第75話 ホス狂は江戸時代に転生したら推し活を辞められる
「え、ここ桃の家?」
桃子は目の前にある武家屋敷を指差しながら、ここまで駕籠を担いでくれた役人に伺った。
「左様でございます。福様からこちらの屋敷を桃子様へと伺っております」
「なるほど?」
桃子は今一度、屋敷に目を向ける。てっきり人で賑わう町人地に位置する長屋に運ばれるかと思えば、まさか武家地に位置する立派な武家屋敷であったとは。
一人で住むにはあまりにも贅沢すぎる。
流石の桃子も遠慮気味に苦笑した。しかし、これまで桃子が成した功績を比較するとなれば、十分に値するものであった。ましてや足りぬほどであろうか。
「え、一緒に住む?」
桃子は突然、口にした。あまりの奇想天外な発言に役人は顔を真っ青にし、引き攣った笑いを浮かべ
「我々は城へ戻ります故、これにて…」
と逃げる様に去っていった。
こうして役人が桃子と一定の距離をつくるわけは言うまでもない。奥女中が大奥から退室し、これ程までのはからいがあるとは、どれほど上様がこの奥女中に一目置いているのか、下手に勘繰ると痛い目を見るのは己だと役人達は大人しく此度の責務を終えたのであった。
ひとり残された桃子は、ひとまず家の中へ足を踏み入れた。お邪魔します、と他人の家に入る様に玄関を潜ると土間があり、その先には座敷がいくつか連なっており、やはり桃子ひとりでは心侘しくなる広さであった。
「ぴえん超えてぱおん」
いつもならば紫乃の呆れた吐息が聞こえてくるのが、今は静けさに溶けていくだけだ。おそらく桃子は江戸に来て初めて孤独を感じたかもしれない。
途端に大奥での日々が恋しくなる。しかし、桃子は首を振った。
「すがって生きるのは辞めたんだ!」
推しが生き甲斐だった。しかしいつの間にか推しが身を滅ぼす原因になっていたのだ。その過去の痛みを覚えているからこうして新たな一歩を踏み出せた。
「ホス狂は江戸に転生したら推し活辞められんだからんな!」
桃子は己を鼓舞するように声を上げた。
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