Doll

@skwilyyyy

第1話

父は厳しい人だった。無口で笑うことも無い。4歳くらいの時、酷く冷酷で蔑むような睨みを受けた。関心を持って欲しくて父の仕事場に行ったら殴られたこともあった。従者達は皆、父のことについて何も言ってくれなかった。

父が死んだ。ただ父の死が目の前にあるという事実だけがそこにあり、私が父を思い涙を流す事はなかったけれど従者達は残らず泣きじゃくった。


2年でこの街に転校してきたネア。初っ端から元気いっぱいの挨拶をかまして一瞬の内にクラスに打ち解けた。

ネアは外国人+片言の日本語をこの時代では珍しく個性として武器にし、自身の「はぐれもの」というレッテルを無理やり剥がした。

「ネア君、面白いよね。」

そうクスッと笑って言う幼馴染みのハル。

私はハルが好きだ。

「そうだな。」

膝をポリポリと掻きながら

「彼みたいに自由に生きたいよ。」

少し悲しげな顔で作り笑いをして呟いた。

こいつも俺と同じように決まった人生しか進むことが出来ない。

頭領だとかで親が偉い人。お金がある。一番最初に産まれた。たったそんだけのことで、あれはやるなこれは駄目。

本当に生きるのつまんねーって思ってた時に、こいつに出会って同じ境遇だったからか仲良くなって。気づいたら好きになっていた。

でもそんな事、これから先も言えないし言うつもりもない。言って仕舞えばこいつと何気なく二人でいられる幸せを失うかもしれない。

 3週間後、ネアが俺達のことを気になり出してずっとまとわりついてくるようになった。

ネアとハルは楽しそうだけど、私にとっては正直ネアが邪魔くさい。

ネアはいいやつだ。馬鹿みたいに。進んでボランティアを受けたり、真剣に見返りを求めたりとかもしない。お人好しで自慢話とか負に繋がる話を一切避ける。

良い奴と分かってしまう。だからハルを取られるんじゃないかと、監視役みたいにハルに離れなくなってしまった。

「並木ってさあ、ハルのこと好きだよな。」

突然そんなこと言われて思わず顔が熱くなるのと同時に、動揺した。

「君らの立場上なんとなく言えないのはわかるけどさ。伝えられる時に言っておかないと後悔するぜ。」

その日は頭ん中がややこしくて言葉の意味を一晩中考えた。

その夜、村の警報が鳴り響いて戦争が始まった。

俺の家は半分焼かれて、周りのボロい住宅は街ごと全焼。

家の部隊は戦争の只中に戦いに出た。

後日うちの藩は敗北したと知らせが届き、責任をとる形で殿の代役でハルの父親が切腹した。

ハルは若干15でこの街の頭領になった。

この事に驚くことはないが

次戦争が起きて負けてしまったとしたら、今度はハルも父親と同じ運命を辿る事になってしまう。

明日がいつでも当たり前のように来ることは無いと言われている様だ。

人はいつ死ぬのか分からないのだから。

ハルは泣かなかった。その目にはわずかな涙が零れそうになっていたのは近くにいた俺しか知らない。


それから3年たった。まだ気持ちを伝えてはいない。

そろそろ結婚の話も出てくる頃で、ネアと饅頭を食べながら恋バナみたいなことをする関係にもなっていて、私の気持ちはネアにしか知られていなくて最後に気持ちだけでも伝えようと成人の儀の夜、ネアに協力を頼み二人きりにしてもらうことにした。

ネアは「頑張れよ。」と一言だけ言って背中を押してくれた。

ハルに酒を注ぎ、一緒に呑もうと誘う。

いいよと笑ってクイッと酒が唇を伝う。

「ハル。真面目な話だ聞いてくれ。もう知っていると思うがお前が好きだ。世間様がなんて言ったって俺はお前を愛している。」

乾いた口で汗をかいた手を硬く握りしめた。

「並木。私も君を愛しているよ。同じだ。」

涙を浮かべ、俺達は杯を交わした。

ネアは、満足そうに笑って一日も経たないうちに旅に出ると言って何処かへ消えてしまった。

いい友達が突然居なくなって寂しくなった。

しかし、ネアが居なくなった次の日からおかしなことにネアの事を話題にしても「ネアって誰。」と、彼を覚えている人がいなくなった。

訳がわからなく怖くなって以来、ネアのことは話題に出さないようにした。


 そのまた10年後、戦争が起きてハルの藩の前戦で俺は戦った。

ハルの藩は勝利した。歓喜の声が飛び交う。

私は味方や敵関係なく怪我人の手当てをしていた。もちろん手遅れのものもいるし、敵に助けられるなんて惨めだと嘆く人も多くいたりする。

しかし放って置けないのだ。ネアがしていたように見返りを求めない動けられる人間でいたい。

俺だけはネアを忘れてはいけないと。

そして、見覚えのある夕焼けに染まる赤い髪。無駄に整った顔のやつ。

(何でここに。)

片腕が無く、やつれた顔をした変わり果てた姿で戻ってきたネアがそこに横たわっていた。

彼は静かに並木の腕の中で息を引き取り、少し微笑んで深い眠りについた。

そして、ネアのふくのそでにクシャクシャになった日記を見つけた。

字は確かに父の字で筆で書かれていた。

恭介はその場で日記の扉を開ける。


念願の子供が私にできた。

名前はどうしようか。桜さんが決めると言っていたからきっと美しい名なのだろうなあ。

子供は泣いてばかりのものと思っていたが実際は笑う姿が多くて、可愛らしい。

従者達が可愛いと言う気持ちがよくわかる。

私がもっと素直であれば、いくらでも甘やかしてやりたい。

名前が恭介に決まった。人に対して礼儀正しく慎むことの出来る人間になって欲しいのだそう。

この家を継ぎ、立派な人になるとまだ先の話なのだが考えて嬉しく思ってしまう。

それ程に私は今幸せなのだ。

幸せはずっと続くものでは無い。甲状腺に腫瘍が見つかった。私の命はもう永くない。

声ももうまともに出せなくなってきた。

今まで仕事ばかりで何もしてあげられなかった分できれば家族に何か残して死にたい。

色々考えて戦いの多いこの時代家族を守ってやれるものを作ろうと思う。

桜さんが2人目の子を流産してしまった。沢山大声で泣いていた。こんな時にも何もしてあげられない自分が憎かった。

家族を守る守備兵のような子を、サイボーグの様に作ると決めた。大学に通っていた時機械科を専攻していてよかった。

もうすぐ5歳になる恭介、未完成の状態を見られそうになって慌てた。恭介は動揺して逃げてしまった。未だに病気のことは誰にも言っていない。

桜さんと従者の料さんに手紙を書いて伝えた。

皆が納得をし、家の格を下げないためにもこの事を秘密にしてもらった。

ついにサイボーグが完成した。同時に私の余命は今日だ。サイボーグには私から名を与えようネア。私の愛している皆を守って欲しいと願いながら今スイッチを押す。


恭介、桜さん、料さんへ

生まれてきてくれてありがとう。出会った時と変わらず愛しています。とにかくありがとう。

本当に語彙力がなくて困るよ。どうか私のことを忘れ、ずっと幸せでいてください。


一通り読み終わると恭介は本を閉じる。手を強く握り締めネアの体を抱き抱えた。

この世で最も分かりにくかった愛のカタチ。

ネアという存在をくれた父に恭介はただ一言。

「ほんと馬鹿なオヤジだよ。」

ネアは人形、そして主人である恭介だけが認識できる。恭介にとってそれは家族、友達だった。


今日も腐敗した肉片を再生させる為、折れた骨から流れる汁を止め入れ替える。目玉を腐らないよう瓶に入れ神経を繋ぎ合わせる。気の遠のくような試行錯誤の繰り返しで取り戻そうと取り繕う。

青空の下笑顔で笑うあの時の君をいつか見れるように。

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