≪KK-03 -ふたりはプリムラ- 2/3≫

「『これに対し、いろいろな反論、エビデンスを求められても人で実験ができないため出せない。Rゼロの値、動物実験等を考えて、その程度であろう。最近のデータでは唾液によく含まれている。論文によっては鼻咽頭よりも唾液の方が多い、その逆もある。唾液中に非常に含まれており、唾液中のデータは既に出ており、だいたい発症から10日で唾液中のウイルスは100分の1となる。なぜかと言えば、免疫が動き、体内のウイルス量は減っていく。発症日、発症日数日前がウイルスのピーク。疫学データから発症前後数日がウイルスの伝達がしやすく、発症後8日以降はウイルスが伝達しないという疫学データがある。』」


 さらに議事録にのめりこむ、みさをの瞳が細くなり、頬から生えたヒゲがぴょこぴょこと揺れる。

 当然の話だがイメージである。小須戸からみたみさをは、いたって普通の興奮気味のみさをである。


「『発症後は行動が変わるということで関係ないかもしれないが、発症前は行動が変わっておらず、ウイルスはピークにあるわけで、数日間、2週間は徐々に上がってくる。上がってきてピークに達するのがゼロ日、赤いバーで示したのが他者にウイルスを伝達する期間。やはり、唾液中のウイルスのコピー数が高いところでかかる。唾液中のウイルスコピー数が減っている段階、あるいは発症後6日、7日以降はウイルスは確実に減っている。10日経てば、ウイルス量が100分の1となっている。ということは、感染者から出るウイルス量が100分の1になれば他人には移らない、感染者からウイルスが移るとしても、口から目鼻口で感染が成立するが、ウイルスを100分の1にすれば防げる。非常に高いウイルス量を持つ人がいてもいけるだろう。』」


 みさをの勢いはもう止まらない。

 以降を短くまとめると、感染のピークアウトは28日前後から4月頭ぐらい。

 なぜピークアウトしたかは、緊急事態宣言後の自粛によるものではないことは明確で、多くは夜の街の自粛。

 マスクの着用は非常に重要、花粉症の季節もあり2月、3月からのマスク着用率は高く効果的。

 提言として、効果的なのは接触機会の削減ではなく感染機会の削減。具体的には100分の1作戦。ウイルスが100分の1になることを目安に対応すれば、それほどストレスなくできる。

 対応としては病院、介護施設の感染予防策。コロナ弱者のホテルへの隔離。コロナ弱者と接する人へとの核酸検査(LAMP法等)の定期的実施。夜の街への指導、介入。入国時の検疫の強化。


「『100分の1作戦でコロナウイルスから上手に逃れてね! そして何より、みんな仲良く!』」


 言い切った、みさをは満足至極の笑顔。

 最後の言葉は議事録ではなく、ウイルス学教授の猫イラスト資料からだった。


「『非常に貴重な意見を聞いた。見方を変えることは非常に大事、感染症の見方だけではなく、物理学、ウイルス学の視点からも考えることは重要、様々な視点からの解析は必要。それを踏まえて最初に府の解析は非常に貴重な解析である。』」


 とはいえ議事録はようやく半分を過ぎたところ。

 余韻に浸っている時間は無い。

 みさをのムッとされている視線をうすうす感じながらも、小須戸は続きを読み上げ始める。


「『何か対策をした、人の接触が減ったから収束したのではなく、自然減の傾向をはじめから持っている。日本では地域にかかわらずどこでも同じだったと考える方が自然。K値の推移は、日々の感染者数がどのように推移していくかを示す。その推移が人口密集地・そうでなくてもまったく一緒。人口密度により拡大傾向が変わるのであれば、東京、大阪、その他の地域で感染者の推移で傾向が違うはずだがそれが見えない。それが見えないということは21日の前、海外からの多くの帰国者が種となり、種の多い少ないでその後が決まった。』」


 自国と他国の比較であればK値を出されてもわかりやすい。と小須戸は読んでて思う。


「『日本と欧米の違いは、日本が特異なのか、欧米が特異なのかというところは検討すべきで、日本と同じ傾向の国としてフィリピンやタイなどたくさんある。対策が同じであれば、韓国も中国も同じであった可能性が高い。地域によって差がでるということがなぜかはわからないが歴然とある。世界人口に占める割合で考えれば、感染爆発した欧米の方が特異と考えるのこともできるのではないか。なぜ欧米で感染が拡大しやすく、アジアで拡大しにくいかは専門家の方に調べてもらいたい。』」


 続いて、みさをが議事録を読み上げる。


「『3月27日から、繁華街の駅周辺の外に出る人が減ってきた。3月28日にピークアウトが共通認識だが、27日までは繁華街の人の流れはあまり変動していない。そこでピークアウトしたというのは、外への自粛の影響はあったのかどうか。ピークアウトするのは、その前の事情によるのか、その後の事情なのか。』」


 知事のモノマネなのか、普段よりも声を低く、演技がかった読み上げだった。


「『データを見る限り関係なかった。ピークアウトと出歩く人の数の相関は少ない。それは収束スピードを見ればいい。欧米などで何か施策を導入して効果が見えた場合、K値の傾きに変化が起こる。イギリスでもアメリカでも何らかの効果的な施策をやれば収束スピードが変わり、K値の落ち方に変化が出ているが、3月26日のところで傾きの変化は見られないため、それとは関係なく収束したと考えるのが自然である。』」


 小須戸は淡々と読み上げる。


「『最初に欧米から入ってきた瞬間に、てっぺんの山の運命は日本では決まっていたということ?』」


「『決まっていた。』」


「『医療崩壊するかは、医療体制の問題だから別として、いわゆるオーバーシュート…』」


「『オーバーシュートするかどうかはわからないが、日本における感染者数の推移は、感染者が何人入ってきてどの規模の感染が起こったか最初の7、10日で決まり、4月の感染者推移は運命的に決まっていた。』」


 知事がみさをで教授が小須戸。


「『日本のマスク文化、クラスター追跡とかやっているわけだが。』」


「『それは効果があった。』」


「『緊急事態宣言も営業自粛も効果がなかったということ?』」


「『なかった。』」


「……ほんまですか? ほんまにそう言えますかぁ?」


「いや、これ教授の発言だから。それに話はまだ続いてる」


 急に素に戻ったみさをに小須戸は戸惑った。

 以降、議題はPCRの有効性、検査数の適正、タイミングなど実際の対応について話し合われていた。

 他の自治体と比べて府で終息が早かったのは、PCR体制整備のおかげではないかと推測されていた。

 今後の対応予測について基準となる指標については、3日か4日で検知する指標が必要だが、それではクラスターが誤報となって、正確な状況がつかめない。


「『医療キャパありき、キャパから逆算して、許容できる角度の波を検知する。その波の検知を正確にやろうとすれば、類似するものがたくさんあったほうがわかりやすいが、キャパが多くないとできない。キャパが小さければ、外れる可能性が高い。』」


 イケメン声のみさを知事。


「『複数の指標でみていくということは重要だと思う。精度が磨かれれば、有用性が増していくのではと思う。私個人は、クラスター対策、サーベイランスの現場で対応するのが仕事である。その観点から、色々な指標の元となるサーベイランスの情報は気温とか降水量とかの科学的な情報と異なり、いろんな人の手を介して出てきたものであることについて注意を促したい。』」


 淡々と変わり映えの無い、小須戸教授。


「『どのように検査を広げるか、陽性であっても病院に行かない人など、いろいろなファクターがあり出てくる情報のもとがサーベイランスであり、その情報は生ものである。バイアスといってもいい。バイアスの存在には気を付けるべきだ。早く異常をみつけるという点で重要なのは、現場レベルで認識することは、通常のサーベイランスをしっかり丁寧にみること、特にイベントをしっかりみつけることである。例に挙がった台湾は、イベントのサーベイランスについては世界的な大国である。これくらいの広い部屋の中に何十人という陣容で、ちょっとした国内の異常情報をキャッチする要員、国内外の情報を集める要員などが膨大な業務をこなしている。また、多くの国ではサーベイランスの業務を専任で行うサーベイランスオフィサーを主要な病院等に配置し、公費で情報を早く収集することでサーベイランスを対策に結び付けているところが多い。情報がくるのを待っているという形ではなく、出ていって収集するという形のサーベイランスが必要になるかもしれない。』」


 ダンディ声のみさを教授が後に続く。


「『同意見である。感染者ベースで指標を作り、異常をみて検知する、限定的、覚悟はできても対策は難しいため、その前に根・原因を断つ。原因をみつけること、力を入れることが効率的。クラスターについては、特異なK値推移をしている。全体的に解析すれば、クラスターかどうかはわかる。クラスターは命を守るという点では影響が大きく、できるだけ落とさない方がいいが、感染の再拡大の危険性という点は限定的、心配ない。』」


「『見えないクラスターが出てきて、発生源となり右肩上がりになるということはないのか。』」


「『あると思う。感染源が制御できないぐらい大きくなって、リンク不明者がたくさん出てくる状況は、海外から入ってくるのと違いはない。ただし院内クラスターや福祉施設クラスターは動き回られる方がないという意味で再拡大の心配はない。』」


 小須戸知事にみさを教授が答える形で、いったん議題は締めくくられる。

 そして続く話題は医療対応に移る。

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