第31話 大御所、徳川家康登城
ある晴れた日、江戸城が騒がしくも緊張で強張ったような雰囲気に包まれていた。何事かと桃子が紫乃に問うも分かり兼ねるという様子である。
不思議に思いながら自室で控えていると襖先から声が掛かる。その声は福に仕える女中であった。
「これより、大御所様が登城致します。桃子様、福様が同行せよとの事であります」
「え、桃?面倒くさい」
と桃子が駄々をこねると紫乃が叱責する。
「桃子様!これは竹千代様の次期将軍としの地位を明確なものにする招集であると思われます!」
紫乃の熱心な方便により桃子は渋々と福のもとへ向かった。
江戸城本丸、表向きは政治を司る御殿の為、通常は女人禁制であった。しかし、この日ばかりは家康の声によりお江と福、そして桃子のみの三人の女だけが入室を許された。
桃子は福、竹千代と共に表向きの大広間にて家康の登城を待っていた。向かいには、お江と国松、そして秀忠がいる。
桃子は竹千代を気にかけた。すると、桃子の心を察したように竹千代が桃子に目配せる。
「桃子、案ずるな」
そういって竹千代は桃子に微笑んでみせた。途端に桃子は口を手で押さえる。
「やばぁい。尊い…なんでこんな頼もしくなっちゃってんの」
心の声が漏れる桃子の脇を福の肘が突いた。
「大御所様の御成じゃ」
役人の一声で皆が首を垂れた。流石の桃子も場の空気を読んで遅れ気味に首を垂れる。すると、畳を歩く音が近づいてくる。
よいこらしょ、としゃがれた声が言う。桃子は心中で、じじぃだ、と呟いた。
「表を上げよ」
その一声にぞろぞろと皆が顔を上げる。桃子は上段の中央に座る家康を目にして、教科書と一緒だ、と誰かに打ち明けたい衝動に駆られた。
「竹千代、国松、変わりないか」
と家康は双方に目を向ける。
「は、万全でございます」
先に竹千代が応えると、次いで国松も良好である事を伝えた。家康は満足げに頷いた。
そして家康は咳一咳して語り始めた。
「早速だが本題じゃ。次期三代目将軍についてどうやら小競り合いがあったと耳に挟んでおる」
途端に家康の丸い大きな目が秀忠に向けられた。
「秀忠。儂が重じておる長幼の序がどういった意味を持つか分かるな」
圧のかかった声であった。桃子の目に写る秀忠は家康に畏れを抱いているようで小さく見えた。
「は、下のものが上のものを敬う、五倫に説かれた心のあり方と存じます」
家康は深く頷かれた。
「そうじゃ。従って、次期将軍は竹千代となろう」
途端に桃子は「やった!ちよたん!やった!」と思わず声を上げてしまった。
その場にいた全てのものが凍りついた。
この女、斬られる。全てのものが悟った時、盛大な笑い声が場の空気を和ませた。その声は家康であった。
「そちの事か、はっはっはっ、噂は聞いておる。随分と破天荒なおなごと聞いておったが、想像を超えておったわい。名は何という」
「え、桃子だけど」
「桃子か、良い名じゃ。そちの妙案が一役買っていると聞いた。今後も竹千代を導く存在となるよう期待しておる」
「あ、ありがたきお言葉…?」
桃子は珍しく型にはまった返事をした。家康はたいそう満足げに笑んだ。
そして一瞬、桃子の隣にいる福に視線がいく。家康と福は何を口にするわけでもなく、瞳の交わりのみで何かを語っているようであった。
「これにて、落着」
最後は家康の一言で締められた。
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