≪GT-02 -給付金来る- 3/3≫

「まあ、とにかくそういうのがあったのよ」


「でもそれって電子書籍ですよね。今でも月額……今だとサブスクって言い方ですかね。ありますよね。自分も使ってるし」


「昔は1コマずつ再生してたのよ? ページごとだと受け手の端末が受けきれずに再生できないから」


「いやいやいや。読むのに何時間かかるんですか」


「音声も鳴らす機能があったんだけど、機種ごとに仕様が違ってたから、それぞれの規格に合わせる必要があったし」


「どんだけ不便なんですか」


「ま、それだけ〝持ち運べる〟ってことに利便性があったってことよね。ゲーム機だって今の主流はテレビにも携帯にもできるやつでしょ」


「あー……」


「今の若い子はパソコンの使い方知らない子も多いって聞くし」


「マウスはともかくキーボードのタイピングができないって話は聞きますけど」


 二人の会話の内容は完全に世間話になっていた。

 それから二人は仕事内容そっちのけで、昨今の時代の移り変わり、特にスマホなどのモバイル端末の進化について語りつくした。


「世の中、これからどうなっていくんですかね」


 一通り議論を終え、ショウは天井を見上げながらつぶやく。


「何も変わらないんじゃない?」


「ずいぶんばっさりいきますね」


「さっきの電子書籍の話に戻るけど」


「はい」


 リョーコの話題にショウは相槌を打ち、世間話の合間に買ってきたレモンソーダを口に含んだ。


「やっぱり文明の発展にはお色気が必要なのよ」


 そして、ショウはレモンソーダを噴き出した。


「また? 吹くの好きね」


 パソコンにはかかっていなかったが、モニターにはぶっかかった。

 ノートパソコンでなくて良かった。

 ショウはティッシュでぶっかかったレモンソーダを拭き取りながら、不幸中の幸いに感謝していた。


「何言い出すのかと思いきや」


「だって電子書籍でもお色気は鉄板コンテンツだったのよ」


「いやまあ、そりゃそうでしょうけど」


「当時、私が担当していたサイトがあったの」


「はい」


「そこでは深夜向けのアニメ、まだ出始めの頃だったから、ユニークな作品もあったの」


「へぇ、どんな内容ですか?」


「カメラを撮影すると撮った相手が爆発するの」


「へ、へぇ……」


 ショウは返答に困った。


「で、主人公は少女を連れて逃げるんだけど、襲い来る追手をカメラで撮影しながら撃退するって内容だったかな。まあとにかくユニークだったわ。そうそう、ウイルスに感染したせいで、カメラで爆発する能力が付きましたって設定だった。今、考えるとこれもなかなかタイムリーだと思わない?」


「……まあユニークなことには変わらないですね。いろんなところにツッコミが止まらないですけど」


「まあ、それでそのコンテンツがそこそこ数字稼いでたのよ。あの作品が来るまでは」


「どんな奴ですか」


「〝ほいっぷミカン〟」


 リョーコは眼鏡をキラリと光らせてドヤ顔。ショウはどんな顔をしていいのかわからない。


「知らない?」


「……知りませんよ。なんですか、それ。話の流れからある程度は想像つきますけど」


「そのコンテンツは昔のビデオアニメで、それを新たにリメイクして、って流れだったのよ。で、それを電子書籍でも売ろうって話になったの。他のコンテンツの四倍の値段で」


「無謀すぎません?」


「でも売れたのよ。トップを張ってた、カメラ爆撮人の四倍の売上」


「値段ですか? それならまだ」


「売上ダウンロード数よ。値段四倍で売上数も四倍だったの」


「……マジですか」


「性欲は人間の睡眠欲、食欲と並ぶ三大欲求だからね。あの時ほど自分の知見の無さを思い知らされたことはないわ」


「単純にコンテンツの出来の差とかは?」


「ん~……、ちょっと考えづらいかな。爆撮人もミカンも同じように音声入れてたし、編集の仕方も多分同じ人だったと思う」


「編集の仕方? アニメのフィルムコミックって絵にセリフつけるだけじゃないんですか」


「うーん、ある時を境に急に変わったのよね。最初はしゃべってるとこにセリフつけてただけなのが、きちんとセリフにふさわしい絵をつけてくるようになった。……デザインされてきたって言った方がいいかな」


「はぁ……」


「でもそれは動画と比べて観て、やっとわかるレベルだし、今となっては跡形もない過去の遺物の話だからねぇ。……あとはそうねぇ、ミカンの方はやたらと〝おにいちゃん〟の台詞のコマに音声を入れてたってぐらい?」


「ソレだ!」


 ショウは力強く指摘した。

 リョーコはしばしあっけにとられたあと、プッと笑った。


「まったく男ってやつは」


「そういうセンパイだって〝おねえちゃん〟ってかわいい男の子に呼ばれたいんじゃないですか」


 ショウの指摘にリョーコの顔色が変わった。


「いいわね、すごくイイ」


「今、ネットで検索すると色々出てきますよ。そういう音声コンテンツを販売してたりもするし」


 リョーコは素早いタイピングとマウス操作を行い、しばし画面を凝視する。そして、イヤホンを装着した。

 目が血走っていた。ショウはそのリョーコの姿に恐れおののき、話しかけられなかった。

 そして、リョーコはじとりと睨みつけながら言った。


「思ってたのと違うんだけど」


「知りませんよ! 自分でお気に召すのを探してくださいよ」


「短パンで上は長袖パーカー。髪の毛は耳を隠していて、ひざには絆創膏をしてるの。そういう子いないの」


「声の話をしてくださいよ!」


「まずは姿形からでしょ!」


 そして、リョーコはショウに延々と弟萌えを語った。

 前回の昔話からうすうす感じていたが、ショーコはどうやら弟萌えらしかった。


「じゃあ、俺には萌えてるんですか?」


「架空とはいえ、実在する弟には興味ないわ」


 悲しいような、ちょっとホッとしたような、そもそも世間がこんなに大変な中でそんな事を語っているのもどうなんだろうかと、ショウの胸に複雑な感情がぐるぐると渦巻く。


「どうじゃ戸石屋よ、悪いようにはせん。そちのツテでちょっとかわいいショタっこをみつくろってくれんか」


 そんなショウの不安をよそにリョーコは再び悪代官。


「なんなんですか、その戸石屋って」


「こざかしい町人を貧困に陥れ、悪代官からは富を奪って私腹を肥やす悪徳商人」


「どういう設定だよ!」


 ショウとリョーコ、二人の日常はコロナ禍渦巻く世間をよそに今日も平和だった。

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