2020.06-08
≪TU-04 -渡る世間に鬼はいない- 1/3≫
カーテンの隙間から差し込む朝の光。
ベッドからのっそりと身体を起こす、戸石。
横を見るとすでにベッドはもぬけのから。
時計を見ると朝の八時。
あくびをしながら、ベッドを降りて、おなかをポリポリとかきながら、寝室を後にした。
リビングに入ると、キッチンではあきらが食べ終えたであろう朝食の洗い物をしているようだった。
テレビを見ると驚いたことに、はるか昔の昭和か平成初期のバラエティ番組が流れていた。
「どうしたんだ、これ」
「ヒメよ、ヒメ」
「またアイツが何かやらかしたのか」
戸石の言葉に、あきらはプッと吹き出す。
「何言ってんの。どっからか色々やって、ネットをテレビで見れるようにしたのよ」
「はえ~、たいしたもんだ」
戸石は素直に感心する。ヒメはわが娘ながら勉強はさっぱりだが、こういう部分には悪知恵が働く。
「はい、片づけるから早く食べて」
味噌汁と煮物とご飯が朝食として出される。
「俺、こっちで食うわ」
テレビの前のテーブルに、それぞれの器を手づかみで戸石は持ち運ぶ。
「いやー、なつかしいなー。ってハシだハシ」
あきらは戸石に向かって箸が差してあるコップを差し出す。
戸石は自分の箸を抜いて、テレビの前に座る。
テレビには緊急事態宣言直前に急逝した芸人のコントが映っていた。
テレビの光景に思わず涙ぐむ、戸石。
「もうこの人、いないんだよな」
「ご飯食べてるときにしんみりしないの。プロレス映すわよ」
あきらは手元のスマホを操作して、テレビに映っている映像を昔のプロレス映像に変える。
血沸き肉躍る、頑強な肉体同士の激しいぶつかり合い。
「おおー、こいつは懐かしいな! いいじゃないか。いいよ、いい」
懐かしさに興奮する戸石。
「盛り上がるのはいいけど、ご飯は早く食べてね」
「いや、いいよ。自分で洗っとくから」
「おとーさん、手洗いは雑じゃない」
「厨房の食洗器使うから」
戸石は、テレビを見つつ、ご飯をもぐもぐしつつ。
フッと影が戸石の身体を覆う。
「たった一回の五分もかからない食器洗いに、使ってもいないお店の食洗器をわざわざ使おうっての?」
振り返るとボキッ、ボキッと拳を鳴らす、あきらが仁王立ち。
テレビにはマットに倒れこんだレスラーに対して、締め技をかけている映像。
「いやだって、そろそろ緊急事態宣言終わるから、試運転しないと」
部屋の照明の明かりが後光となって、あきらを照らし出していた。
「そういえば、どこぞの娘さんも同じようなこと、のたまってくれてたわ。さすが親子、血は争えないわねぇ」
これはマズいと感じた戸石は持っていた箸を器に置いて、締めやすいよう脇を開ける。
あきらは脇と首から両腕を回し、そのまま戸石を締めていく。
テレビの映像と鏡映しのように、戸石を締めるあきら。
「ギブ?」
「ギブギブ!」
あきらの腕にタップする戸石。
テレビの映像ではレフェリーの問いかけに、懸命にノーと髪の毛を振り乱している選手の姿。
「まだギブじゃなーい!」
あきらは戸石への締め技を解かない。
「ノーっ!」
戸石は締められつつも懐かしさを覚える。
まだあきらとの付き合い始めの頃、よくこうやってテレビのプロレス技を参考に締め技の実験台にされたものだったと。
そして、食洗器については緊急事態宣言明けに伴う営業再開に向けて、改めて清掃した後に試運転を行うべきという結論に落ち着いたのだった。
恐る恐る、店の入り口が開けられる。
「こんにちわぁ……」
マスク姿で入ってきたのは、花柄があしらわれたワンピースと眼鏡の長い髪の女性。
「あー、さっちん。ひさしぶり! あいたかったよー」
対するヒメのお出迎え。こちらは腹だしシャツである。
「私もー。大丈夫だったー?」
「もろちん! このヒメ様を何者だとお思いで?」
パンと腹を叩く。乾いた響きが店内にとどろく。
「おー、ヒメ、久しぶり。元気だった?」
ヌッとさっちんの背後から、サングラスをかけたアロハシャツの男が入ってくる。
「え……、フカザワ? アンタ」
「ヒメちゃん」
続く言葉をさえぎる、さっちんの小声。見ると両手を合わせて、ごめんね。の仕草。
「さっちんに聞いてさー。なんかアイス食わしてくれるらしーじゃん? 俺も来てみたわけよ。スイーツとか、俺も嫌いじゃないし?」
ずかずかと入り込み、テーブル席にどかっと座って足を組むフカザワ。サングラスを上げ、マスクを外す。
「いやーなつかしーな、この店。小学生の時以来か?」
「そうね。そんくらいになるわね」
ぴくぴくと眉間にシワがよるヒメ。
「とっころでこのきったねー店の中。来週にはもう緊急事態宣言明けるじゃん? まだ掃除しなくていいの?」
店の中は宣言前にしまった看板やのぼりがしまわれたままで、お世辞にも片付いているとは言えなかった。
だが汚いとまで言われる筋合いはない。
「そ、そんなことないよ、フッくん。これでもちゃんと片付いてるじゃない。ほらアレ、駅前とかでちゃんとしたみんなで行く、大きい居酒屋さんじゃないんだからさ。来るお客さんが違うんだからこれでいいんだよ。ね、ヒメちゃん?」
マスクを下げて、さっちんはヒメをフォローする。
「そうね。うちはさ、どうせそんなおしゃれなお客さんなんかこないしね」
ヒメはひきつる顔で応えつつ、子供のころから付き合いのある、この二人に期待していたことを後悔し始めていた。
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