第9話 傷害未遂事件
「理沙、原井にきちんと付き合うつもりがないことを伝えてくれてありがとう」
あたしがそう理沙に礼を述べると、理沙はクスッと笑った。
「なに言ってるの、遥ったら。どういうセリフをどのタイミングで言うかって、全部打ち合わせしたものでしょ? わたしは一郎先輩の計画に乗っただけじゃない」
「でも、ありがとう。もし、理沙にあいつに対する気持ちが少しでもあるなら、あんなセリフ、芝居でも言わないでしょ?」
「ま、そうだけど」
「だから、ありがとう」
「もう、遥ったらやめてよ。わたしは二度と浮気なんてしないし、遥にずっと向き合っていくって約束したじゃない。だから、もう普通に戻ろうよ」
「普通って?」
「普通は普通よ」
理沙がそっとあたしの肩に頭を預けた。甘えん坊の理沙のこと。お家デートをしている時に、こんな行為は日常茶飯事であったが、こんな風に外であたしに堂々と甘えるなんて今までにはなかったことだ。これを「普通」だなんて、ちょっと無理があるんじゃないか?
でも、そんなことはもうどうでもいい。理沙があたしのことを愛してくれている。その事実だけであたしは幸せだ。あたしは理沙をそっと抱き寄せて理沙の頬にそっとキスをした。すると、
「あのぅ、お二人さん、俺もいるんすけど・・・」
そう言って、栄斗が決まり悪そうにあたしらがいちゃつく姿を見ている。すっかり栄斗の存在を忘れていた。
「あ、ごめーん、上原くん! 遥のことが好きすぎて、つい」
理沙は「てへっ」と頭を片手の拳で軽く小突いてみせた。まったく、理沙もなかなかの小悪魔だわ。あの一郎もびっくりのね!
「だから、そういうのは家でやれって」
栄斗は顔を赤くしている。
と、そこへ話に決着をつけたらしい一郎が戻って来るのが見えた。さあ、これで一件落着だ。理沙が原井のホモフォビアの被害に遭う心配ももうないだろう。あたしはホッとして一郎の方に歩き出そうとした時、あたしははっとして息を呑んだ。一郎の後ろから、目を血走らせた原井がカッターを片手に襲い掛かって来る姿が見えたからだ。
「一郎、危ない!」
あたしが駆け出そうとした瞬間、翔がさっと現われて、原井の腕を押さえつけた。なんというやつだ。すっかり一郎への逆切れの復讐心に駆られ、こんなとんでもない事件を起こそうとするとは。あたしも、あいつがここまでのことをするとは想定外だった。翔はこんなことになる危険性も考えていたのだろう。原井を押さえつける手と反対の手に携帯を握り、原井の傷害未遂行為を撮影していた。
「卑怯なお前のことだ。こういうことをするんじゃないかと、俺はずっと睨んでいたんだ」
翔はそう言うと、携帯をポケットにしまった。
「これで証拠映像も撮れた」
翔はそのまま、原井の手からカッターを取り上げた。
「お前、誰だよ!」
原井が叫んだ。
「俺は、一郎の彼氏の赤阪翔だ。お前のことは一郎からよく聞いている。お前が中学のころ、一郎にどんな仕打ちをしたのかもすべてな」
原井は翔に反撃しようとしたが、翔がひょいと腕をねじり上げると、原井は痛みに顔を歪めた。
「俺はお前を許さない。一郎をあれだけ傷つけて、平気な顔してよくも今までのうのうと暮らして来たな」
原井はそこで初めて翔に対して恐怖を覚えた表情をした。そこに、あたしらも合流した。
「あんた、今、一郎にしようとしたこと、殺人未遂だよ。自分がしようとしたこと、わかってんの?」
あたしは恐ろしさに震えながら原井に言った。原井はあたしにチラッとだけ視線を送ると、一郎に対して攻撃的な視線を送り続けた。これは、本当に警察でも呼ばなくちゃいけない状況だ。あたしが110番通報をしようとした時、
「翔。もういいよ。廉也のこと離してあげて」
と一郎が翔に告げた。一郎⁉ あんた、正気なの? 原井はあんたに対してカッターで切りつけようとしたんだよ?
「でも、こいつ、お前のこと・・・」
翔もあたしと同じことを考えているようだ。しかし、そんな翔を一郎は遮った。
「僕は、大丈夫だから」
翔は仕方なく原井を離した。一郎は、原井が落としたカッターを拾うと、原井の方に一歩歩み出た。一体、一郎は原井をどうしようというのだろう。あたしはただ彼の様子を見守るしかなかった。
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