第8話 計画遂行
原井をやり込める計画には、理沙も協力してくれることになった。何より、理沙から原井に対し、原井と付き合う気などないことを明確に示して欲しかった。
計画実行の日、原井に理沙から話があるので放課後に校庭裏に行くように伝えると、原井はすっかり喜んだ表情を見せた。先週あたしに殴られたことなどすっかり忘れてしまったかのようなはしゃぎっぷりだ。あぁ、やっぱりこいつは自分の発言が問題だとはこれっぽちも思ってはいないんだな、と思うと無性に腹が立つが、ここは我慢だ。放課後までのね。
夕方のホームルームが終わると、あたしは急いで一郎や理沙たちと合流した。一郎と理沙、栄斗の他に、一郎の彼氏の翔も助っ人として参加している。この一郎の彼氏の翔は、すらっとした体型の割に腕っぷしが強く、原井が何か本格的にヤバい暴れ方をした時に取り押さえる役目もあるらしい。
栄斗を残し、あたしたちは全員柱や木の陰に身を隠して原井の到着を待った。しばらくすると、原井がウキウキした表情で、この校庭裏へやって来た。原井はその時、栄斗を見つけた。一郎が翔にそっとウインクして合図し、翔がそっと携帯の動画のスイッチを押した。
「上原がなんでこんなところにいるんだ?」
原井は急に不機嫌そうになって聞いた。
「すみません。ちょっと原井先輩と話があって」
「俺が待ってるのはお前じゃないんだよ。俺は理沙ちゃんが俺に会いたがってるって平井に言われたからここに呼ばれて来ただけだ。さっさと帰れ、ホモ野郎」
栄斗は指示通りのセリフを話し出した。
「待ってください! 俺、確かにバイっす。男のことも好きっす。でも、それだけは、サッカー部のみんなにバラさないでください! お願いします!」
演技なのか半分本気なのか、栄斗は必死に訴える。すると、原井はニヤニヤ笑い出した。
「はあ? なに言ってんの、お前? バラすに決まってんじゃん。お前みたいなホモ野郎が、ボールに触れるだけで穢れるんだよ。さっさとサッカー部辞めさせてやるよ」
栄斗は原井に縋りついた。
「お願いします! 俺、サッカーだけは辞めたくないんす! それだけは、それだけは勘弁してください!」
「は? うっせぇよ。触んな、オカマ!」
原井が栄斗を突き飛ばした所で、一郎が理沙を伴って柱の陰から廉也の前に姿を現した。
「なんでお前ら・・・」
原井は驚いて二人を見た。
「原井先輩、ですよね?」
りっちゃんが一歩前に出た。
「あ、ああ。そうだけど。何で君が俺の名前を?」
「遥から聞いたんです。わたしと遥が一緒にいた時にわたしを見かけたって。わたしのことを好きになってくれたって」
原井は顔を赤くした。
「そ、そうだったっけな。あはは。平井のやつ、余計なこと・・・」
「わたしはあなたのことを好きになることはできません」
よく言った。あたしは内心ガッツポーズをした。反対に、その理沙の一言に原井は凍り付いた。
「一郎先輩は、わたしの部活の大切な部長なんです。一郎先輩がゲイだからなんだっていうんですか? あんな風に一郎先輩を馬鹿にする人、わたしは絶対無理です。ごめんなさい」
そう言って、理沙は指示通りのタイミングで走り去った。原井はポカンとして理沙を見ていたが、今度は一郎の方を怒りに満ちた形相で睨みつけた。
「お前だろ、これ、仕組んだの!」
原井が怒鳴った。
「ごめんね、廉也。でも、仕方ないんだ。僕がゲイであることはどれだけ廉也が周囲に言いふらしても構わない。でも、栄斗のことで同じことをされちゃ困るんだ。だから、もう、こんなことやめよう」
一郎が言い終わるか終わらないかのうちに、原井が一郎に飛びかかって来た。
「ふざけんな、このカマ野郎!」
原井の怒りがピークに達し、そろそろ一郎と栄斗がヤバい。あたしは翔と共にひょいっと柱の陰から外に出た。
「はい。どうも、お疲れ様」
原井は唖然としてあたしらを見た。一郎は翔から、原井の暴虐ぶりが録画された携帯を受け取り、原井に見せつけた。
「僕、今まで廉也が栄斗にした暴力も暴言も、僕に暴行しようとした所も、全部この携帯のカメラで撮らせてもらったよ」
「なんのつもりだ?」
原井は怒りに肩を震わせながら言った。
「これ以上、廉也が栄斗をいじめるの、僕、もう我慢できないからさ。栄斗は僕の料理部の大切な部員なんだ。もし、僕らに危害を加えるなら、この映像、廉也の担任の先生に見せるよ。それから、警察にこれ見せたら、きっと暴行罪が成立するよね。後は栄斗が被害届出したら終わるだけだ」
一郎がそう言うなり、原井は一郎に襲い掛かって来た。
「そんな真似、させるかぁ!」
しかし、原井が襲い掛かって来ることを計算に入れていた一郎は、ひょいと身を翻すと、一目散に校舎の中へ駆け込んで行った。原井は慌てて一郎の後を追う。この後、一郎は職員室の前で、これ以上侮辱的で暴力的な振る舞いを続けるならば、すぐに職員室に飛び込んで原井の暴力行為を暴露する、と話すことになっている。ここまで来れば、もう原井も一郎に手出しできないだろう。あたしたちの役目もここで終わりだ。後は、一郎が原井との決着をつけて戻って来るのを待ち、一緒に帰るだけだ。
「一郎が心配だから、俺はあいつらを監視しておく。お前らは後で俺たちに合流しろ」
翔はそう言うと一郎や原井の後を追いかけて行った。どこまでも一郎が大切なんだな、翔は。ゲイのカップルなんて、ほとんど興味もなかったあたしだったが、一目散に走っていく翔の背中を見ながら、あたしは少し感動を覚えていた。人が人を想う気持ちに男も女もないのかもしれない。あたしはふとそんなことを思った。
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