≪KK-02 -道往けど 行く先見えぬ ふたりかな- 3/3≫
「あ、はい。ええと、どこからでしたっけ」
「ここから先は質疑応答になるから、いったん休憩しようか。まだ30ページ以上ある中で、5ページ分しか読んでないし」
みさをはページ数を確認して、気が遠くなる。
ただでさえ、議事録というものに読み慣れていない。
前回の概要がまとめられた書面とは違い、今回は話し合いの中で要点を拾っていかなくてはならないのだ。
一人でやっていたら、完全にお手上げだろうなと思った。
「いったいどうやって、こんなの見つけはったんですか」
みさをは率直な疑問を小須戸に問いかける。
前回もそうだったが、今回もなぜこんなに要点を抑えた資料を持ち出してこれるのか。
「……たまたまだよ。ちょうど府のホームページを見てて、そこに対策委員会が立ち上がってて、そういえば現場対応って国じゃなく地方自治体なんじゃないかな、って」
「確かに内容を見ていけば、そうであることは読み取れますけど」
みさをは納得がいかない。
小須戸の意見は確かに正しいが、うまく言えないが何かがおかしい気がした。
「刈谷さんだって、生まれは向こうなんだから、その知事さんががんばってるのはうれしいんじゃ?」
「うちは
そこはハッキリと主張しておきたい。
言われた小須戸はぷっくりと頬をふくらませていた。
そんなんだからヒキガエルだとか言って、女子にバカにされるんですよ。もったいない。
心の中でつぶやき、やれやれとみさをは気を取り直す。
色々とひっかかるところはあるものの、いったん全容を確認してから。という小須戸の主張は確かに正しいのだ。
「そのカモミール・ティーはいかがですか」
「ああ、これ? ハーブティーって初めて飲むんだけど、悪くないね。不思議な感じがする」
「健康にもいいんですよ」
「ふーん」
小須戸はうなづきつつ、残ったカモミールティーを一気に流し込んだ。
「おかわり、お持ちしましょうか」
「いいの?」
「小須戸さん、がんばってるじゃないですか、朝早くから来て。食べながら仕事してるのはいただけませんけどね」
みさをは席を立ち、小須戸の席に前にやってくる。
「何か口にしないと、なかなかはかどらなくて」
「今のご時世、食べながらってのも感染のリスクがあるみたいなんですから、気をつけないといけませんよ。他の女子社員だったら、影で何を言われるか」
「……気をつけます」
面と向かれて言われてハッとしたのか、小須戸は謝罪する。
みさをは、私はかまへんですよ。と笑って応え、お茶を入れに休憩室に向かうのだった。
その後、議事録の内容を二人で読み取った結果をまとめると次の通りとなった。
国が想定している入院が一万五千で重症は五百。これはピークの時、何もしなければそうなるだろうというもの。ただし、府には人工呼吸器は五百以上の設備はあるが、それに対応できる人員は確認できていない。
コロナの起こりやすい環境というものは見えてきており、例えばライブハウスで感染が起こっても。そこから濃厚接触者などを調べるとそこから爆発的に広がってはいない。
集団感染、いわゆるクラスターを追いかけたり、感染者の周りを調べていくと、8割の人は他の人にうつしてないという非常に不思議な、インフルエンザと全然違うタイプの結果となる。
対策としては換気、密度、大きな声を挙げない。そして、共通で触るものをなくす。ただし、触ったからといって、すぐに感染するわけではなく、触った手を鼻にもっていかないことが大事。
若い人がむしろ軽症に終わるから、高齢者にうつしてしまう。若い人たちが注意をすることが大事だというメッセージは非常に重要。
他にも、学校や実際に生活をしなければならないライブハウスで働く人達。
実際に感染者に対応するための病院スタッフの確保、そのための感染対策など多岐にわたる話が展開されていた。
実際の医療対応としては、実はコロナだとわかっていながら対応しているかかりつけ医は結構いる。
また病院に対応を依頼するにもマスク、防護服なしでは受けてもらえない。
それらも原材料が中国であり、お金で解決できる問題ではなくなっている。
再利用に関しても難しいが、患者をひとまとめにすれば一回ごとに交換する必要はなく、節約することは可能。
陽性になった人によくよく話を聞いてみると、実はちょっと腰痛があったんだといった話になり、それが実は全身倦怠感の一部の症状の表現ということもあるので、いわゆる無症状の人でも何らかの症状が隠れているような場合があるので、注意する必要がある。
自宅待機についてもかえって閉じ込めてしまったがゆえに、そこで家庭内での感染というのが起こってしまった例もあり、そこも待機中の行動についてもしっかり指導を行う必要がある。
すでにこれは災害であり、災害のときに派遣する医師、看護師、薬剤師を休床病床、休眠病床に入れてしっかりやっていく必要がある。
現場が困るのは自宅待機と入院の境目がはっきりしないこと。ただし、家に帰れば子供や高齢者など面倒をみなければいけない場合、入院は難しい。
今の状況が来年、再来年と来たときにそういう体制かというとそうではない。今後、インフルエンザ並みになるとは思うが、現状ではやはり家族とは離れてもらう必要がある。
すでに症状もなく、本人は極めて元気なのだが、PCR検査が2回陰性という基準を満たさないために部屋が空かず、次の患者に対応できない事例についての対応をどうするのか。
そして、既にアルコール関係の製剤が不足しており、今のペースでは二週間もたず、本来ならばやってはいけないようなこともやらざるを得ない状況。原料の中国の工場の影響もあるとは思うが、とにかくあらゆるものが不足しているのが現状。そういう各医療機関で不足しているものの現状調査や安定供給できる体制をお願いしたい。
みさをは椅子の背もたれにどっかりと身体をあずける。
燃え尽きた。
髪は真っ白になり、マスクの下のぽっかりと開いた口からは白い煙が吹き上がる。
もちろんイメージである。
「大丈夫?」
小須戸からの声かけ。
信じられない。
「なんで平気なんですか」
「そう?」
別に。といった感じで平然と答える、小須戸。
身体が大きいとやはり、頭脳労働においても打たれ強さが違うのか。
そんなことは無いと思う。そんなことは無いと信じたい。
「自分はこういうのはあまり苦に感じないんだ」
少し時間を置いた小須戸の返事を、みさをは聞き流す。
今日、この後、家に帰ったら、祖母と連絡を取り合うことになっているからだ。
祖母はデジタルに強い。スマホもSNSも当たり前のように使いこなす。
きっと生まれた時代が違えば、動画配信者として有名人になっていたのかもしれない。
そう思わせるほどの芸達者ぶりだった。
ただでさえ目端の効く人である。その祖母にはこんな顔を見せて心配はかけたくない。
みさをは少しコリが気になり始めた肩を回し、気合を入れ直すのだった。
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『』内引用
大阪府新型コロナウイルス対策本部専門家会議 第1回 令和2年3月12日(木曜日)
https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/37375/00356951/020312gijiroku.pdf
*地名、人名については省略しています。
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