第2話 1−2


 そうこうしているうちに、ベンジは彼の屋敷──いえ、城の中にあるリビングの一つへと運ばれてきました。

 天井は高く、その天井と壁と床はチリ一つない大理石。広さは普通の家が十軒以上は軽く入るような広さです。

 地味ではありますが所々に施された彫刻や高価な調度品などが、この城の豊かさをよく表していました。

 どうですーっ? これがベンジ様の屋敷なのですっ。

 このようなリビングや応接間などが、ベンジさんの御城にはいくつもあるのですっ。えっへん。

 しかしベンジさんはそのリビングを見ると、どこか、狭苦しいところにいるような表情をちらりと見せました。

 ここではない、どこかに心があるかのようです。

 さて、メイドのマルはベンジさんを、車椅子で部屋の中央に置かれている大きな雪のように白いソファとテーブルのセットのそばへと寄せました。

 まるで港の波止場に寄せる船のように。

 車椅子をソファのそばに寄せると、黒いメイド服に身を包んだマルは、

「人形たち《ドールズ》、ご主人さまをソファへお運びしなさい」

 と呼びかけました。

 するとどうでしょう。

「はーいっ」

 という返事が複数返ってくるなり、可愛らしい足音がいくつも聞こえてきました。

 部屋の内外にいたのでしょう。

 マルと同じくメイド服姿のゴーレムちゃんたちが三体、ベンジのそばへと駆け寄ってきました。

 ゴーレムちゃんたちはベンジを車椅子から立ち上がらせると、その脇や膝に手を差し入れ、軽々と持ち上げます。

 まるで赤ちゃんを運ぶかのように、優しく。

「ベンジ様っ。痛いところとかはないですかっ?」

「うーん、ないよ」

 ベンジは痛いどころか、まるでふかふかとした椅子に座っているような面持ちでした。

 そういい交わしている間にも、二体のメイドゴーレムちゃんはベンジをふかふかとした白く長いソファまで運ぶと、彼の体をそこにそっと優しく下ろしました。

 残る一体は、車椅子を空いた場所に置きます。

 マルはそれを確認すると間髪入れずに、他のメイドゴーレムちゃんたちに呼びかけました。

「メイド、ドールズ、ロボッタ、いつものお菓子と飲み物を」

「はーいっ」

 元気な声がいくつも返ってくると、奥のほうがにぎやかにやって来ました。

 複数の話し声、何かを持つ音、人が歩く音、台車が転がってくる音……。

 様々な音が、仕事の後の休息タイム、という音楽を奏でます。

 まるでその音楽は交響曲か、合唱曲のようでもありました。

 やがて。

 人間のメイドさんやメイドゴーレムちゃんたちとともに、お茶の瓶やカップ、お菓子台に載ったお菓子などを置いた配膳車や、冷蔵庫などが、まるで生きているかの如く、ベンジたちの元へと走ってきました。

 実は、配膳車や冷蔵庫などもゴーレムなのです。

 この世界では、人間の形をしていないゴーレムのことをロボッタと呼び、区分しているのです。

 配膳車や冷蔵庫たちは、ダイニングセットの近くにある、それら自身の大きさにちょうど合う空いた位置へ向かうと、ピタッと止まりました。

 まるで小舟がぴたっと船着き場につくように。

 なんて行儀のいい子たちなんでしょうね。

 配膳車たちが止まるのを確認した、その場にいた三体のゴーレムちゃんや、後からやってきた人間のメイドさんやメイドゴーレムちゃんたちの数体は、配膳車からティーカップや瓶、お菓子の台などを取り、テーブルへと置きました。

 別のメイドたちは、冷蔵庫を開けて中からお菓子や飲み物などを手早く出します。

 彼女たちの動きは無駄一つなく、見惚れるほどです。

 そのさまは人形ではなく、まさに人間でした。いや、人間以上であるかもしれません。

 その様子を見ていたベンジは、ニコニコとしていました。

 ゴーレムちゃんたちを愛でるように。

 慈しむように。

 その表情のまま、彼はマルに言いました。

「いつも見ているけど、ゴーレムちゃんたちのテキパキとした動きを見てると気持ちいいよねっ」

「そうですか。私はドールズの働きはいつも見ているので見飽きているのですが」

「そう?」

「ベンジ様は見飽きませんか」

「飽きないよ。だってゴーレムちゃん一体一体の動きが微妙に違うし。手足の動きとか体の動きとか胸の揺れとか」

「手足や体はともかく胸に揺れに着目するなんて、ベンジ様、いけませんが。おしおきです」

「いでで、叩くなよ……」

 マルは母親が子供を叱るようにベンジの頭をたたきました。

 マルはベンジのなんなのでしょうね。

 ベンジが叩かれた頭をさするうちに、メイド達によっておやつの準備はできたようです。

「ベンジ様っ。おやつとお茶の準備、できましたよっ」

「おーっ、いつもながら手早いな……。さて、手を洗って……。いただきますっ」

 テーブルに並べられたお茶やお菓子などを見渡し、ボウルで手を洗ったベンジは、お菓子に手を伸ばしました。

 彼はお菓子台などをからいくつかお菓子を皿に取り、その中からふわふわとしたお菓子を手にして口にしました。

 何回か口で咀嚼し、うん、いつもの味。おいしいだというように首を縦に振りました。

 それからもう何回か咀嚼し、それから飲み込むと、今度はお茶の入ったカップを口につけます。

 そして、少し口にして、カップをソーサーに置くと、本当に生き返ったと言うような顔で言いました。

「はーっ、依頼の後のお菓子とお茶は最高だなー……」

「今日は見事に失敗しましたが」

「だって壁魔法が壊れるとは思わなかったもん……」

「それぐらい想定のうちに入れておくべきですが」

 立っていたマルはベンジの視線に入るように移動すると、ため息をつかんばかりの表情で言いました。

 今度は母親ではなく、家庭教師のように。

「いいですか、今回の作戦ですが。ターゲットのレッドドラゴンを巣から追い出して包囲して攻撃をかけたところまではよかったのですが」

「……うん」

「その後バインドなどの魔法でドラゴンの動きを止めたのはよかったのですが。封じ込めが甘かったですね」

「……うん」

「あの場合、念には念を入れてもっと動きを止める魔法の要員を増やすべきだと思うのですが」

「……う、うん」

 見ていると、ベンジがどんどん小さくなっていきます。

 まるで小人のように、背を縮こませていきます。

 ちょっと可愛そうですね。

 ともかく。

 メイドの母親のような、家庭教師のような説教はなおも続きます。

「その後も対応がまずかったですが。対応に遅れて、ドラゴンを暴れさせてしまいました」

「……うん」

「あれでゴーレムの損害が拡大しましたが。ゴーレムを扱うのが専門の貴方があんなミスをするとは」

「う、うん……。みんながやられているのに動揺しちゃって……」

「その後の立て直しは良かったですが。とどめを刺すのに失敗してドラゴンを逃してしまいました」

「だって……」

「だっても待ってもありませんが。ドラゴンにとどめを刺すなら、魔導剣や上位魔法を使うべきでしたが」

「……」

「なんで叩き潰すを選んだんですか。莫迦ですか。阿呆ですか」

「あ、あまりドラゴンの体を壊すと解体業者に悪いじゃないかと思って……」

「首を落とすか、心臓を一突きすればいいじゃないですか。頭ウーズですか」

「……ぐすん」

 ついにベンジはテーブルに突っ伏すと、泣きだしてしまいました。

 あーあ。なーかせたー。なーかせたー。まーるーがなーかせたー。

 いーけないんだー。いけないんだー。せーんせーにいってやろー。

 そんなベンジに追い打ちをかけるように、勇者の家庭教師のような少女は腕を組むと、言葉を刺しました。

「まったく、<人形使いの戦略級大勇者ベンジ>がこの体たらくでは。さぞグライスの神々もお嘆きでしょうね」

「……」

 これはちょっとひどいですね……。

 マルはため息をつくと、言葉を続けます。

「まあベンジ様もひどいですが、ゴーレムたちの方もひどいですね」

 話の矛先がゴーレムちゃんたちに向きました。

 ……おや?

 ベンジさん?

 なんか雰囲気変わりました?

 メソメソが止まりましたね?

「……」

「ドラゴンに対する彼女たち自身の力不足、性能不足が、自分たちの被害を拡大させてしまいました」

「……むっ」

 黒いメイド服の少女は、眉間のシワを更に深くさせると、独演会を続けます。

「私自身も戦力投入の規模を決定するのを手伝いましたから責任はありますが」

 メソメソしていたベンジの纏う雰囲気が、サッと変わったことにメイドは気つかずに得意げに叱責を続けています。

「……ん」

「ベンジ様と同じく、ゴーレムたちはドラゴンの能力を見誤っていました」

「……で?」

 ……あれ、勇者様の声色が変わってきましたよ?

 突っ伏したままのベンジさんですが、その手は骨が白く浮き上がるほどに強く握りしめられていますよ?

「ゴーレムたちの能力が不足していなければ、バインドの魔法も破られることはなかったでしょう」

「……」

「ゴーレムたちの機動力がもっとあれば、ドラゴンに捕まったり、しっぽに吹き飛ばされることもなかったでしょう」

「……」

「ゴーレムたちの魔法防御力がもっとあれば、マスライトニングボルトに黒焦げになることもなかったでしょう」

「……」

「これはこれからの課題です。メフィールさんや工場長に議題として挙げておきます」

「……あのさ」

 マルはそこでベンジの声が変わっているのに気がついたようです。

 少しぎょっとした顔を見せながら彼を見ました。

 ベンジが、首をもたげる蛇のようにゆっくりを顔を上げます。

 彼の顔は、怒れる魔獣のようでした。

 ベンジはその顔でマルをにらみつけると、こう告げました。

「……ゴーレムちゃんたちのこと、あまり悪く言わないでくれるかな?」

「は、はい……」

 マルの額に、一筋の汗が流れていました。

 彼女の顔は、怯えたネズミのようにも見えます。

 あーこれ。

 マルちゃん、ベンジさんの地雷、踏みましたね?

「君がゴーレムちゃんあまり好きでないこと知ってるけどさ、君も僕がゴーレムちゃん好きなこと知ってるでしょ?」

「は、はい……」

「なら、なんでそんな事言うわけ?」

「今回の件に鑑みて、ゴーレムの性能強化をベンジ様にご奉上しようと思いましたので……」

「ならなんでそんな言い方になるわけ?」

「流れで、つい……」

「なら気をつけてね。きつい言い方になっていたよ」

「も、申し訳有りません……」

 マルはをそこで深々と頭を下げました。

 彼女は、まるで不出来を叱られた役人のようでした。

 その表情には、やってしまった、という後悔の念が浮かんでいました。

 ベンジは背中をソファに預けると、目をつぶって言いました。

「ドラゴン逃したのは自分のせいだよ。それは認める。でもゴーレムちゃんのせいじゃない」

「はい……」

「今回の責任はすべて僕にある。いいね?」

「あっ、はい……」

 そう応えると、マルはもう一度頭を垂れました。

 ……。

 二人はそう言い交わすと、黙り込んでしまいました。

 リビングの空気が一気にどんよりと淀んでしまいました。

 誰も何も言いだせない状態です。

 マルちゃんは気まずそうにベンジの前から離れ、彼の視界から見えないところに立ちました。

 そして目を伏せます。

 対するベンジさんの顔は、相当不機嫌そうです。

 今度はこっちが大魔王のようにも見えます。

 少しでも触れれば、怒りの火山が噴火しそうな勢いです。

 あー、これはどうしたものでしょうかね?

 誰か、誰かいませんかー?

 その時でした。

「ベンジさまーっ、ベンジさまーっ」

「……ん? アルカちゃん?」

 ベンジさんが顔を上げ、声のした方を向くと。

 マルと同じ黒色の布に、デザインの違うメイド服を着込んだ、少し背の低い長い黒髪に黒目の美少女ゴーレムちゃんが走ってきました。

 先程のドラゴンとの戦いでも活躍していたゴーレムちゃん、アルカです。

 彼女は様々な職業になることができる、汎用型のゴーレムちゃんなのです。

 アルカはテーブルを挟んでベンジの前に走りこんできて立ち止まると。

 まずはペコリと一礼をしました。

 それからなんと。ベンジの顔に右人差し指をビシッと突きつけ、厳しい声で言いました。

 彼女の目は険しく、頬は膨らんでいました。

 まるで夫婦喧嘩を諌める子供のように。

「ベンジさまっ、ひどいですよっ!? マルさまにあんな事言うなんてっ!」

「アルカちゃんっ!?」

 ベンジは思わず両目を大きく見開きました。

 そのさまは可愛がっていた猫に引っかかれたときのような顔にも見えます。

 びっくりしたベンジをよそに、アルカは言葉を続けます。

「いいですかっ、マルさまもおっしゃったとおり、私達もドラゴンに対して力不足の部分はありましたっ。それに対してベンジさまが弁護するのはありがたいのですが、マルさまと喧嘩するなんていけませんよっ。ダメのダメダメですっ」

「……う、うんっ」

「ともかく、私達のほうが悪いのですっ。あのままドラゴンを封じ込めていたら簡単に倒せていましたからっ」

「アルカもそう思いつめなくても……」

「いいえっ! 現場で戦っていたからこそ、力不足を実感しておりますっ! ならばここは自爆してお詫びいたしますっ!」

「おいおいおいおいっ!?」

 ベンジは思わず立ち上がると両手を振ってアルカを止めました。

 彼の顔は自殺を止める親のような表情にも見えました。

 おーい。自爆したらリビングが吹っ飛んでしまいますよ。

 アルカはそれほど思いつめているのか、それともブラフなのか。

 どっちなんでしょうね?

 それから、自分が病弱(少し違うのですが)だということに気がついたように。

 体から力が抜けると、ソファへと崩れるように座りました。

 ベンジさん、無理しちゃって……。

 彼がソファにもたれ落ちたのを見たアルカは、はっ、と大きく目を見開くと、

「すすすすすいませんっ! ベンジさま、申し訳ありませんっ!」

 ベンジのそばに駆け寄ると、彼を抱き起こしました。

 彼は少し疲れた様子の顔で、

「ん、いいよ……。これは大魔王の呪いのせいだから……」

 そう言って力なく笑いました。

 可愛がっているものをこれ以上壊さない、壊したくないというような表情で。

 大魔王の呪い。

 ベンジさんはかつて、他の勇者たちや軍勢とともに、この世を恐怖に陥れていた大魔王と戦い、倒しました。

 しかし倒したときに、大魔王の体から飛び散った魔石のかけらが体内に突き刺さり、その呪いによりベンジさんは外に出ると体が弱ってしまう体質になってしまったのです。

 そのため、ベンジさんはこのマアス城に引きこもって生活し、勇者としての仕事はゴーレムの遠隔操作及びゴーレムちゃんたちを指揮して務めているのです。

 そんなわけで、ベンジさんは今ここにいるのです。

 ただベンジさん、この生活を一方では嫌い、また一方では満喫しているような素振りがありますよ?

 ここにいたいような、外に出たいような、そんな気持ち。

 ベンジさんの本当の気持ちは、どっちなんでしょうね?

 さて。

 ベンジは首を動かしてマルの方を見て、

「……マル、ごめんね。少し言い過ぎたよ……」

 そう謝りました。

 ベンジの見せた謝意に、マルは少し困惑気味に、

「い、いえ……。別に気にしておりませんが……」

 と返しました。

 言葉の声色からは、心からそういうふうに見えました。

 二人の様子は、まさに、夫婦げんかの仲直りにも見えました。

 その様子を見たアルカはこんもりとした胸を張って、

「これで仲直りですねっ。ドラゴンは逃げたけどもう来ることもなさそうですし、めでたしめでたしですねっ!」

 ニコニコしながら腰に手を当ててそう言いました。

 これこそが自分の存在意義ですよっ。

 そう彼女は言っているようにも見えました。

 とりあえずは、めでたしめでたしですね。

 ……ゴーレムちゃんたちの性能不足問題に関しては、相変わらず放置されたままですが。

 解決の方法としては、ものすごい数で運用して量でカバーという解決策もありますが、そうもいかない場合もありますものね。

 さて、どうしたものでしょうか。

 そんな問題を知ってか知らずか、ベンジはアルカの方へ再び顔を向け、

「そうだ。アルカ、後始末の方はどうなっている?」

 と尋ねました。

 アルカは自信ありげに、応えます。

「はいっ。後始末の方はほぼ終わりました。あとは巣からお宝を回収して、帰還するだけです」

「そうか。転送魔法テレポートで帰ってきたら、整備工場でメンテしてね。君の体も向こうにまだいるんだろ?」

「はいっ。並行作業マルチタスク中ですっ。わたしのボディはさほどダメージとかはありませんでしたがっ」

 ゴーレムちゃんの意識と体は基本的に別々のもので、クラウドマインドと呼ばれるサーバの集まりから意識でコントロールすれば、複数のボディを同時に操ることもできるのです。

 ベンジさんの持っているクラウドマインドの一つ「アン」はクラウドマインドの中でも最大規模のもので、内包しているゴーレムの意識も、操れるゴーレムの規模も、グライスでは最大級クラスです。

 どうです? すごいでしょっ?

 さて。

 アルカの話と同時に目の前に開いた表示窓魔法ディスプレイに映し出された情報をざっと見たベンジさんは、

「後片付けに関しては別に言うことないや。いつもの通りやったら帰ってきてね。みんな、ご苦労さま」

「はいっ。わかりましたベンジさまっ」

 そうメイド姿のゴーレムちゃんと言い交わすと、再びお菓子に手を付け、紅茶などの飲み物を飲み始めました。

 先程の怒りを収め、落ち着けるような顔立ちで。

 そして、ゴーレムちゃんたちが忙しく働く姿を優しいおじいちゃんのような目で見守っています。

 マルや人間のメイドさんたちは、じっと彼の姿を見守っています。

 マル。

 彼女は、勇者軍に保護された戦災孤児としてこの城にやってきました。

 そしてメイドとしてこの城で働き始めたのです。

 はじめは慣れないメイド仕事にも慣れ、似合わなかったメイド服も似合うようになり、彼女は、ベンジのメイドとして立派に務めています。

 時折、さっきのようにベンジと衝突することがあるのが玉に瑕ですが……。

 けれども、彼女はベンジさんに忠誠、いや、それ以上のものを持っているようで、喧嘩してもすぐに仲直りし、主人とメイドとして、仲良く関係を保っているのです。

 

 一方、ゴーレム(ちゃん)たちは、マルよりもさらにベンジさんとは古い付き合いです。

 なんせ、ベンジが勇者として活躍している頃からの仲間なのです。

 人形使いの大勇者ベンジ。

 その二つ名が指すとおり、ベンジさんは多数のゴーレムちゃんたちを操り、戦場を駆け抜け、魔王や悪魔、そして大魔王と戦い、これを倒しました。

 その戦いが終わり、大魔王の呪いで外に出られなくなっても、ゴーレムちゃんたちはベンジさんのそばに引き続きいて、ベンジさんの世話をしたり、ベンジさんに代わって外に出たりして、引き続きベンジさんのために活躍しています。

 彼女らの活躍に対しベンジさんは、お城にあるゴーレムちゃん製造メーカーのマアス社の工場でゴーレムちゃんたちのボディをメンテしたり、新型のボディにアップグレードしたり、福利厚生を充実させたりして、みんなの活躍に応えているのです。


「マルティ、お茶のおかわり」

「はあい」

 ベンジさんはアルカとは別のメイドゴーレムちゃんにそう指示しました。

 マルティと呼ばれた、マルと同じように黒いメイド服を着込んだ少女が、ポットを手に持ち、温かいお茶をカップに注ぎます。

 ベンジさんはそのさまを、大事な宝物を見つめるかのように見届けました。

 ベンジさんは続けざまに、

「サンラ、ブロードビジョンを映して」

「かしこまりました」

 そう指示するとどこからか声がして、彼の目の前の空中にスクリーンが現れ、ワイドショー番組が映し出されました。

 続けざまにベンジさんは周りにいるマルやゴーレムちゃんたちにこう呼びかけました。

「さてみんな、おやつタイムにしよう」

「はいっ」

 マルやメイドたちは一斉に明るく返事をすると。

 ベンジの周りのソファに座ったり、立ったままでお菓子に手を伸ばしたり、ポットでお茶をカップに注ぎ始めたりしました。

 そして思い思いの会話が弾み始めました。

 まるでベンジの周りに花園が咲いたようです。

 自然と明るい雰囲気が生まれます。

 ベンジさんはその雰囲気で満たされたリビングを見渡すと。

 マルを、そしてゴーレムちゃんたちを眺め、楽しげに一つうなずいたのでした。

 ベンジさんの隣りに座ったマルは、カップに口をつけた後、彼に向かってこう言いました。

「ベンジ様は本当に人形たち《ドールズ》のことが好きですね。いつものことですが」

「うん、大好きだよ。いつも言っているように」

 本当に彼女らが愛しいというふうに、ベンジはそう応えました。

 そして彼女らを、宝物殿の宝を見るように愛おしく見渡しました。


 ゴーレム(ちゃん)。

 それは先程も話したように、もともとは土人形を魔法で動かしていたものが、魔法工学などの発達により、精密な魔法機械や生体部品などで構成された、人間そっくりな人工生命体、あるいはその意識を指します。

 本来は人間型でも、人間そっくりでないものもゴーレムというのですが、今ではそれらも人間型でないゴーレムである「ロボッタ」とひとまとめにして呼称し、ゴーレムと区別して呼んでいます。

 ゴーレムたちにはゴーレム動作原則という原則があり、人間(主人)を守ること、人間(主人)の命令に服従すること、自分を守ること、安全(性)を守ることなどが基本的な動作ルール(原則)として定められています。しかし、これが仇になることもあり、また例外もあるのです。さっきの戦闘で言えば、ドラゴンに捕まったゴーレムちゃんが自爆した例ですね。


 ──コホン。

 ここでさらに閑話休題させてもらいますと。

 ゴーレムは、「ちゃん」とつく通り主に女性型をしていますが、男性型も多く、無性型及び両性具有型なども存在します。

 基本的に、ゴーレムは頭や心臓部などに魔導コア(魔導エンジン)という計算機兼発電機などの機能を備えた物体などが存在しておりそれで駆動しています。

 が、今見たように必要であれば人間の食べ物や飲み物を食べたり飲んだりできるタイプもあります。

 また「ゴーレム」という名称ですが、魂などがあるので人間に作用する魔法の影響を受けることもあります。

 ゴーレムには様々な職業タイプがあり、軍隊や民間、様々な階級などでも使われています。

 かなりマイナーな職業・クラスもモデル化されていて、様々な家庭・職場などで活躍しています。

 ベンジのゴーレムちゃん(くん)たちは屋敷の内外や国内外に多数配備され、勇者の手足、目や口などとして活動しています。

 ベンジのゴーレムちゃんだけでも、かなり数は多いんですよ。

 また、先程アルカがそうであったように、ゴーレムちゃんの意識とボディは一対一の関係ではなく、一つの意識が複数、あるいは多数のボディを動かしていることもあります。

 あるいはその逆もあるのです。

 あと先程ブロードビジョンを映してくれたサンラというゴーレムちゃんは、実は人間の体は持たない、ベンジさんの城(屋敷)そのもののゴーレムちゃん(人工知能)です。

 他の王族の城や宮殿、貴族や大金持ちの屋敷などもゴーレム化しているものが多いのです。

 これらゴーレムのクラス区分ですが、駆体(ボディ)の大きさとは別に、搭載されているシステムの複雑さ、できることの多さなどから汎用機・中間機・専用機などという区分がなされています。

 そして。

 それらのゴーレムたちの意識の制御元・バックアップ先などとして存在しているのが、クラウドマインドという魔導計算機システムです。

 これがあるからこそ、ゴーレムちゃんたちは危険な戦いや救助活動などに臨めるのです。

 どうです、すごいでしょっ?


 ──以上、ゴーレムちゃんたちについての説明はひとまずこれで終わりです。

 そんなゴーレムちゃんたちとともに、ベンジさんとマルさんは暮らしているのです。


「人形たち《ドールズ》はわたくしよりもベンジ様に長く仕えていますしね。それぞれ機能や能力もありますし」

「ゴーレムちゃんたちの古参は僕が生まれてすぐから仕えているし、長い付き合いだよ。彼女たちがいなければ、僕は生きてなかったし、あの戦いを生き抜くこともできなかっただろうし」

「……」

 ベンジさんの言葉を聞き、マルの顔が陰りました。

 まるで知られてはいけない家族の秘密に触れるような顔で。

 しばらくの間の後、ゆっくりと吐き出すように思いを口にします。

「それは知っておりますが。知っておりますが、ベンジ様はもっと自分を誇っても良いと思いますが。才能があるのだと思ってもいいと思いますが」

 彼女は思いを述べた後、お菓子を口にしました。

 ベンジさんはお茶を一口飲むと、

「僕に勇者の才能なんてないよ。ただ、ゴーレムちゃんたちに助けてもらっているだけだ」

 そう吐き捨てるように言葉を返しました。

 まるで、それが自分の全てであるかのように。

 彼の言葉はある意味事実でした。

 ゴーレムちゃんたちに、ベンジさんは支えられてきました。

 文字通り生まれてからすぐに。

 ベンジさんは普通の人間ではなく、受精卵状態から魔法で様々な操作や改造を受けて誕生した、勇者として戦うために生まれた人造人間でした。

 しかし。

 ベンジに勇者としての才能はなぜか発現しませんでした。

 人並み外れた身体能力や魔力は持っているものの、ただそれだけでした。

 彼固有の魔法や能力、才能は何一つなかったのです。

 そして。

「自分は廃棄されるはずだったんだよ。あのままだと」

「そのときにある魔道士が思いついた。ベンジ様の中に魔導コアを埋め込み、それを人形たちの魔導コアと魔力的に連結させることを」

「そう。そしてゴーレムちゃんたちの能力や才能を、すべて僕が使えるようにした」

「それが<人形使いの大勇者>ベンジの真実、そういうことですか」

「そういうことさ。僕は偽物の勇者なんだよ。他の勇者たちと違って」

「……それでもベンジ様はあの大魔王大戦を生き抜き、大魔王を倒しましたが。それはまごうことなき事実ですが」

「偽物の、才能のない人間があがいた結果だけどね」

「才能、ですか。才能ってなんでしょうね?」

 そう言ってマルはお菓子を口にして、柔らかく噛みました。

 自分の問いを噛みしめるように。

 それはベンジさんにではなく、自分に投げかけた問いにも聞こえました。

 まるで才能がないのは自分の方であるかのように。

 彼女はまた、大魔王、という言葉を自分の大切ななにかのような発音で口にしました。

 そして、自分はその大事なものを捨てたのだ、というような口調で。

 その意図を知らずか、ベンジさんはもう一度お茶を口にすると、天井を見上げてつぶやきました。

 その天井と自分のとの間に、答えが見えるような目つきで。

「……あいつら《他の勇者》やゴーレムちゃんたちが持っているものだよ。魔法や技能や能力、そういったもの全てさ」

「……それはわたくしも同じですが。私もなにも持っていませんが」

「いや、違うよ。マル、お前には……」

 ベンジさんがメイドの言葉に反論しかけたその時でした。


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