第3話 1−3
「お館さま、お知らせを三つほど持ってまいりました」
と別の知的な女性の声が、ソファの後方から飛んできました。
ベンジさんとマルが振り返ると赤を基調とした高級そうなコートを着込み、メガネをかけたゴーレムちゃんがこちらに向かって歩いてきました。
「ああ、イゼーラか。定時報告か?」
イゼーラと呼ばれたゴーレムちゃんはお辞儀をすると、
「はい。まずは今日の定時報告でございます」
と言うと、ベンジさんの目の前の空間にホログラフィックスクリーンを魔法で表示しました。
イゼーラは領主代行のゴーレムちゃん。外に出られなかったり、任務などで忙しかったりするベンジの代わりに、マアスの城と街とその周辺の統治などを行う政治や経済が仕事のゴーレムちゃんです。
イゼーラの他にも、領主代行のゴーレムは何体かいて、人間の貴族などとともに、マアスの街を治めているのです。
みんな真面目に職務を遂行していますよ。
展開されたスクリーンには、その日マアスの議会などで議論されたことや、マアスの街であった事件や事故の報告、住民の暮らしぶりなどが表示されていました。
ベンジはスクリーンに目を通しました。
しばらく読んでいたベンジさんですが、やがてひとつうなずくと、
「うん。ありがとう。今日も概ね平和ってところかな」
そうイゼーラに笑顔で返しました。
「では承認の印章を」
「うん」
そう言うとベンジは呪文で魔法の印章を呼び出し、表示窓に表示された文書に印を押しました。
ベンジの領主としての今日のお仕事はこれでおしまいです。
気楽なものだと言う人もいるでしょうが、ベンジさんは魔物退治などで忙しいですからね。
もちろん、なにもない時は魔法通信会議などに出席することもありますし。
「確かに、竜退治以外は大きな事件もなくと言ったところです。が……」
イゼーラは、真面目な顔を崩さずに、次の話題へと進みました。
どうやら次の話以降が、本番のようです。
「お館様。マアス社のゴーレム工場の方から報告と相談が入っておりまして」
「ゴーレム工場の方から?」
「はい。サンラ、工場のドリンとブーンに通信をつなぎなさい」
「了解しました」
サンラが返事をしたかと思うと、文書の表示窓が消え、目の前の空間で、ワイドショーを映し出していたスクリーンが切り替わり、どこかの工場の倉庫らしき一角を映し出しました。
そして、その一角に立っているヘルメットをかぶった屈強な筋肉を湛えた髭面の男と、眼鏡の技術者っぽい顔立ちの男を映し出しました。
髭面の男がドリン。彼は城に隣接する──というより城と同様に地下に建造されている──マアス社のゴーレム工場の工場長。眼鏡の男ブーンはゴーレム工場の技術長です。
お互い思う所あるようですが、マアス社にとってはかけがえのない人材です。
その二人が、明らかに問題が起きたという表情を浮かべていました。
どうしたんでしょうね?
ベンジさんも気になったのか、即座に問いかけます。
「ドリンにブーンか。どうした?」
「オーナー、実は……。ゴーレム工場に問題が発生いたしまして……」
「何の問題だドリン?」
「工場の生産ラインが勝手に動き出して、ゴーレムなどを生産してしまったんですよ」
「ハァ?」
その知らせを聞いた瞬間、ベンジの口から思わずそんな言葉が漏れてしまいました。
その表情は、意外な相手から告白を受けたときのようにも似ていました。
ベンジさんは問いを続けます。
「工場の自動工作機械が勝手に動いたのか?」
「はい。通常のボディ生産ラインに紛れて、いつの間にか新型のゴーレムを生産していたんです」
「止めなかったのか?」
「はい、気がついたときにはほぼ全躯体完成状態にありました」
「全躯体? 複数体存在しているのか?」
「はい、全部で七体ほど」
「……」
そこまで聴いて、ベンジさんは少し遠い目をしました。
それから何かを思い出し、あるゴーレムちゃんの名前を呼びました。
「メフィール! 君も知らなかったんだろう?」
すると、ドリンとブーンを映し出しているスクリーンの隣にもう一つスクリーンが現れ、そこに一人の少女の姿を映し出しました。
その猫耳にブカブカの工場のつなぎをきた猫のような顔立ちの少女が、
「にゃ……。はい、ベンジさま、しらなかったですにゃ……」
ベンジに弁明し、頭を下げました。
彼女こそがメフィール。マアス城のマアス社工場を統括するゴーレムちゃんの一人です。
「介入があったとわかったときにはすでに完成しておりましたにゃ……。これほどまでの侵入技術は見事なまでですにゃ……。これは内部のものによる犯行であると見るべきですにゃ……」
にゃという語尾でふざけているように見えますが、様々な画像やデータとともに告げられる彼女の報告はとても真面目なものです。
「内部の犯行? ここにそういうことをするやつが?」
「当該躯体群の建造時間から逆算して、建造開始時に外部から侵入の形跡がなかったかメフィールなどと共同して調べてみましたが、その形跡は一切なかったんです」
と、ドリンの隣りにいる眼鏡男のブーンが割って入りました。
その報告を聞き、ベンジさんはなにやら考える様子を見せます。
誰が作ったのか、どうやって侵入したかなどは、些細なことではないというふうに。
やがてベンジさんは、ドリンとブーンがいる画面の二人に遮られて見えない何かを見るような目で、二人に声を掛けました。
「いや、侵入者問題はいい。その調査は後でにしよう。それよりもだ」
「なんですかオーナー?」
「そのゴーレムちゃんたちを、見せてくれないかな?」
彼の応えを聞いた途端、ドリンとブーンは顔を見合わせて、先生から予定調和なことを告げられた生徒のような顔をしました。
そして、またベンジさんの方を向き、
「そうおっしゃるだろうと思って持ってまいりましたよ、オーナー」
言うと、二人はカーテンのように左右に分かれました。
視界が開けたその先に見えたのは……。
九十度に起き上がった、ゴーレム用のメンテナンスベッド七基にそれぞれ固定されている、機械じかけの乙女たち──ゴーレムちゃんたちの姿でした。
ベンジさんは画面越しにその姿を見て、
「おお……」
驚きとも、感嘆とも取れる声を上げました。
目を閉じて眠りについているように見える乙女たちの姿は、眠り姫のようでした。
その眠り姫たちを愛おしくしばらく眺めた後ベンジさんは、ドリンたちに尋ねました。
「それぞれ姿が違うようだけど……」
「はいっ、それぞれ性能や用途が違うようですにゃ。というかもともとこちらで生産予定のものが何者かによって建造されたというものも多いので、性能を把握しているものも多いですにゃ」
「……メフィール、説明してくれ」
「了解ですにゃ!」
メフィールはそう言うと胸を張って応えました。
まあ、ない胸なんですけどね。
ネコ耳ゴーレムちゃんはそんなことを無視して、説明をはじめました。
「さて、左から順に説明していきますにゃ」
メフィールの言葉に併せて、メンテナンスベッド群が見える左の画面が左側にパンし、そこに映るゴーレムちゃんの一体にズームしました。
そのゴーレムちゃんは、勇敢さというか神々しさを体現したような鋼色の鎧を装備していました。
瞳は蒼色、髪の色は金髪をしていましたが、兜に隠れて長いのか短いのかはよくわかりません。
体格は女性モデルとしてはがっしりとしていて、力強さを感じます。
「この躯体は、新型の勇者専用ゴーレムちゃんですにゃ。
ベンジさまが操っている勇者型ゴーレムちゃんの新型ですにゃ」
「新型の勇者専用ゴーレムちゃんか。主な特徴は?」
「はいっ。
このゴーレムちゃんは、ゴーレムを駆動させる魔導コア機関(エンジン)が通常は一基(二基搭載しているものもありますが)なのに対し……。
この駆体は最新鋭の超高出力型小型魔導機関を二基以上搭載ししておりますにゃ。
使用する勇者の魔力──ベンジ様の場合、埋め込まれた魔導コアで──と併せて、膨大な魔力を放出することが可能で、超強力な武器や魔法などが使用可能ですにゃ。
また、魔導コアの頭脳や人工筋肉、駆体構造なども高性能なものを搭載していますにゃ」
「口ぶりから結構知っているように見えるぞ?」
「さすがベンジ様ですにゃ。この躯体は以前から計画・設計されてまして、近々試験生産されてベンジ様に試験させる予定だったんですにゃ。それが……、このような事態で生産されてしまって……」
メフィールはまた申し訳無さそうに頭を下げました。
「いいんだ」ベンジさんは構わないという表情で笑いました。そんなことは本題ではないというような感じです。
「それよりも、これは従来の勇者型よりも強力なんだな。単体での運用、あるいは強力な敵の討伐を目的としているのか?」
「おっしゃるとおりですにゃ。ベンジ様。
単体及び少数躯体での運用を目的としておりますにゃ。
転送魔法や空挺降下などで目的地へ送り込み、強力な武器や魔法で敵の高価値目標や都市などを討伐、破壊するのが主な運用方法となりますにゃ」
「……」
説明を聞いて、ベンジさんは眉をしかめました。
それからソファにもたれ、大きく息を吐くと小さくつぶやきました。
「……時代は変わるもんだな。いや、僕たちのそもそもの使い方からすると、変わっていないのかもしれないけど」
「ベンジ様、どうしましたにゃ?」
「……なんでもないよ」
「さてはベンジ様っ、自分が使ってたのより高性能な勇者型が出てきて、嬉しいんですよねっ?」
「……アルカ、そうではないのですが」
「そうなんですかっ、マル様っ?」
「……マヌケプラグインでも使っているのですか」
「……ちっ、違いますよっ!?」
マルとアルカの漫才をよそに、ベンジは軽く息を吐くと画面に向かって言いました。
「さて、続けて」
「わかりましたにゃ。では、次の躯体を説明しますにゃ」
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