≪KK-02 -道往けど 行く先見えぬ ふたりかな- 2/3≫

「ちゃんとまとまってるのに、全然世間で言われてることと違うやないですか」


「いやだって、これ議事録だから」


 小須戸の返答に、ぎじじ……と表情を歪ませる、みさを。


「少なくとも、国でやっている議事録じゃなくとも、議論はきちんとされていることはわかるでしょ」


「そこは……その通りだと思います」


 言いたいことはあるものの、小須戸の言う事は否定できなかった。


「『典型的な例は検査を全部した例というのがクルーズ船でありまして 3,700名程度の乗員乗客の方を検査したら4分の1がPCR陽性であった。もちろん環境の違い、期間の違いというのがありますけれども、こういう状況の環境があれば4分の1の方が感染する可能性があるということになりますので、少なくともというふうに言えると思いますが、そうすると国民の4分の1となるとかなりの数であるということで医療をどのように維持するかということをまず前提として考えなければならないというふうに考えております。』」


 小須戸が議事録の続きを読み上げる。

 みさをはおとなしく席に着く。


「『死亡率はだいたい1%とクルーズ船では言われています。これはしかしながら高齢者が多いポピュレーションですので、全体の社会に当てはめることができませんがこのような集団ではこういうことでしたということで、およそ9割の方は軽症もしくは無症状であったということがわかっております。』」


 みさをは小須戸の読み上げに合わせて、ファイルの書面を読み進める。


「刈谷さんも読む? その方が理解できると思うけど」


「……わかりました」


 みさをは一呼吸置いて、続きを読み上げ始める。


「『今、問題は感染爆発です。感染爆発が起こると急激な患者数の増加が起こります。これはまさに医療崩壊、医療が手に負えなくなるというところでございますけれども、まず代表的にはもちろん中国の例がございますけれども、現在はイタリア、韓国などが、あるいはイランといったところは感染爆発で急激な患者増加、一方で患者がそれほど急激に増加していない国もあります。例えば日本などもその例かと思います。』」


 みさをは読み上げつつ、小須戸の様子を伺う。

 小須戸はカモミール・ティーを飲みつつ、モニターを目で追っていた。


「『どのような状況で感染爆発するのかということをこれ拙い私の計算で、手書きで解析したものでございますけれども、例えば中国湖北省を100とすると、最初のフローはですねインフルエンザと同じであれば湖北省からバーッと流れていってとか広がっていって、各都市が感染爆発をするだろうというふうに最初は予測していました。』」


 みさをは一つ一つの事項をしっかり確認しつつ読み上げる。


「『基本再生産が2.2から3.3と3ぐらいというふうなことでインフルエンザと同じであれば、日本もインフルエンザのシーズンになりますと、全国的に赤く染まって広がっていくっていうのは国立感染研のデータでございますけども、多分そうなるだろうと思ったら、現在の状況こういう状況で湖北省を100とすると、ほとんどのところが1前後、あるいは全く広がっていないという状況であって、感染爆発とは何なのかっていうことを一つ示していると思います。こういう状況つまり、地域的に感染爆発はするけれども、その感染も広がるのを止める手立てもあると。』」


 みさをはいったん息継ぎをする。


「『インフルエンザはむしろそういう手立てがほとんどなくて、全国的に広がっていきます。韓国はどうかというと韓国も同様で、大邱を中心とする慶尚北道が100とすると、今、ソウルのコールセンターで、まさに密集、密閉した環境の悪いところでたくさんの人が集まって大声を出すというような状況だとクラスターが起こっているということがわかりますし、でもその周辺はそんなに爆発してないということがわかります。これインフルエンザと違うなと。』」


 読み終えて、みさをは一旦、カモミールティーを口に含む。


「じゃ、続きは僕が読むよ」


 人の意見を聞こうともせずに話を進める小須戸に、みさをは少しムッとした。


「『急激な患者数の増加はクラスターの連鎖などにより起こり、地域的な流行を引き起こしております。それに対して外出の自粛などの対策によって周辺地域への患者数の急激な増加は抑制されている傾向にある。これはまさに中国がその通りだと思います。』」


 みさをは聞きながら、カモミール・ティーを口にする。

 今度はしっかりと風味を感じ取る。


「『日本ではクラスターの連鎖を止めるためのイベントの自粛などによって急激な患者数の増加が抑制されている可能性があります。クラスターの連鎖を止めることでこのままなだらかな患者数の増加に繋がることが期待され、そうしたら医療の範囲内で、現在の持っている医療資源の中で何とかこの国民の皆さん、あるいは府民の皆さんを守ることができるのではないかというふうに考えられます。』」


 カモミール・ティーとはキク科の植物である「カモミール(カミツレ)」の花を乾燥させたハーブティーである。

 リンゴに似た香りを持ち、胃腸や肌トラブル、疲労回復促進などの効果が期待できる。


「『医療についてでございますけれども、これがまさに喫緊の課題でございますが、患者の増加に伴って医療機関の外来閉鎖や入退院の中止、医療スタッフの就業制限が次々に起こっております。非常に大きな問題です。』」


 それほど癖があるわけでもないので、ハーブティー初心者でもとっつきやすい部類ではあるのだが、いきなり小須戸に飲ませるのには正直なところ、多少の不安はあった。


「『重症患者に十分な医療を提供するための体制作りも早急に構築して、いつ爆発が起こっても大丈夫という、そういうシナリオを作っていく必要があると思います。そのためには軽症患者の診療をどのようにするかっていうことが大きな鍵を握っているというふうに思っております。』」


 もっとも何も言わずに普通に飲んでいるところを見ると、特に問題はなさそうなので安心はできた。


「……刈谷さん?」


「はっ、はいっ」


 小須戸の呼びかけに、あわてて答えるみさを。

 話を聞いていないことがバレたのだろうか。


「要はインフルエンザとは違って、そこまで急激に広がるわけじゃないって話ですよね」


「そうだね。で、続きなんだけど」


 マズい。

 みさをは内心、焦った。

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