も……」
「そうでしょうね。まさか自分の配信に推しである雪花が来ていた上に許嫁ですもんね」
「うっ……」
「ほら~念願の推しとの会話ですよ~」
挑発するように煽ってくる。
さてどうしたものか。話せる気がしない。
「で、どうするんだこれ」
俺は勇気を絞っていつものように話を進めた。
「あ、いつもの喋り方に戻りましたね。まあ、どうするんだと言われてもどうしようもできないし親の判断に任せる?」
愛理さんも俺に合わせるかのように喋り方を変えた。
本当の喋り方は敬語なのか崩した言葉なのか俺には知らないが……
どちらで喋られても俺には違和感を感じないから特に気にすることなく話を進めた。
「許嫁の件はなかったことにするか?」
「いいえ、凛斗さんなら許嫁の件問題ないですから。なんならウェルカムで」
「冗談だよな?」
「半分冗談です」
真顔に戻って棒読みでそう言った。
なんかいつものテンションに戻っているというかなんというか……
さすが登録者数100万人。
関係はあるか知らないが簡単に言ってしまえば何千何万という人数の前で話しているのだからそういうのも上達するのだろう。
そんな他愛もないことを考えていながらも話を終わらせることにした。
「父さんたちが帰ってくるのを待つか」
「はあ、緊張と不安が無駄になった……」
「俺もだ。朝話されて会ってみたらこれってどんだけ世間は狭いんだか」
「全くその通りです」
肯定するように俺も首を縦に振った。
それはそうと崩すときと敬語に戻るとき変えるの器用すぎないか。
さっきからちょくちょく変わっている。
「そういえば愛里さんの事務所はどういう対応するんだ?」
話を終わらせようと考えていたが俺は気になったので聞いてみた。
流石に黙っているわけにもいかないだろう。
「事務所内ではこの話はもう回っています。視聴者の皆には後々話すと聞いていますがどういう形をとるのかは知りません」
「……事務所内もう話し広がってるのか」
あの事務所には多少なり関わりがある。
なので顔を知っている者も数名……
「相手のことはまだ話してはいないみたいだけど後々らしいですよ」
「は?待てそれは城雪さんが言っていたことか?」
「うん。お父さんがそう話していたけど……」
あとで交渉しないといけない。
いろいろと俺にとって都合が悪い。
父さんたちが帰ってきたあと時間を取ってもらうしかないだろう。
俺たちは今特に話すこともないので黙って父さんたちが帰ってくるのを待った。
数十分待つと扉が開き二人で喋りながら父さんたちが部屋の中に入ってきた。
珍しい父さんがあんなにも口を開いているなんて……
俺との会話ではあれだけ話すことは珍しいあるとすれば面倒な用件を話す時ぐらいだけだ。
「どうだい?少しは仲を深められたかな?」
「深めるも何もお父さん樹さんとは知り合いだった……」
「そうなのかい?会ったことないはずなんだけど……」
「ネットで?実際には会ったことないけど」
「ふ~ん、そうかい。まあ、仲がいい事に越したことはないよ」
愛理さんが事情?をすべて話してくれていた。
知り合いというかなんというかだがまあ知り合いってことでいいだろう。
すると父さんが口を開いてとんでもないことを言ってきた。
「城雪、同棲の件はどうする?」
「「は?」」
俺と愛理さんはどちらも同棲という言葉に驚きを隠せず声を出してしまった。
「仲いいみたいだし問題が起こらない限りは大丈夫だと思うけど」
「ちょっと待て。父さんいったいどういうことだ?」
「私からもどういうことか説明してもらえると助かるのですが……」
「説明するも何もその言葉通りのことだ」
愛理さんと目を合わせて何度も瞬きをした。
嘘だろ?なんでそんなことが前から決まっていて俺達には話されていないんだ?
「どうせ許嫁なんだから将来一緒に住むだろうしもういいだろうってことでそうなったんだよ」
「お母さんは良いって言ったの?」
「問題ないってなんならどっちか早く襲って孫を見させてほしいって」
愛理さんは頭を抱え込んでいた。
推しが毎日家にいるだと……
それはそれでありだがさすがに今はそんなことを考えるべきではないだろうと思い頭の中から消した。
「ああ、そういえば二人に聞いておかなければならないことがあった」
「私から説明しよう。学校なんだが今のままかどちらか片方が動くか決めてもらいたい」
「ということはこのまま別々の学校に通うか俺か愛理さんのどちらかがその片方の学校へ動くかを決めろってことだよな?それはもちろん……」
「それはもちろん樹さんが私の通っているところへ来るということで……」
「あ?何言ってんの?今のままでいいだろ」
「樹さんはそのままでいいんですか?例のお嬢様がいるじゃないですか」
愛理さんの言うことは有坂紀里のことだろう。
確かに愛理さんの通う学校へ行けば面倒ごとは減るがそれでも今のまま痛い思い出のある学校に残ろうと俺は思う。
あの学校へ残るために俺は愛理さんの意見に反対する。
「確かに愛理さんの言うことには一理ある。それでも高校生活が始まってからの半年いろいろとあったからな」
本当にいろいろとあった。
初日からチャラい奴に絡まれるわ夏休み前にあのくそお嬢様野郎に骨折されられるしいろいろとあった。
それでも俺はあの学校への思いというのはできていたのだろう。
「わかりました……なら私が行きます!」
「なんでそうなるんだよ!」
俺は頭を抱えたが城雪さんも頭を抱えていた。
「愛理落ち着いて、なんでこんなことになっているのかはわからないけどまずは落ち着こう」
「落ち着いてるから、推しを傷つけるやつは抹殺対象」
全身に殺気を帯びてまるで「許さない、殺す、消す」と言っているよう……似ていることは言っているようだ。
「樹、後は頼んだ。城雪と少し話してくる」
そう言ってそそくさと部屋から出て行った。
父さん、丸投げかよ。
「あの~愛理さん?」
「はい、なんです?」
切り替え早いな。
さっきまでの様子とは一転穏やかになっていた。
「で、どうするんだ」
「え?だから私があなたの学校へ通うということでよくないですか」
一方的すぎる。
この様子じゃ納得させない限りは俺の通っている学校へ無理にでも来てしまうだろう。
「でも、そっちでの友達くらい……」
「大丈夫です。友達はいますが連絡は取れるので問題ないです」
それは問題大アリというのだぞ愛理さん。
友達失うぞ……
これでも揺るがなそうなので同志佐二のことを話すことにした。
「ちなみに言うとだがな俺と同じように雪花様を推しているやつがいるが身バレしないか?」
「違うと言い切ればいいので問題ないです」
た、確かにそうだ言い切れば問題ない。
すべての案に対することを正論で返され俺は好きなようにさせることにした。
「はあ、参った。愛理さんの好きなようにしてくれ」
「ありがとうございます。では、私が転校ということで」
ため息をつきながらも首を縦に振って了解した。
推しのために尽くすという気持ちはわかるがそこまでする必要があるのかは俺にはわからない。
が、本人がそうしたいというのならそれを尊重すべきだろう。
状況を混乱させないように俺は黙って父さんたちを待った。
「わかったよ。手続きを済ませたりしないとだからすぐに転校するわけじゃないからね」
「ありがとうお父さん」
「なんかすみません」
「何で君が謝ってくるのかはわからないけど愛理の意志だからね」
なんだか申し訳なくなり俺は頭を下げて謝った。
「この後は……」
「すみません城雪さん。時間があればお伺いしたいことが」
「なんだい?」
「あ……えっと部屋を変えてもいいですか?」
首を縦に振って立ち上がってくれた。
愛理さんたちが来るまで使っていた部屋に入り事情を説明した。
「愛理さんから聞いたのですが事務所に俺のことを話すというのは本当ですか?」
「そのつもりだけど嫌かな?」
「ええ、できれば知っている人は知っているという形で通したいのですが」
「君と関わったことがある人には話してもいいということでいいかな?」
「はい、できれば」
「そうしておくけどまだ決まってないことが多くてね。こういう人が相手だと話すことはあるかもしれないよ?」
あっさりと快諾してくれたが後半のは少し聞き捨てならなかった。
まあそれぐらいなら許容範囲だが少し気になる。
「話すとしたらどのようになります?」
「う~ん……エンジニアかシステムを作った人間かな?」
「わかりました。それなら問題ないです」
それぐらいなら別に問題はない。
ただとある会社の子息などは承諾できない。
「そうかい?なら話すときはこれで通させてもらうよ」
「ありがとうございます」
「それと愛理のほうから公表するときに君に出てもらうことがあるかもしれないとだけ言っておくよ」
「……わかりました」
少し躊躇ったが俺は承諾した。
別にVtuberとして声を出しているからいいよな。
今後のことをどうするか少し考えながらも城雪さんと歩いて父さんたちのいる元へ戻った。
俺は先に部屋の扉を押して中に入った。
「で、何の話だったんだ」
「ん?ああ、事務所での扱いの話だけだよ」
「そうか……もう話すこともないだろう」
「じゃあ私は忙しいしここら辺で帰らせてもらうよ」
「私は?」
「愛理はもう少しここで話を聞くように」
そう城雪さんは言い残して部屋の扉を開けて出て行った。
愛理さんがまだいる理由はなんだ?
もう話すこともないと父さんが言っていたし何かほかにこれとは関係のないことか?
俺は父さんが口を開くのを待った。
「お前らはこの後新居に行ってもらう」
「「ん?新居?」」
俺も愛理さんも目をパチパチと何度も瞬きをした。
親たち勝手に決めすぎじゃないか?
俺にいたっては今日の朝許嫁がいたことを知らされたし……
勝手に決められ情報伝達の欠片もない……いやこの場合は報連相の欠片もないのほうがいいか。
「なぜ「意味が分からない」という顔をしている?」
「新居ってどういうことだよ!」
「お前ら二人用の新居だが?」
全く持って理解ができない。
城雪さんも最後まで説明してくれないと困る。
「引っ越しは何時でも問題ないが部屋だけだ。だから引っ越しまでには家具を決めたほうがいい」
真顔でそう言い切った。
父さんにいろいろと言ってやりたいがあまり聞く耳を持たないだろうし言っても無駄だ。
母さんも早く帰ってきてこの父さんを何とかしてほしい俺はそう思った。
「場所はここだ。二人で見てくるといい」
すると急に父さんからマップデータが送信されてきた。
「ちなみに聞くがマンションごと買い取ったほうが良かったか?」
「それだったら家でよくなると思うが?」
「それもそうだな」
そんな会話をしながらもいろいろと詳細データが送られてきた。
というかさっきの会話脳死じゃないか?なんだよマンションごと買い取って二人を住まわせるって。
こんなバカな会話に俺は頭が痛くなった。
「これは明らかに俺ら高校生二人が住むような場所じゃないぞ」
「なんだ?まだ欲しいというのか?」
「逆だ。ありすぎるんだよ」
手に持っているスマホを愛理さんにも見えるように持ちながらもう一度確認した。
まずセキュリティは問題ないし防音もあって俺たち配信者にとってはありがたい。
学校から少し離れているが通学に関しては問題ない。しかしこの後がおかしい。
ここら辺の中では一番値段も構造的にも高い上に敷地が広く一部屋だけでも広さのあるようなマンションの最上階の部屋すべて借りているのがおかしい。
すべての部屋に行けるようにつながっているし……
何がしたいんだうちの親達はいったい。
「家具代は城雪が持って家賃は俺が持つことになっているから安心しろ」
「別の意味で安心できないからな?」
愛理さんは黙ったままだが表情の移り変わりがすごい。
流石にやりすぎだと思う。
俺は減らすように頼もうとしたがかえって面倒なことになるからそこは黙っておいた。
「俺から話すことはもうない。そのままマンションへ行って管理人に挨拶して中を見てこい」
そう言って強引に話を終わらせ半ば強引に会社から出された。
「愛理さんどうする?」
「どうしたらいいんでしょうか?」
二人して頭の上に?を浮かべていた。
「まず許嫁の件だが……」
「勝手に進んでいるしいいんじゃない?別に凛斗さんである樹さんなら問題ないですし」
「それは問題あるが?」
「ナイデスヨ」
こちらを向いて棒読みでそう言い切った。
絶対にある奴のセリフなんだよなぁ。
会話をしながらも目的の場所まで向かうことにした。
「一緒に生活……」
「今一瞬なんでこうなったのか、神様に聞きたいと思いましたよ」
「それはそうだな」
「運命とは恐ろしいものですね」
運命……運命か……
運命という言葉はいったい何なんだろうか?
本当にそんなものがあるのかあるとしたらなぜ人間はそう呼ぶのか俺は気になる。
「はあ、樹さんとの将来はいったいどうなるのか気になる」
「ましな関係を送れてるといいな」
「ましってなんですか?私が頑張って恋愛感情沸かせて見せますからイチャイチャラブラブな生活を送りましょうよ」
「それは数十年かかっても無理だな」
「大丈夫です。私がしっかりと落として見せますから」
そう言って親指をグッっと立てこっちへ向けてきた。
無理だろうな。推しに恋愛感情が沸くわけない。
推しは推しガチ恋しない限りはならないだろう。
そう言えばの話だが会話し始めてから思ったんだがなんか愛理さんキャラ変わってね?
最初は清楚系かと思ったらいつもの配信してるときのノリへと変わった。
「なんですかその目は?」
「いやぁなんでもない」
「それはある人が言うセリフです。なんです?話してください」
「いややめておく」
「何でですかぁ?はっ!まさか私の姿を見て何か考えてしまったとか?やらしぃ」
俺の脇腹を人差し指でつんつんと突っついてきた。
うぜぇ、どうしたらいいんだ。
こういう時の攻略方法用の本とかないのか?
今度ネットであるか探してみようと考えた。
「こんなノリでコラボとかできたらいいんだけど……」
ぼそっとそんなことを呟いていた。
だが無理だ。個人と有名事務所で組むこと自体そうないことだと俺は考えるしなんなら底辺も底辺のいいところの人間と組めるはずもない。
可能性があるパターンを何個も想像してみたがよっぽどのことがない限りは無理な考えにしか行きつかない。
「そういえば引っ越しのことだが……」
「私の考えとしては家具を決めて配置してそこから各々の家具などを持ち込むっていうのでいい?」
「問題ない。それだったら早ければ二週間ぐらいで終わる気もするな」
「ん~どうでしょうか?まあ、すぐに家具を決めれば解決することですしね」
「ああ、家から持ってくるものなんてそうないだろう」
俺の場合は配信機材と雪花様のグッズを持ってくるだけだ。
雪花様のグッズを運び入れるのには少し気が引けるが……
横にいる雪花様の中身である愛理さんを見た。
「なんです?」
俺が見たことに気づいたのか不思議そうにこっちを見てきた。
「いやなんでもない。というかそっちも配信機材くらいだろ持ってくるものなんて」
「失礼な!まだ…………まだ何かありますよ!」
「特にないんだな」
「うっ……互いに前までの生活の様子がわかっているのがつらい……」
手を目元に持っていき泣くふりをしていた。
それは俺も言いたいセリフだ……
そんな自爆をしていく話を互いにしながらも新居へ向かった。
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