≪KK-04 -世界に一つだけのふたり- 2/4≫
小須戸オブザーバーの発言は続く。
「『検査スポットの増加というのは、それはそれでいいんですけど、そもそも何で検査とかの対策をするのかを理解していなければ、なかなか効果に結びつきません。国の歓楽街のワーキングでも、理解を進めてもらうことこそが重要な課題だな、と思っておりますので、ぜひ本質的な関心を高めていただきたいと思います。』」
ごもっともな話である。全数検査は言うのは簡単ではあるが、なぜ全数なのか。ただ陰性であれば今後も陰性、一生かからないというものではないのである。
「『死亡者が増えるところについて、非常に特徴的だなと思っているのが、療養型医療機関・高齢者施設等で、対応がうまくできなかったときに非常につらいことになってしまうことを全国で度々見ております。こういった事例の発生を防ぐことが大事というのはその通りですが、一生懸命防いでいてもですね、どうしても入ってくる場合があることを痛感しております。』」
みさをの脳裏に祖母の顔が浮かぶ。みさをにとって想像するだけでつらい話である。
「『予防も一生懸命やるんだけれども、入ってきたときに、これをいち早く探知して、どういうふうに対応するか、特に陽性者の搬送とか、そういった辺りはとてもクリティカルな問題で、搬送がうまくできなくて、籠城作戦になってしまうケースが全国的にもあって、そういった場合には重症度が上がってしまいます。一つは療養型医療機関・高齢者施設における予防対策の点検と、あと発生時の搬送といった、発生を早期に探知して迅速に必要な対応を取ることをもう1回確認して次に備える、というのが、直接に重症者を減らす、死亡者を減らすという点で重要なんじゃないかなと思います。』」
以降は現場対応の話が続く。
現時点では重症の患者対応については全国で情報共有されて、統一的な対応ができるようになってはきてはいるものの、軽症、中等症患者についてはまだまだ情報共有がされておらず、改善の余地があるとのことだった。
「軽症、中等症、重症って、ここで話し合ってることと私達が思ってる区分とでだいぶ差がありますよね」
話がひと段落したところでの、みさをの発言。
「軽症は風邪、中等症は寝込む、重症は入院ってやつ?」
「そうです。うちらの感覚ですとそうですけど、ここで言われてるのって、軽症が寝込む。中等症が入院、要治療で動けない。重症が意識不明って分け方やないですか」
「自分も太ってるから、重症は他人事じゃないなぁ」
「それでも不健康やないでしょ? タバコも酒も」
「そりゃ人並み程度だと思うけど。タバコはそもそもやらないし」
「女性のいるそういうお店にいったり、騒いだり」
「そんな事しないよ。自分はそういう柄じゃないと思うし、好かれない」
「そんなことないでしょ。世の中、いろんな人がいます。イケメンだけが全てやないんですよ」
う~む、そうなんだろうか。みさをのいう事は確かにそうなんだろうが、小須戸自身に思い当たる事例がない以上、答えようがない。
「でも刈谷さんもイケメンがいいんでしょ? 知事の発言を拾ってるとき、気合入ってるし」
「そら知事さん、がんばってますし。それにイケメンはイケメンで別腹です。女子はみな欲張りなんです」
みさをは胸を張る。
「男の人は頼れる人でないといけません。外はよくても中身がひょろっひょろじゃあきませんよ」
みさをはドラマの主人公に見放された恋人を思い浮かべていた。
小須戸は聞きながら、自分には関係ない話だと思ったのだった。
ふたりは昼休憩を挟み、業務を再開する。
普段は弁当を作ってきているみさをだが、今日は何故か小須戸と同じコロッケパンとやきそばパンだった。
だいぶ疲れているのか、みさをは昼食を摂ったあと、机で仮眠をとっていた。
休憩室でドリップコーヒーを探していたのだが。あいにく切らしており、インスタントコーヒーで代用していた。
長期間にわたる地味な業務。しかも相手は何のとりえもない自分。
バラエティの芸人みたく楽しませることができるのであればまた違うのであろうが、あいにく自分にはそんなことはできない。
つまらないのだろうな。と正直、自分でも思う。
「仕事はつまる、つまらないじゃないの。私の言う通り、あなたは自分のできることをしなさい。あなたの仕事の良し悪しは、私が決めます」
かつて、自分の上司として仕事の指導をしてくれた長い黒髪の女性の姿が脳裏によぎる。
今はもう退職して結婚しているため、姓も変わっているのだが、かつて先輩としてその女性は自分を指導してくれた。
厳しい先輩ではあったが、決して感情的にならず理路整然と冷静沈着に仕事に向かうその姿勢は、小須戸にとっても尊敬に値した。
今の自分があるのはその人のおかげでもある。
小須戸は目の前のモニターに映る議事録に向かう。
議題は今後の冬を迎えるにあたって医療体制についてに移っていく。
「『保健所の重点化と言われますが、新型コロナは第Ⅱ類感染症相当です。指定感染症であるということは、保健所の対応が一番大事になります。確かに手が足らない、人数が足りなことはわかっているんですが、そこは患者さんにもし何か起こったとき、すぐ保健所に介入していただけるという保証があれば、我々はすぐに携われるということであります。私たちはとにかく市とも府ともしっかり契約を結んでですね、そこは行っていきたいと考えています。ここに保証が何もなければ、おそらくかかりつけ医は手を挙げません。何千件、1700件、2000件の手を挙げなさいということを言われていますが、なかなか挙がってこないんではないかと思います。もうちょっと議論させていただかないと、非常に難しいんではないかなと。医療関係者そういうふうに考えていると思いますね。』」
小須戸は委員の発言を読み上げ、続くみさをの読み上げを待つ。
………………。
…………。
……。
みさをの様子を伺うと頭をこっくりこっくり上下させていた。
小須戸は続く議事録の中身を読み上げていく。
「『我々考えているのは、まず患者さんが来られたら鼻かみ液でインフルエンザのテストをします。そしてこれはインフルエンザかなとなれば治療していくということと、もしそこにコロナを疑うということであれば、朝野先生からご指導いただいたんですが、綿花を口に入れて唾液を染み込ませた後、それを注射器の中に入れて、絞り出した液をPCRの抗原定量、またはPCR検査へまわすということを考えています。その1日2日の間に結果が出てくるので、その結果が出てきたら、保健所に通知をして、その後の対応をしていただくということを考えています。』」
みさをが目を覚ます気配はない。
「『これは行政検査ですから、一応契約を、集合契約を結んでいただく。医療従事者に負傷とかそういうことがもし起これば、お互いに協議をして対応していくということと、医療機関名は非公開という契約内容にしたい。これを公開にしますと、かなり混乱が出てまいります。ですから内輪で知っていて、横の連携を取れるのはいいんですが、⼀般の市民にどこがやっているということがわかれば、混乱が起こることがあるだろうと思うので、その方向で府さんにお願いしているんです。』」
みさをを起こさないよう、しかし聞こえる声でゆっくりと小須戸は議事録を読み上げていく。
以降は現場対応の話が続き、聞いてたら間違いなく夢の中に入ってしまうだろうなという内容が続く。
当事者達はしっかり理解の上で話しているのだろうが、何も知らない聞いてる側からすれば何も理解できない。
こうして読んでいても、正直、小須戸自身、これを業務として行うことが正しいのか自信が無くなってきていた。
「『今言われたように鼻水でね、ある程度採れるということであれば、それは両方一緒にやれたらいいと思います。それがOKであればそれでやっていきますけども、ただインフルエンザが流行るかどうか経過を見たらわかりますのでね、本当はインフルエンザが流行らないかもわからないです。そういうこともわかっていますので、それはやっぱり患者さんを診て、医師が普段の診療を、例えば今までやってきたことを普通にできるようにしたいわけですね。医師会としては、かかりつけ医がインフルエンザの感染者、発熱の患者に対して、今までやってきたことが普通にできればいいと、それであれば手挙げをするということで進めています。』」
ゴツンと固い音と振動が伝わる。
みさをが頭を机にぶつけたようだった。
「……ごめんなさい」
みさをが寝てしまうのは無理もない。
見えるものも掴むものもない。どこに向かって歩けばいいのかもわからない。
以前は同じように迷ったとき、道を示してくれる人がいた。
しかし、今はもうその人はいない。自分で歩いていくしかないのだ。
「……ち、ちゃんと聞いてますからね?」
「大丈夫」
小須戸は笑って答え、議事録の内容を続けて読み上げていく。
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