第6話 1−6
「クルス……?」
ベンジさんがその名前を聞いたとき、顔色がさっと変わりました。
なにか良くないニュースを聞いたときのような顔です。
ベンジさんの変化に構わず、浮いていた二つの画面の大きさが小さくなり、新たな画面が現れました。
「やあ、ベンジ。元気だったか?」
「や、やあクルス……」
その画面に映し出されていたのは、金髪碧眼の、まさに容姿端麗とも言うべき青年でした。
彼こそが、ベンジとともに大魔王大戦を戦った大勇者の一人、クルスです。
戦略級の武具や魔法などを操る力を持ち、戦場では真っ先に敵陣へと飛び込み、多大な戦果を上げてきました。
そして大魔王との決戦ではベンジたちとともに大魔王と戦い、見事これを倒した、大戦の英雄の一人です。
なんでそんなクルスが自分に通信を、というように顔をわずかにしかめると、
「……、な、何の様かな……?」
とおそるおそるというふうに尋ねました。
おや? ベンジ様はこのクルスという人となにかあるのでしょうかね?
そんなベンジにどこ吹く風、というふうに、クルスは冷酷とも陽気とも取れる声で尋ねてきました。
「お前、まだ外に出られないのか? 呪いはまだ解けないのか?」
「……ま、まだだけど」
「かけら取っちゃえばいいのにさ? あ、無理に取ったら死ぬんだっけか? 難儀だよなあ、お前」
「……う、うん」
ベンジは、知っているくせに聞くなよ、という顔になりました。
苦虫を噛み潰したような表情で、言葉もどもり気味です。
そんなベンジの態度を知っているのか、無視しているのか、どちらとも取れるように、画面の向こうの金髪碧眼の容姿端麗男は、続けざまに言葉を放ちます。
「今もお人形さんたちと仲良く暮らしてんのか? もうそろそろ、本当の人間と恋愛して結婚したほうがいいんじゃないのか?」
「……」
「……ん? どうした」
「な、なんでもないよ」
しかしベンジさんの両拳はぎゅっと握られていました。
体もわずかに震えています。
あ、これまたベンジさんの地雷踏まれましたね。
でもベンジさんはぐっとこらえています。
ベンジさん、可哀想じゃないですか。
本当は一発ぶん殴りたいですけど、今はそうもいきません。
「そ、そういうお前はプリシア姫と仲良くやってんのかよ?」
絞り出すようにベンジは返します。
一発反撃をぶちかましたいようです。
「順調だよ」しかし、クルスは平然と返しました。「この間跡継ぎが生まれたよ。かわいい赤ん坊だよ? 画像見せてやろうか?」
「い、いいよ別に」
「そうか。残念だな。せっかく見せてやろうと思ったのに」
クルスはわざとらしい残念がった顔をしました。
このリア充野郎。本気で爆発しろ!
それから、まあいいだろ、というように、
「実は、お前に依頼を持ってきたんだが」
そう切り出しました。
「い、依頼……?」
「そう、依頼だ。手短に言うと、グライス北部の山岳部にある邪神を祀った神殿に、悪魔や魔物が住み着いたらしい。それを退治してくれ」
「邪神の神殿……?」
「そうだ。そこには邪神を封じ込めた異世界に続くゲートの一つがあって、そこを神々が封印した。その封印を悪魔たちが解こうとしている。それを阻止してほしい。簡単だろ?」
「よ、よくもそんなふうに言うよな」
ベンジさんは卑屈な声で返しました。
そして、さらに問いを続けます。
「と、というさ、他の勇者はどうしたんだよ。グレルは? アトンは? メキュアは?」
「お前、最近のニュース知ってるだろ。ここのところ、大陸の各国の動きが不穏になっていて、現役にある勇者たちが警戒態勢に入っていることを……。俺も警戒態勢に組み込まれていて、動けないんだ」
その時、クルスが映っている画面が乱れました。
声もノイズが走ります。
ベンジは ? と思いながら、言葉を返します。
何があったんでしょうね? 今のは?
「だ、だからってなんで僕が……」
「お前も現役にあるけど、一線から退いているじゃないか。外に出られないせいで。おかげで自由に動けるじゃないか」
「……」
「大魔王はいなくなったけど、おかげで人間同士で争いが始まってる。水面下で。そんな時に邪神が復活でもしたら大変だ。だから、お前に頼んでいるんだ。何でもできる能力を持ったお前に」
「……」
いつの間にか画面の乱れは収まり、声のノイズも収まっていました。
そこでベンジさんは両の目を閉じました。そして、大きく息を吐きます。
今まででおわかりの通り、ベンジとクルスの仲はあまり良いものではありませんでした。どちらかというとベンジさんのほうがクルスのことを苦手にしていたような印象ですが。
ベンジさんはそんなクルスの依頼を、受けてもいいのだろうかというように迷っている様子でした。
もしこれがいたずらとか、罠だったりしたら……。
一瞬、そんな思いがよぎります。
しかし。
これが本当だったら。
邪神が、復活するかもしれない。
もしそうなら。
動けるのが、自分だけだとしたら。
僕は……。
勇者としての使命感、いや、本能が彼の感情を駆動させます。
ベンジはゆっくりと目を開き、体をソファの背もたれから離すと、今までとは違う力強い口調で応えました。
「わかったよ、クルス。その依頼、受けることにする」
その応えに、金髪の大勇者は安堵の声で返しました。
「……よかったよ。後で詳しい情報については領主代行の方に送っておく。もしかすると、俺も行けるかもしれん。少しは助けになるといいな。じゃ、また後で連絡する。じゃあな」
「じ、じゃあ」
碧眼の男の両目尻が大きく下がり、口元が大きく歪むと、クルスからの通信は切れ、画面は消えました。
と、同時に、ベンジさんは再び大きく息を吐き、ソファの背もたれに背を預けました。
ぼすっ、という強い音が一つ、部屋中に響き渡りました。
それからベンジさんは天井を向き、しばらく天井にある宗教画を眺めていましたが、やがて頭を戻すと、
「……イゼーラ、これが第三の案件?」
そう、つぶやくように問いかけました。
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