第7話 1−7

 それからベンジさんは天井を向き、しばらく天井にある宗教画を眺めていましたが、やがて頭を戻すと、

「……イゼーラ、これが第三の案件?」

 そう、つぶやくように問いかけました。

 彼の声は冷たいものでした。

 その氷柱のような声を聞いた途端、イゼーラの体がビクン! と震え上がりました。

 少し間が空いたあと。

 領主代行ゴーレムちゃんは、おそるおそる返事を口にしました。

「はっ、はい、そうでございますお館様……」

「……この案件と、テストの案件をどうしろと?」

「はっ、はい……。この案件で、新型機の実戦テストを行ってみてはと、ご提案したいのですが……」

「……」

 イゼーラがそう応えると、ベンジさんは再び黙り込んでしまいました。

 悩んでいるような。怒っているような。

 その二つの感情が入り混じっているような。

 しばらく、口をへの字にして考え込んでいたベンジさんでしたが。

 やがて、口を開きました。

「嫌だ。このゴーレムちゃんたちであいつの依頼を受けたくない」

「なぜですかお館様!?」

「だってさっき、邪教の神殿に悪魔とか亜人とかいるとか言ってたんだぜあいつ。そんなところでゴーレムちゃんたちのテストしたら壊れるかもしれないじゃないか。そんなのやだ。それに」

「それに?」

「このゴーレムちゃんたちを作ったのは、グライスの宮廷とか騎士団とかかもしれないし。あいつらも何企んでるのかわからないし。それに……」

「まだあるんですか」

 困り顔のイゼーラに、ベンジさんは語気を強めて言葉を続けます。

「あいつの依頼なんて、裏に何があるかわからないし……」

 ベンジさんはそう言うと口を尖らせました。

 こうしてみると勇者と言うよりはまるで子供です。

 まあ、事実生まれてからの年齢はまだ十七歳なんですけどね。

 ただ、人造人間なので、成人したのが二歳なんですけど。

 ともかく、大好きなゴーレムちゃんが壊れること。嫌いなクルスから依頼を受けること。

 この二点から、ベンジさんは二つの依頼を受けることが嫌なようです。

 まったく、困ったものですね。

「まあそう言うだろうと思いましたよ」

 イゼーラは困り顔を若干の笑みに変えると、身振り手振りを交えて反論しはじめました。

「ここに繋ぐ前に先方から連絡が来た際、保留中のときに裏を取ってみたんです。すると、当該の神殿に悪魔や魔物などが集まっているというのは本当のことでして。少なくとも罠ではありませんよ」

「そうなの?」

「こちらも調べて見ましたんですがにゃ、侵入経路は少なくともマアス社からで、グライス王都や騎士団の駐屯地などからではありませんにゃ。まあ巧妙に隠蔽されたようなあとはあるんですがにゃ」

 画面の向こうのメフィールがそう言葉を継ぎます。

「本当に?」

「それに、ベンジさま。こういうテスト騎は試験をして壊れるためにあるのですにゃ。その壊れ方から躯体の欠点などを見つけ出して、改良して量産型に活かすものですにゃ。それぐらいおわかりですと思いますがにゃ」

「ま、まあ……。そう、だけど……」

 メフィールも困ったお方だにゃ、というような顔で、こちらを見つめます。

 そして手で頭をかきました。

「ともかくベンジ様っ。依頼を受けると言っちゃったんでしょうっ? 断ると言ってももう遅いですよっ。それに、邪神が復活するかもしれないなんて案件、勇者が見逃したら勇者の名折れですよっ」

 アルカまで身を乗り出して、彼にとどめを刺しに来ました。

 彼女の言葉に、ベンジは、うっ、となりました。

「……」

 そしてベンジは押し黙ってしまいました。

 勇者ならば人類を守るという使命、義務を遂行すべきだ。

 本来ならベンジはそれに従うべきです。

 それはそうです。勇者としての使命、義務、意味。そういったものが、彼の本能に刷り込まれているのですから。

 あれこれ言ってみても、その本能に逆らうことはできません。

 しかし。その一方で。

 ベンジさんの内心にはある感情が芽生えていました。

 それらの本能に逆らってしまうほどの、ある思いが。

 積み重なった人生の上に芽生えたその思い。それは、彼の本能という土を突き破らんとしていました。

 僕は、どうすればいいんだろう。

 本能に従うべきなのか、感情を大事にすべきなのか。

 ベンジが迷いの海に沈んでいると、水面から手が差し伸べられました。

「ベンジ様、今はやるべきことをやったほうがよろしいですが。迷うのは、その後でもよろしいと思いますが」

 その声の方を向くと。

 彼のメイド、マルが、その浅黒い顔を優しい笑みで満たしていました。

 そして、彼女の手が、彼の手を包み込んでいました。

 そのぬくもりに急かされて。

 その瞳に制されて。

 その微笑みに御されて。

 ベンジは、思わず言葉を放ってしまいました。


「う、うん。わかった。依頼、両方とも受けることにするよ」


 その応えに、マルが、周りのゴーレムちゃんたちが、一斉に安堵した表情を見せました。

 みんな、よかったですね。ベンジさんが依頼を受けてくれて。

 一時はどうなることかと思いましたが。

 彼の言葉を受けて、リビングにいたゴーレムちゃんたちがあちこちへと散り、動き出しました。

 リビングだけでなく、城中の、マアス社工場中の、街中のゴーレムちゃんたちが。

 そして彼女らのネットワークの中心にいる、クラウドマインド・アンも、動き出したのです。


 ある目的に向かって。

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勇者+1(プラスアン) あいざわゆう @aizawayu1

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