≪KK-04 -世界に一つだけのふたり- 3/4≫

「『ただ今日お聞きしていて、いろんな方法があるなっていうのがわかったっていうのが、逆に自分のところはこうするよ、他のところはこうしていいよ、という選択肢があるっていうことが僕はむしろ大事なのではないか、今いろいろ議論されていて鼻かみ液、鼻腔、唾液というふうないろんなもので、いや鼻かみ液がいいんだ、唾液がいいんだ、鼻腔がいいんだ、という議論ではなくて、それぞれのクリニックで自分に合った方法で参画していただくっていうことが、むしろいいのではないか。そういう意味でいうと今日いろいろご意見があって、様々な方法がいろいろある、唾液の採り方も工夫次第ではすごく安全に採れることもありますので、自分のクリニックでできることというのを医師会の方でやっていただくということが大事なんじゃないかなと思っております。』」


 みさをはただ黙って、小須戸の声を聞いていた。


「『今、オーストラリアではかなりインフルエンザは出ていません。検査してないから出てないんだろうという意見もあります。ところがオーストラリアとか海外は、どういうふうにしてインフルエンザをカウントしているかっていうとインフルエンザみたいな症状のある人のカウントをしているんですよ。それでも症状のある人もほとんどいないんですよ。ということは検査数が足りないから数が少なく見えるんじゃなくて、発熱者も少ない。つまり、マスクと手洗いというのが、おそらくはインフルエンザも同時に数を少なくしているんだろうと思います。で、今回の何万にするかっていうことはもちろん多いに越したことはないんです、体制としては。オーバーシュートが来るかもしれないからということで、ものすごくその医療機関も300だ400だって話をしましたけども、でもそこは現実問題として、今まで通りのインフルエンザが来るっていうのは想定できないと私は思っておりますので、2万というのは妥当な線じゃないかと思って、2万でも多いんじゃないかとむしろ思うくらいで。そういうふうな認識、オーストラリアとかの様子、世界の様子を見ていたときにそういう状況だと思います。』」


 そして、みさをは夢の世界に入っていった。

 議事録は保健所業務についての内容に移っていく。


「『国はですね、やっぱり保健所機能が非常に低下しているということで、このままではPCR検査もできないということから、保健所の機能をちょっと外していこうという話が非常に多いんだろうと思うんですね。その中でこういう結果が出てきて、保健所機能の一部分をちょっとかかりつけ医に回せよ、というようなことになっているんだと思います。ですからそこの考え方をどうするんだって、僕らはすごく気にしているんですね。』」


 小須戸は読みながら資料に視線を通す。


「『これは本当に保健所機能が1994年からドンと財源削られて、どんどん縮小してきたというところに一番問題があって、だからそれを今の間に保健所機能をもっと充実させて欲しいってずっと以前から言っているが、何もそれが変わらない。ただ業務委託とかで広がっているだけのことであって、本当に保健所で働いている人たちに本当にご苦労かけていると思うんですよね。』」


 今、委員の発言している内容について、資料に記載は無い。

 実際の運用と現場の実情が相違しているというのはよくある話であり、その為の会議なのであろう。


「『1994年ぐらいから国の大きな方針で、この保健所というのが衛生が整ってきているような中で縮小してきた。これは府だけの問題というよりも国の問題としてやってきた。これをどうするかっていう大きな議論の話は当然これはあると思うんです。でも今はコロナという緊急事態が発生して、今の状況の中でどうしていくかっていう判断をしていかなきゃいけなくて。その中でも保健所もかなり人員を2倍3倍と増やしながらですね、やるべき仕事もやっぱりこれは国一律で決めているわけじゃないですか。濃厚接触者はこうやって調査して要請をかけるとか決まってやっていく中で、今のどんどん増やすのは増やしていくんですけど、今の体制の問題で何をするかっていう問題と、日本の保健行政の大きな話というのは、ごっちゃにして議論するんじゃなくて、今の体制の中で、この冬にどうするかって考えたときには、やっぱりかかりつけ医の先生の協力もなければ、なかなか府の中でも全体の検査数も増やすことはやっぱりできないし、そのための二次感染を防がなくてはいけない。全体を守っていかなきゃいけない。』」


 続く、知事の発言。

 言い方はしっかりと委員の発言を受け止めた上での発言だが、極論を言ってしまえば、今はそんなことを言っている場合じゃない。という事になるのだろう。

 委員の方もそれはわかった上であることは前後の発言から読み取ることはできる。

 苦しいの自分だけではない。みんながみんな、頑張っている。

 そうは思っても、小須戸はどうすることもできず、ただ淡々と議事録の内容を読み上げていくしかない。


「『9月4日に国から出た通達です。これは保健所を外してかかりつけ医で全部しろと。そういう通達なんです。だから全国の都道府県の先生方は、あれ保健所の機能はどこに行ったのかということを一番の問題点に考えているんですね。国が出してきたことが本当に一番、とはみんな思ってないんです。あそこの部分が、保健所とかかりつけ医はちゃんと車の両輪で働いていったら何とか住民を守れるよねっていうとこで考えたいんですよね。それがどうも保健所の機能がどっかに隠れちゃって、消えてしまってるんですよ。そこが一番の問題点があって、府さんもそれに合わせてこられたんで、ちょっと僕らは「えっ」ということになったと理解いただければと思います。』」


 委員の発言を受けて、知事の発言。


「『保健所にかかる負担っていうのはかなり強い負担で、一生懸命皆仕事をやってくれて、僕らも当然そこに人を増員させたり、外注したりっていうので、本当に試行錯誤しながらですね、保健所機能をどんどん強化して対応しているので、保健所の機能がなくなるとか見えなくなるというのとはちょっと違うのかなと。僕も最終のトップの立場から考えるとですね、検査数だけ2万件ぐらいになって、保健所の仕事はそのままやれっていうのはさすがに僕もトップとしてね、それは言えないなと。やらなくていいことはやっぱり削っていかなきゃいけないし、ある意味それだけ検査をフルにするのであれば、少しここは身近なかかりつけ医の先生にもこれまで保健所がやってきたことでも少しここの部分はお願いしますよということもお願いして、そういう意味での協力関係でやっていかないと、この検査はクリアできないなと。そういうふうに思うんです。』」


 どちらの言い分も正しい。

 しかし、事態はそれを許さない。


「『実は第一波のときにですね、いろんな問題が起きたんですね。保健所が全然機能していないので、我々が検体運びに行ったりとかですね、いろんな実は問題が起こったんです。してはいけないことをさせられたんですよ、実はそのときに。こういうこともあったので、なかなか医師会としてですね、全て100%聞くという対応がちょっと今できてないところがあるんですね。だからそれを打ち消していきたいんですよ。きちっとこういう役割分担してここまでは我々やりますよと。ですからここからあとは保健所機能でお願いしますねっていうことでやっていきたいので、今発言をさせていただいているんです。』」


 文面からも委員の強い憤りは伝わってくる。


「『確かに今見ていますとね、保健所はすでに大変負担が大きいと思いますね。これでさらに第三波みたいなものが出てくると、とてももたないだろうと思いますね。そしたら、その役割を誰が代わりにするのか、そこが今なかなかきちっと議論ができてないところで、いきなり振られてもできないということになっていると思います。だけどこのまま今の保健所の業務をずっと保健所にやってもらうのも確かにちょっと無理があるかなと私も思っているので、我々もできるだけ協力したいという方向ですが、もう少しきちっと詰めるべきところを詰めないとなかなかうまくいかないんじゃないかと思います。』」


 他の委員からの発言。


「『これが保健所の業務を楽にするというよりも、おそらくそのニーズの方がですね、府民の発熱患者が冬に向けて検査をしてほしいというニーズが圧倒的に増えるので、その受け皿の保健所を楽にするというのは、その受け皿を病院だけではなくてかかりつけ医の診療所も含めて大きく広げないと、おそらく熱が出て検査をしてほしいという患者さんがどこかで目詰まりする、あるいは行くとこがなくなるという懸念のもとでの今回の提案でございますので、ぜひそれは今おっしゃったように、感染対策が取れるかどうかスタッフの問題もあって、手が挙がるところ手が挙がらないところっていうのはあるっていうのは重々承知です。』」


 府の健康医療部長の返答。

 そして、委員の発言が続く。


「『我々は昨年と同じように発熱外来をするわけです、かかりつけ医として。だから今普段来ている患者さんは全部診ていきます、大概は。ただやっぱりいろんなことで手挙げをして、はい、医療機関の指定はこれですよって言われるとちょっと億劫になるんですね。だけど、手を挙げないけどもみんな診るんですよ、きちっと現場では。これがかかりつけ医なんですね。そこのところの理解をしていただきたいんです。』」


 疲労もあってか、読み上げる小須戸の両手に力が入る。


「『我々は昨年までと一緒のように、発熱の患者を診ていきたいんです。ただそこにいろんなことを課せられてしまって、手を挙げて指定の医療機関になりなさいって言われると、ちょっと手を挙げないところが出てくるんじゃないかと。だけど挙げないところもきちっと発熱の患者さんを診るんですよ、今までかかっている患者さんは。そこのところは理解をしていただきたいというふうに思うところです。』」


 それでも小須戸はしっかりと内容を確認しつつ、読み上げを続ける。


「『ですから、いろんな医療機関が、その環境に応じてどれだけできるのかを考えてやっていくのは間違いないんですね。ただここで指定の医療機関になるかどうかと言われたら、いろんなものが条件でついてきたら、ややこしいからやめておこうと。だけど普段来ている患者さんはきちっと診ていきますという、これはもう当たり前のことなので、これは基本中の基本なんです。これをしっかりできるように我々はしたいということなんですね。ただそれだけなんです。』」


 いったん一息つくと、グス、グスと鼻をすする音が聞こえる。

 みさをが泣いていた。

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