≪GT-02 -給付金来る- 2/3≫

 事業者給付金。

 給付額は個人事業者は百万円、法人は二百万円。

 給付対象は売上が前年同月比50%以上減少している事業者となり、事業全般に広く使える給付金となっている。

 申請の種別としては確定申告の仕方で分類が分かれており法人、個人・事業所得、個人・雑給与所得の三種類で分類されている。


「個人で二種類確定申告があるってどういうことですか?」


「すごいざっくり言うと、自分でお店をやってるか、雇われてるかの違いね」


「わかりません」


 ショウは真顔で即答した。


「あなたのご実家はなんだっけ? 確かお店よね」


「うちは居酒屋です」


「なら多分、事業所得じゃない? 自分達で確定申告してるんでしょ」


「うちの親がそんなに頭ができてるわけないじゃないですか、あっはっはっは」


 ショウは笑った。おかしくて笑うのではなく、笑うしかないという笑いだった。たぶん心の中では泣いていた。


「うちは旦那が個人で確定申告してる。個人で会社にしようかという話もないわけじゃなかったんだけどね」


 リョーコはため息をつく。リョーコの視界には法人、二百万円と表記されている画面が映っていた。


「会社、法人だと倍で二百万円じゃないですか。今からやりましょうよ」


「バカ言わないの。申請に必要な提出書類に確定申告書があるから、今から法人にしても変わらないわよ」


 ショウは首を傾げた。頭の上にはてなという文字が浮かんでいた。

 リョーコはため息をついた。


「仮に今から法人で申請するとして、たぶん申請する方法は3つ。〝2019年新規開業特例〟、〝2020年新規開業特例〟、〝法人成り特例〟。このどれかで申請することになる」


「お代官様、たいへん申し訳ねぇですが、日本語でおねげえしやすだ」


 ショウはギブアップした。


「降参、早いわね」


「自分、負けるいくさはしないので」


「要は前年の確定申告で収入金額を見るのよ。で、今年の1月から12月と去年の1月から12月の同じ月を比較して、12倍した数字が給付額になるの。今年の4月なら去年の4月が比較になるわね」


 リョーコはちらりとショウの顔を見る。明らかに理解していない顔だった。


「つまり、どういうことですか」


「売上が減ってれば、お金がもらえるの」


「なるほど! よくわかりました」


 明らかにわかっていなかった。


「システム的には多分、前年の月別売上か年間売上を入れて、比較月、今年の4月にするなら去年の4月ね。そこで売り上げを入れて、その差額で自動的に判定するんだと思う」


 リョーコが何を言っているのかわからないという事だけは、ショウにはとてもよくわかった。


「要はお金くれるんですよね? 確定申告していれば」


「……もう、それでいいわよ」


 リョーコは諦めた。


「で、センパイは今まで働いていなかったから、そもそも対象外であると」


「そう。旦那に関しては確定申告してるし、そもそも私の収入は関係ないの。あくまでも事業での所得が対象だからね」


「なるほど」


 ショウが本当にわかっているのか不安ではあるが、リョーコはひとまず話を進めることにした。



 事業者給付金の申請の流れはオンラインで仮登録を行い、メールアドレス、IDとパスワードを登録してマイページを作成し、各種項目への入力、必要書類を添付して申請完了となる。

 入力項目は2019年以前から事業を行っている事や不正受給ではないことなどの宣誓事項に同意するチェック欄、住所、生年月日、名前などの基本的な事項、2019年の売り上げと新型コロナの影響があった月の売り上げを入力する項目、そして、確定申告書や免許証などの本人確認書類をファイルにして添付する項目となる。

 それらを全て入力し終えたあと、全ての項目が一覧で表示され、それらを確認して内容に間違いが無ければ、申請ボタンを押して、事務局にデータが送られ、審査を経て、給付金が支給される形となっている。


「単純に言えば、必要な書類を揃えて、オンラインで入力して申請しなさい。って話よね」


「いやー、そう言ってくれればよくわかりますよ。センパイも意地悪な言い方して、ほんと人が悪いなぁ」


 ケラケラとショウは笑う。リョーコは笑えない。

 実を言えば、個人事業者に限ってもさらに白色申告、青色申告と分岐して給付計算式が変化するのだが、そこまで理解させるのはとても無理なのだろうなと、リョーコは今更ながらに理解する。

 さらに法人、個人、雑所得とそれぞれに必要書類も違っており、リョーコ自身も夫が個人事業者だからこそ、ある程度は理解できているのだろうな。というのはよくわかるところである。


「でもスマホで撮った画像でもOKというのはずいぶん気前がいい話ですね」


「みんながみんな、スキャナーがあるわけじゃないし、今はスマホのカメラでもすごい鮮明だからね。時代は変わるものよね」


 リョーコは頬杖をついて、提出書類の注意事項の記載を眺めた。


「……むかしむかし、あるところに」


 リョーコのつぶやきに、ショウはペットボトルのお茶を噴き出した。


「なにやってんの」


「それはこっちのセリフですよ。いきなり何を言い出すんですか」


「昔の話よ。ちょっと思い出してね」


「……はぁ」


 ショウはズズ……と、ペットボトルのお茶をあらためてすする。


「むかしむかし、そのむかし。……どのくらいむかしかというと、それはまだ携帯電話が携帯電話と呼ばれていたころ」


 今はスマホと呼ばれていると言いたいのだろうか。

 ショウがまだ高校生ぐらいだろうか。確かにまだ携帯電話は携帯電話だった。


「今は画面にタッチして操作するのが主流ですけど、昔はボタンがありましたもんね。十字の……ジョグキーでしたっけ、呼び名」


「ダイヤルキーね。それが正式名称かどうかはちょっとわからないけど」


「タッチパネルが普及するまではみんな、ネットで検索した電話番号をメモにとって、ピッピ、ピッピと手入力でしたもんね。今じゃ番号をワンタッチで電話が架けられる。進歩しましたよね」


「昔は携帯電話で写真を撮って、メールで相手に送れるというのが革命だったからね」


「それは知らないです。そうなんですか?」


「だから、携帯電話なんでしょ。電話の機能を持った端末を持ち歩くから〝携帯電話〟。地下に入ったら電話が切れるとか田舎に行ったら繋がらないとかあったのよ」


「〝昭和〟って不便だったんですねー」


「〝平成〟の話よ」


「旧世紀?」


「……21世紀初頭のお話。今じゃ映像も送り放題だけど、画像1枚に何分もかけて送信していた時代があったのよ。電話じゃなくてパソコンで送るのにでもね。容量が大きいとそれだけ料金も増えた。従量課金って言ってね」


「じゅーりょーかきん? なんですか、それ」


「データを送信した従量に応じて料金が増えるの。昔は定額じゃなかったのよ、みんな。だからある程度の従量課金、例えば一万円以上の金額のパケット代……通信料が積みあがると自動的に通知が来たり、ネット接続ができなくなる機能も携帯電話にあったの」


「それはそれですごいですね」


「社会問題化したからね。着信音を自分の好きなメロディや歌に変更できる機能もあって、それをダウンロードしすぎて、通信料が3万、5万となったり。……個人の小中学生の持つ端末がね。もう親御さんもびっくり」


「今だとガチャですよね、ソシャゲ。この言い方も古い気がしますけど」


「うそでしょ!? ソシャゲじゃないの」


 リョーコは思わず立ち上がらざるを得なかった。


「だってもう聞かなくなってますもん、ソシャゲ。今だとアプリですかね、言い方。何々のアプリやってる?みたいな。あとクラウド?」


「……言い方だとスマホアプリ、かしらね。そういえば聞かないわね、ソシャゲも」


 リョーコの声は果てしなく沈む。


「でもどうしたんですか。急にそんな昔話して」


「昔、コミックアプリの仕事してたから。ずっと昔」


「へー、どんなやつですか?」


「アニメをマンガみたいに吹き出しつけて読めるようにするアプリがあったのよ。今でいうアプリじゃなくて……、いやアプリなんだけど再生専用ソフトを入れて観るやつね」


「はぁ……」


 ショウにはリョーコの言っていることがいまいちピンとこない。

 リョーコも思い出しながらなのか、頭上を見上げながら話していた。

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