第2話

 ドラゴンは間もなく死に絶えました。

 私に敵意がないと分かっていたのか、それとも暴れる元気も残されていなかったのか静かに息を引き取りました。


 そのドラゴンに何があったのか分かりません。

 しかし不本意な最期だったのでしょう。

 その場所にはずっしり無念が溜まっていました。


 誰かに知らせなきゃ!

 私はそんな衝動に駆られました。

 別にドラゴンはそんな事望んではいなかったと思います。


 私自身がその場に溜まる悲しさに耐えられなかったんです。

 このドラゴンの死を誰かと共有しないと気が済みませんでした。


 完全に自分のいる場所を見失っている私。

 でも私は魔導師です。

 魔術とはつまり大自然の知識の蓄積そのもの、魔導師はそれを修める者。


 私はお日様の位置、植物の生え方等を頼りに持てる知識を総動員、おおよその自分の場所を突きとめました。

 よしこれで街まで帰れる!



 帰れませんでした。

 森って怖いですね。


 随分前から迷っていた私ですが、ここにきてようやく遭難の恐怖を感じるようになりました。

 ブルルルルルルル、ブルルルルルルル、私は森の中で一人、心細さに震えました。



「お嬢ちゃん、ここで何やってるの?」


 狩人のマリスとはこの時初めて出会いました。

 背が高くスマートで格好いい。


 人に出会えた!

 私はホッとしてマリスに話しかけました。


「……あ……こんにちはー……」


「はい、こんにちは。で、何してるの? もしかして迷った?」


 私はマリスに事情を話して、ドラゴンの元に戻りました。

 ドラゴンの周りに溜まる悲しさの気配はマリスには特に感じられないみたいでした。

 でもマリスは私の訴えに真剣に耳を傾けてくれたのです。


「立派なドラゴンだ……。これだけ立派だときっと強く誇り高い個体だったんだろう。それがこんな藪の中で人知れず死んじゃうなんて、悲しいね。でも彼は君に見つけて貰えて幸せだったんじゃないかな?」


 別にそんな事はないと思いますが。

 マリスはドラゴンよりも森の中を美しくも儚げに彷徨う謎の少女である私、を心配したのかもしれません。

 私の言葉に優しく寄り添ってくれました。


「街に戻って人を呼んでこよう。帰り道は分かる?」


 首を横に振る私。


「そう……じゃあ一緒に帰ろう」





 ドラゴンは稀少な生物。

 死体であってもその肉、皮、骨と高額で取引されます。

 ドラゴンの死体には多くの人が群がり、解体加工されたそうです。


 私は皆から褒められいくらかのお金を貰いました。

 ゴウから捨てられて生活力ゼロの私も暫く食べていける。

 街の人からチヤホヤされる事で少しだけ精神的にも安定しました。



 でもそれも長続きしませんでした。

 時間が経つとやっぱり気分は沈むし、お金も減ってくる。

 これからどうしよう。

 私は何も出来ない。



 そんな時、また悲しい気配。

 私はまたまた気配に引き摺られ、家を飛び出してしまいました。


 辿り着いた先は洞窟、ゴブリンの巣でした。

 か弱い美少女、魔法を使えない魔導師の私。

 襲われたら一巻の終わりです。



 私がゴブリンに襲われる事はありませんでした。

 伝染病か何かでしょうか、巣の中のゴブリンは既に全滅した後でした。


「……驚いたなこりゃ」


 振り返るとマリス、言葉通り驚いていました。

 何故ここに?


「君の事が心配でずっと様子を見ていたんだ。で、また森に入った君に付いてきたらこれ。一体君は何者だ?」




 ゴブリンは討伐対象、これを発見した事でまたいくらかのお金が入りました。

 そして少しだけ気分が楽になり、また沈む。


 そうして何度か同じ事を繰り返しました。

 三度目はまたドラゴン。

 老いた個体で死因はたぶん老衰。


 トロル、ドラゴン、ゴブリン、ドラゴンドラゴン。

 私が彼らの元に着いた時、彼らは決まって死にかけ、もしくは死んでいました。


 私の行く先でドラゴンが死を迎える。

 私はいつしか街の人間から、命を刈る魔導師と噂されるようになっていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る